2021.6.1   改めて、四畳半独房日記・その補足・プロローグに続く備忘録①

2021.6.1   改めて、四畳半独房日記・その補足・プロローグに続く備忘録①
 
 人間と言うのは、善いにつけ悪いにつけ、自分あっての自分だと思いますが、今のご時世、多くの人が、我が身の事だけで精一杯。それが既に危険水域を越えているのではないかと思えて来そうな…。

 すべてが疫病コロナ禍の嵐の中で、とても過去の平穏な社会の時とは違い、私共は心の余裕がないまま、社会のありようや、さまざまな出来事に対して、仲々、心が及ばない心理状態にもなっているのではないかと思え、…憂慮したりもしています。
世の中、早く心穏やかな日々へ向かってくれないものかと願うばかりです。

 ところで、異常気象と言うのも今さらと思われそうな程、病いでいえば、現代は慢性化した異常気象の中にある様な…。
 今年も、4月1日の「ふるいけや…」のブログに書きましたが、春先から季節は先を急ぎ、何に急かされているのか、何かの意思でもあるかの如く、急ぎ足の移ろいの中にある様な気がしています。
 思い出せば桜の開花も随分早く、広島が全国一早くて3月11日でした。
 また身の周りの花々は、「咲き急ぎ、散り急いで」来ている様です。

 更に、今年の梅雨入りは異常に早く、広島は5月11日で3週間くらい早く、広島に夏を告げる祭(毎年、6月初めの行事で、浴衣着初めの祭「とうかさん」の声も聞かないのに、梅雨入りした様な塩梅です。
 穏やかならぬ気候が続き、麗しく、優しい日本の気候を忘れてしまいそうです。

   疫病蔓延古色蒼然梅雨にる  ひろし 

 さて、思い出したくない私の留置場での記憶ですが、忘れてしまう前に補足の備忘録として、書かせて頂きます。

 私の場合、冷静に振り返ってみると、刑事は、私が窃盗犯ではあり得ない無実の証拠や事実があるにも関わらず、それをあえて無視したかのような無茶苦茶な犯行ストーリーを作っていました。 それは、一般の常識では理解できない、窃盗犯に仕立て上げる為の犯行ストーリーでした。

 その上で、突然の逮捕となった事になりますが、何故、そんな犯罪にも等しい事をやったのか、私には全く理解出来ません。
 それにしても、七度ななたび生まれ変わっても許せない事です。

 私は、突然の逮捕に気が動転したまま、何が何だか理解出来ない状態で、広島県警南警察署に連行されましたが、手錠をかけられて、南署員の前を歩かされた屈辱感の中…気が付けば、鉄格子の中に押し込まれていました。
とに角、何も悪い事をしていないのに、身に覚えが無いのに、頭の中は理不尽に逮捕・連行された「怒り」と、社会からいきなり引き剝がされて「孤立した」という不安が加わって、真暗闇の混乱状態…。

 孤独と恐怖に震えながら、勿論、私は、お金を盗っていませんから、この時も、私が濡れ衣を着せられて、あってはならない悲劇の冤罪に巻き込まれているとは思ってもおらず、「何かの間違いだから、よく説明すれば、判ってもらえるだろう」と思っておりました。

 私は13号の独房に入れられて、勾留28日間、名前を呼ばれる事は無く「13号」と呼ばれる事となりました。(2012.10.11(木)~2012.11.7(水))

   13号と呼ばれ時雨しぐるる鉄格子   ひろし
   「開錠」と房の復唱冬隣ふゆどなり     ひろし

 「13号」については、奇妙な共通点を発見をしました。それは、私と同じ冤罪被害者、元厚生労働省次官の村木厚子さんも、大阪拘置所で、13番(こちらは“号”ではなく“番”でしたが…)という番号が与えられたそうです。

 南署の留置場での房は、6つか7つ位あって、私が入れられていた房は、入口の方から、1号、2号、そして3号があったのかどうか定かでありませんが、4号は無くて(“4”の数字は避けてあるのか…)、その次に、私が入れられた13号の独房があり、その向こうに5号、6号…、7号があったかどうか…。
これらの事は、囚われの身の私がチェックする訳にもいきませんので、この程度しか書けません。

 ところで、留置場から連行される容疑者が、やつれ顔で無精髭を伸ばしたまま連行されるのを、TVニュースで見る事がありますが、体験者の私は、そんなシーンにとても複雑な思いが広がって、悲しくなってしまいます。

 少々話が逸れるかも知れませんが、やつれ顔については、房の中では、眠れる環境や状況でないのが理由だと、ほとんどの方が思われると思います。
 無精髭については、髭を剃る余裕がない事もありますが、私の場合はそれだけが理由ではありませんでした。

 房の中に持ち込めるのは、原則として、全ての物が制限されており、ひと巻きのトイレットペーパーと、毛布1枚だけが与えられます。夜はこの毛布に敷布団一枚を与えられて、寝ていました。 枕やタオルも与えられず、枕に顔をうずめて窒息や、タオルで首をくくるといった事が無いように…ではないかと思ったりします。

 髭を剃ろうにも、当然の事、カミソリは凶器になるとして、使わせてもらう事はできません。
 電気カミソリを使えなくもないのですが、凶器にならない指定されたものを購入するか、共同使用できる、1つの電気カミソリを借りて使うかのどちらかでした。
 共同使用のものは、狭いベランダ通路の出入り口辺りに置かれているもので、毎朝、順に与えられる「ベランダ通路のウオーキング」(20分位)の時しか使えません。
しかも、それを使う前には消毒液を使って、自分でカミソリ部分などを消毒して使わないといけないので、何となくそれが嫌で、電気カミソリを使う事を諦めて、髭をそのