東京に春一番が吹いた日 最高裁へ無罪を願う‼

2017年2月20日        東京に春一番が吹いた日 最高裁へ無罪を願う‼
2月17日(金)
有り難い事、厳しい寒さが緩み、テレビでは、東京に春一番が吹いたと伝えていたこの日。
最高裁前は、ことさら風が強く、ネクタイがあおられて肩に吹き上げられるくらいの強風。ネクタイを戻して、背広のボタンをかけて押さえながら、正門へと向かう。あとでテレビを見ると、ネクタイがかなり片方に寄っていたのは、そのせいだったのだ。白髪交じりの頭髪も乱れていた。しかし、暖かくなったお陰で、傍聴に来て下さった方々も寒い目にあわなくて良かった。
11時過ぎた頃から、一般の傍聴希望者が並び始めて、44名を超えたので、抽選となった。

1時半開廷。久保弁護士は、「~社会的立場があり、現金500万円を払い戻すために銀行に行っていた煙石被告には、わずか6万円余りの為に、犯罪を犯す動機は皆無だ。」「煙石被告は無罪である。」と弁論。
一方、検察官は、「防犯カメラの画像は不鮮明で、封筒から現金を抜き盗ったと断定することは困難だが、被害者が離れたのちに記帳台に近づいたのは、煙石被告しかいない。」として、「上告は棄却されるべきだ。」と弁論。

その後、司法記者クラブで、記者会見に臨んだ。はじめに私が、「私は無実です」の思いを21分あまり話した。久々に現役時代の緊張感を覚えたが、私の思いの丈を淡々と話す事ができた…と思う。次に久保弁護士が今日の弁論の内容をわかりやすく話され、記者の質問に、今の司法の問題点も指摘しておられた。

帰りの列車の中で、「テレビを見た。」という電話やメールを次々と頂く。とにかく、重い荷物を背負って、一つの峠を越えたような安堵感を覚えた。

「春がもうそこに菜の花硝子(がらす)越し  大学」 という俳句の師の一句を思い出した。

傍聴に来て下さった皆様や、自宅などで応援して下さった皆様に厚くお礼を申し上げます。

    賜りし恩義も重く浅き春   ひろし

煙石 博

2017年2月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

街頭行動ありがとうございました。

2017年2月13日  街頭行動ありがとうございました。

 今回は最高裁での弁論(2月17日)に向けて行なった街頭行動でしたが、マスコミ各社の取材もある中「最高裁の正義と真実に基づいた公正なる判断を。」と、お願いしました。
 これが最後の街頭行動になればと、31名の支援者の皆さんが、チラシ配りや署名活動をして下さいました。

通行中の方が「煙石さんの“おはようラジオ”や“なんでもジョッキー”をよく聞いていました。」「4年間大変でしたね。頑張って下さい。」などと声をかけて下さったり、「こんな事があってはいけない!」と進んで署名をして下さる方も多く、手応えと関心度の高まりを感じる街頭行動でした。
 おかげ様で198名の方が署名してくださり、集めた署名を持参して下さったもの(272名)を合わせて、これまでの総計は8654名(2月12日現在)となりました。本当にありがとうございました。

 判決が出るのはまだ先です。無罪が出るまでよろしくお願いします。

煙石 博

2017年2月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

思い出せば・怒り! その7四畳半独房記 取り調べではない恐怖の自白の強要

2017年1月27日
    思い出せば・怒り! その7『四畳半独房記』 取り調べではない恐怖の自白の強要   必読!!

    10月14日(日)・15日(月)・16日(火)の取り調べ・・・
     
 不安な気持ちで向かった広島地検での「弁解申し立て(※)」。お金を盗っていない事を正直に話したにも関わらず勾留が言い渡され、南署で取り調べが始まった。以下は強烈に記憶に刻まれた言葉などを綴ったものです。
(※「弁解申し立て」…既に窃盗犯として逮捕されている為、それを反論するもの)

A刑事は100枚くらいの綴じ込みをぺらぺら早めくりしながら、「私は証拠をもっている。」と言ったり、「あなたは、絶対にやっている。防犯カメラの映像にも映っている。」と何度も強調して言ったりした。私はお金を盗っていないので、「それなら、その証拠という映像を見せてくれ。」と再三強く主張したが、「見せるわけにはいかない。」の一点張り。
そしてA刑事は、初めから私を犯人と決めつけて、私がお金を盗っていないのに、刑事が作った『こうしてお金をとったのではないか』という推測・思い込みで強引に話を進めた。私をどうしても犯人にしようとしている強い意志を感じ、すくみ上がる恐怖を覚えた。

「防犯カメラの映像に全部映っとる!!」
「証拠はあるんじゃ!! 防犯カメラの映像には誰が見てもお前が金を盗っているところが映っとる!!」
「お前がやった事を認めなかったら、裁判になって、法廷で防犯カメラの映像をみんなで見て、その防犯カメラの映像がニュースで流されてお前は恥をかくんじゃ!!」
それらに加えて「防犯カメラの映像は、おいおいみんなで見る。」とも言ったので、「じゃあ今すぐ、それなりの者が集まって、防犯カメラの映像を解析すれば、私が盗っていないということがわかるから、裁判の時間も人手もいらないし、こんな取り調べも無駄です。」と言うと「防犯カメラの証拠は最後に見せる。あなたは犯人。」と決めつけて自信たっぷりに言う。
おかしな話だ。私は盗ってもいないのに犯人と決めつけられて、そんな馬鹿な話はない。

そうかと思うと「金を盗ったと認めれば、ここをすぐに出られる。窃盗は大したことではない。初犯だから刑も軽い。人の噂も75日、みんなすぐ忘れる。すぐに社会復帰できる。」と自白を誘導した。
私がお金を盗っていない事を主張すると、「聞くだけ聞いてやる。勝手に言いなさい。」と言って聞き流し、「それだけ言いたいことを言うたら、ちいたあ(少しは)すっきりしたろう。お前はうそを言うとる。(言っている)」と言って調書にその事を全く書いてくれなかった。
さらには、「マスコミが報道したから、世間は、みんなお前を窃盗犯だと思っているんだ!!」「お前は頭がおかしいと思われるよ。」と何度も言ったり、机を叩いたりすごんだりして自白を強要された。
当日の記憶がほとんどない中で、何度も何度も「防犯カメラの映像に映っている」と言われると、変なもので、……まさか映っていたらどうしよう……と不安になり、恐ろしく心配になってくる。妙な心理になっていく。
(後に裁判になって、防犯カメラの映像に、私がお金を盗っている映像はなかった。また、専門の鑑定会社の鑑定で、私が封筒に触れていない事が明らかになり、それが証拠として採用された。)

私は、『お金だけ盗って、書類と封筒だけをわざわざ元の記帳台に戻した』という(刑事の)犯行ストーリーはおかしいので、「私が泥棒だったら、封筒ごと残らず盗んで帰る。」と反論した。更に「私はやっていない。」「私は盗っていない。」と、のどがかれるほど興奮して訴えた。しかしA刑事 は「防犯カメラの映像があるんじゃ!」「証拠があるんじゃ!」などと大声でおどし、強く机を叩き、ぐっと顔を近づけてにらみ、時にはすごみ……。常人では考えられない形相で迫る取り調べが続いた。非常にこわかった。
取り調べのあった夜は、恐怖と不安で辛く、ほとんど眠れなかった。

※机を叩いて自白を強要した事を弁護士に伝えると、「現在はそういった取り調べを行なってはいけない」と言い、多分申し入れて下さったのでしょうか、次の取り調べから机を叩いたりはしなくなったが、大声や態度などで威嚇しながらの自白の強要は続いた。とにかく私からみると、最初から私を犯人と決めつけ、恫喝し、高圧的でこちらの話を聞かない、無茶苦茶で、取り調べとは言えない取り調べだった。
・・・続く・・・                            煙石博

2017年1月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

とんど

2017年1月17日                  とんど

 私を応援して下さってる方から「うちのとんどに来んさい。青竹でわかした縁起のええお酒もあるよ。」と誘われ、参加を約束しました。ところが、1月15日(日)は、深夜から降り始めた雪で、朝は広島市内も珍しい積雪。激しい雪が尚も降り続く中で、参加する事となりました。
 激しく雪が降り続き、雪国のとんどのような景色となりましたが、子どもたちは元気いっぱいです。
とんどの竹組は、歳時記にのっているような華やかな風情あるもので、点火するのは、子どもたちですが、私も点火役の一人に加えてもらいました。会場には、町内会のみなさん手作りのお店が出て、子連れ、孫連れのアットホ-ムな暖かい雰囲気の中、今年の幸せを願う、心ひとつのとんど祭りは、雪も寒さも忘れさせてくれました。

   集いたるとんどに人の輪心の輪           ひろし

   雪冤(せつえん)を焔(ほのお)と雪の大とんど      ひろし
    (※雪冤・・・無実の罪をすすぎ、潔白であることを明らかにすること)

 左利き(酒のみ)に嬉しいのが、大人気のとんどのお酒。お酒を入れた真竹をとんどにくべて、燗をしたお酒を青竹のぐい飲みでいただきました。

   残り火のとんど仕合わせ来るような         ひろし

 会場にも子どもたちが大はしゃぎでつくった雪だるまがありました。

   雪冤(せつえん)を総身(そうしん)に我(われ)雪だるま  ひろし

 祭りの最後に子どもたちが思っている言葉を叫ぶ大声大会がありましたが、子どもたちは、ステージの上のマイクに向かって「雪、サイコー!!」とか「お酒を飲むおかあさん、いいかげんにしてー!!」などなど叫んで、寒さをふきとばしてくれました。そばにいた方が、「孫に毎年参加させるようにしています。人前で恥ずかしがったり、引っ込み思案ではいけない。子どもの時から人前でも堂々と話せるようになってほしいと思って、毎年参加させているんです。」その方のお孫さんは、かわいいお嬢ちゃんで、マイクに向かって堂々と「おかあさん大好きー!!」と叫びました。その方がぽつりとひとこと、「おじいちゃん大好き、言うてくれんかったのう・・・。」

 とんどの火が燃え盛って、青竹でわかしたお酒を酌み交わし始めた頃、雪もやんで青空がのぞき、穏やかな陽射しが・・・よい兆しがあるような・・・ほのぼの盛大なとんど祭りでした。
帰り道、酒屋さんの前にも雪だるまがありました。ちょっぴり傾いた、傾き加減がどこかおかしく、茶目っ気を感じるかわいい雪だるまでした。

   酒屋にも少し傾(かし)げる雪だるま         ひろし

煙石 博

2017年1月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

思い出せば・・・怒り! その6四畳半独房記 長い一日

2017年1月15日  思い出せば・・・怒り! その6四畳半独房記 長い一日  必読!!

 

2012年10月13日(土)
※土日は面会がない為、筆記用具が届いていなかったので、以下の事は、月曜日に届いたメモ帳に、午後、思い出しながらメモしたものです。

前日の12日(金)の夕方、明日、広島地検での取り調べの為に南署を出る時の恰好(顔を隠す布と手錠を隠す布)をどうするか決めておくように言われ、テレビでよく見るシーンが思い浮かびました。やってもないのに犯罪者の様に報道される事が不安で、一晩中あれこれ考えましたが、朝になっても結論が出ませんでした。
朝9時前、広島地検へ護送される数人が鉄格子の前に並んだ時、ふと「私はお金を盗っていないのだから、顔や手錠を隠すのはかえっておかしいのではないか。」と我に返り、「顔や手錠を隠さないで堂々と出た方がいい。」と、その時、決断しました。
しばらくすると、看守が隠す布をどうするかと聞いたので、「いりません。」と答えて、留置場を出て護送車へ向かいました。ところが予想に反して、マスコミは一社もいませんでした。不安で一晩眠れないほど悩んだのは何だったんだろう・・・と奇妙な安堵をしました。しかし、これから向かう広島地検の前で、マスコミのフラッシュ攻撃にあうのだろうかと、さらに心配になりました。
南署から朝9時に護送車に乗せられ、上八丁堀の広島地検に向かいましたが、広島地検の前にもマスコミは一社もいませんでした。

護送車は広島地検の裏手の地下へ車ごと入り、5部屋くらいある鉄格子の待合室の一番奥の部屋に手錠を外されて入れられました。待合室は4人がけの椅子と、トイレがあるだけの部屋でした。
そこで随分待たされ、他の人は次々呼ばれていくのに、私はお昼の弁当が配られても、いつまで待っても呼ばれませんでした。いつ呼ばれても良いように弁当を食べずにいましたが、1時を過ぎた頃、食べるのを控えていた弁当を食べかけた時、やっと「13号」と私の番号が呼ばれました。

再び手錠をかけられ、上階のMという女性担当官の部屋に連れて行かれ、「自分の窃盗罪について反論せよ」という“弁解申し立て”をしました。
「逮捕に来た刑事から、私は広銀大河支店で、前の人が記帳台に置き忘れた封筒から、現金を抜いて盗ったと言われましたが、お金を盗ってはいません。ただ、私には見せてくれないのですが、刑事に何回も防犯カメラの映像に盗っている証拠がある、と言われましたので、ひょっとしたら封筒を見たかもしれませんが、その記憶はありません。しかし、私は絶対にお金を盗ってはいません。」などと答えたように思います。

女性担当官への弁解申し立てが終わってからも、随分待たされました。夕方5時頃になり再び護送車に乗せられ、今度は広島地検の隣にある裁判所へ連れて行かれ、一階の部屋で、またしばらく待たされました。その後、F裁判官がやって来て、「被害者への反論はこれでいいですか。」と確認され、拇印を押しました。それから、勾留の注意が書いてある部屋でまたしばらく待たされた後、10日間の勾留を言い渡されました。
私は女性担当官へお金を盗っていない事を正直に話したのですが、私の言い分が全く聞いてもらえなかった事に納得がいかず、大きなショックを受けました。

連日の不眠と、朝から広島地検に行き、重苦しい緊張と不安の中で、長時間待たされた上、正直に申し立てをしたのに、それが伝わらないという結果、心身ともにくたくたになりました。南署へ戻ってきたのは確か夜8時頃。5時に渡される弁当を差し出され、箸をのばしましたが、お金を盗んでもいないのに、窃盗の濡れ衣をわかってもらえない悔しさと、これからの不安が一杯で、食事はのどを通りませんでした。
長く・・・とても長く感じた一日でした。   ・・・続く・・・

煙石 博

2017年1月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

明けましておめでとうございます

2017年1月1日      明けましておめでとうございます

皆様のご支援のお陰で、最高裁で2月17日に弁護士による弁論のチャンスを頂きました。
年賀状では、多くの方から励ましの添え書きを頂き、心強く思っております。
年賀状の添え書きの一部をご紹介します。

〇冤罪と闘う君に最高裁が弁論期日を指定しました。無罪を勝ちとる為、僕にも「挑む年」となりそうです。
〇この世には神も佛もおいでになりました。正義は勝つ。朗報を待っています。
〇私の母がニュースを見て連絡くれました。最高裁から弁論の通知が来て本当に良かったです。こんなに待たせるんですね。無罪になると信じています!!
〇光が差してきて、嬉しいです。でも、まだまだ、お体を大切にして大事な日に備えて下さい。応援しています。
〇やっとやっとのお知らせですね。Nさんといつも「煙石さんと美味しいお酒を飲みましょう」と話しています。今年こそは!!
〇あともう一歩。頑張ってください!
〇雪冤の年。頑張りましょう。
〇あなたにはまだ「おめでとう」が言える時ではないと思い、賀状は控えます。春になって本当に「おめでとう」が言える時が来るよう切に祈っています。
〇早く『冤罪の晴れて輝く初御空』となりますように。
その他にも多くの皆様から、励ましのお言葉を頂き、ありがとうございました。

今年は酉年。4年にわたる辛い日々を耐えてきましたが、早く冤罪という辛い鳥籠から解き放ってほしいと願うばかりです。今後の展開を期待して下さっている言葉をいくつか頂いてますが、無罪が確定された訳ではありません。無罪を勝ちとるまで頑張りますので、ご支援下さいますようお願いします。

   雪冤をただ一心に初詣     ひろし
   心願を胸にごくりと寒の水   ひろし    

煙石 博

2017年1月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

最高裁から弁論期日の通知を受けて

2016年12月28日  最高裁から弁論期日の通知を受けて

先日、12月15日に最高裁判所より、来年の2月17日に弁論を開くという通知が届きました。

2012年の10月11日。
私の家に突然2人の刑事がやって来て、私が他人のお金を盗ったとして、逮捕状の呈示をする事なく逮捕しました。
検察では、ひたすら示談を勧められ、全く身に覚えもなく、盗ってないがゆえに示談を断ると起訴され裁判へ。
裁判では、お金を盗ったという証拠も全くないにも関わらず、推認のみで地裁・高裁ともに有罪・・・。

  「ありえません!」

最高裁へ上告後、2年余り経過して、ようやく弁論が開かれるという連絡があり、一筋の希望の光が見えた様な気がしましたが、地裁・高裁での判決を思うと、簡単に安堵する事は出来ません。

これまで署名活動や街頭行動、そして真実をクチコミで広めて下さった皆様の声が、最高裁に届いたのではないかという感謝の気持ちと、最高裁での弁論へ向けた思いを、少しでもお伝えできればと思い、トップページに映像として、掲載させて頂きました。
  映像はこちら ⇒  https://youtu.be/2IfLMoWuFSY

まだ無罪が出た訳ではありません。
無罪判決が出るまで頑張りますので、これからもご支援よろしくお願い致します。

煙石 博

2016年12月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

街頭行動ありがとうございました。

2016年12月15日  街頭行動ありがとうございました。

師走のお忙しい中、大変貴重な時間を頂き、熱いご支援ありがとうございました。最高裁に上告して、2年待っても回答待ちという辛い日々の中、今回は、2年前に上告した12月 11日を街頭行動の日としました。今回の活動中での手応えとして、署名をお願いすると、すぐさま「この話は知っています。」と言って即座に署名して下さる方や、「これは許せないことですから、署名させてください。」と積極的に協力して下さる方が結構ありました。また、マイクを持って訴えている私の背中を軽くたたいて励まして下さった方もあったりして、嬉しいエネルギーをいただきました。お礼を申し上げます。

逮捕の日から私の身の上に起こって来たことは、全て信じられない、あってはいけない、許せない出来事です。私の顔に、そして家族やお世話になった方々の顔にも泥をぬられたままで、私は耐え難い思いでいっぱいです。私は悪い事をしていないのに、お金を盗っている証拠もないのに、有罪にされ、どうしてこんな苦しみを受けなければならないのか・・・。
時が経つに従ってその怒りは、ますます大きくなってきています。思い出すだけで、絶望とやり場のない怒りが湧き上がってくるのです。当時のメモを元に思い出しながら、その真実をブログに書いてきましたが、『四畳半独房記』 続きは来年・・・。
来年こそいい年になりますように。よい年をお迎えください。

    えん罪の晴れぬ幾年(いくとせ)時雨けり      ひろし
    重き荷を総身に負い去年今年(こぞことし)     ひろし

 煙石 博

2016年12月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

思い出せば・・・怒り!その5 四畳半独房記 不安は増すばかり!!

2016年12月1日  思い出せば・・・怒り!その5 四畳半独房記 不安は増すばかり!!

 2012年10月12日(金)
 突然の逮捕。気が動転したまま南署の留置場で一睡もできずに一夜を過ごした翌日、妻と面会。面会できる時間は既定のわずか15分限り。限られた時間の中で、私が窃盗容疑で逮捕された事をテレビの各局・新聞の各紙が、大きくとりあげた事を聞き・・・悔しいやら、悲しいやら・・・「人生を失った」と悲嘆に暮れました。何もしていないのに「逮捕された」という報道をされ、家族にどれほど辛い思いをさせ、また、友人・知人はどう思っているだろうか、どんな思いをさせているだろうか・・・胸が張り裂けんばかりでした。
 この日は、取り調べがないまま夕方になり、明日は検察に行くので、顔を隠す布と、手錠を隠す布を使うかどうか、朝までに決めるよう言われました。テレビでよく見るシーンが頭に浮かび、それが報道されると、家族や友人・知人はどう思うだろうか、等々・・・、どうしようか、どうしようかと悩みました。相談できる人は勿論いません。マスコミがカメラ取材に来るのが心配で、あれこれ考えましたが、結論は出ず、今までの人生の中で考えた事のない不安が頭の中を巡り、混乱した頭で、この夜もほとんど一睡もできませんでした。
続く・・・

☆第8回目の街頭行動は12月11日(日)の14:00集合、15:30頃終了を予定しています。前回はいつもより多くの方が参加して下さったおかげで、署名もたくさん頂くことができました。一人でも多い方が、たくさんのチラシをお配りし、署名もたくさんいただけますので、誘い合ってご参加頂ければと思います。師走のお忙しい時ですが、街頭行動への参加よろしくお願いします。

煙石 博

2016年12月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

思い出せば…怒り!その4 四畳半独房記 孤独と恐怖の留置場

2016年11月15日 思い出せば…怒り!その4 四畳半独房記 孤独と恐怖の留置場

 南署の取り調べ室で、名前、生年月日、住所、血液型、利き手などを聞かれ、それらに答えたと思います。私は「証拠という防犯カメラの映像を見せて下さい。」と必死に何度も頼みましたが、「見せられない。」の一点ばりでした。「わしは金を盗っとらんのじゃけぇ、家に帰らして下さい。」とも言ったと思います。
 何かの調書に拇印を押した記憶までは残っていますが、自宅での激しいやり取りの高揚も収まらないまま、状況が全く把握できず、細かい記憶がありません。・・・この時まだ私は、お金を盗っていないという事を説明すれば、分かってもらえるだろうと思っておりました。

 私は真実、お金も何も盗っておりません。

 パニック状態の私に、「弁護士は、“コクセン”にするか、“シセン”にするか。」と刑事に聞かれましたが、何のことか意味すらわかりませんでした。国がランダムで選ぶ弁護士(国選弁護士)にするか、自分で弁護士(私選弁護士)を頼むかという説明を受け、知り合いの弁護士事務所に頼む事にしました。この時にもまだ、大変な事態に巻き込まれている事に、全く気付く余地もありませんでした。
 その後、取り調べ室から連れ出され、通路の少し向こうにある鉄格子を開けて、留置場の中へと連れて行かれました。そこで、持ち物を全て取り上げられて、薄暗い留置場のひと部屋に入れられ、鉄格子の錠をかけられました。その後は勾留28日間、名前を呼ばれる事はなく『13号』と呼ばれました。
 留置場の部屋は、大変薄暗く、コンクリートの打ちっぱなしの様な壁に囲まれていました。小さな窓がありますが、分厚いすりガラスで、外の様子は全く見えない、昼夜が何となくわかる程度の小さな明かり取りでした。床は畳4枚をそのまま並べただけの長方形をしたうなぎの寝床の様な部屋でした。畳は薄汚れて何かねちゃねちゃしている感じのビニール畳でした。部屋の奥には、下半身だけ隠れるようになっている半畳ばかりの和式トイレがあり、暗くじめっとした薄気味悪さを感じました。
 部屋には、一切私物は持ち込めず、毛布一枚と、一巻のトイレットペーパーだけを渡されました。めがねを拭くのにティッシュペーパーをお願いしたのですが、それすらも断られました。もちろん腕時計や携帯電話も取り上げられ、外との連絡はできません。夜9時から朝7時までは、私の日常生活に必要なめがねも取り上げられました。思い浮かぶことや、伝えたい事をメモしておこうにも、机も筆記用具もなく、外界との接触を全て遮断されてしまいました。
 夜、私選で依頼したM弁護士と接見。
 その夜から、理不尽に逮捕・連行された怒り、それに「孤立した」という不安が加わり、一人どうする事もできない混乱した精神状態で「眠ると殺されるのではないか」という恐怖に震えながら、ふた夜(よ)、一睡もできませんでした。

・・・更に絶望と怒り・・・続く                煙石 博

2016年11月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien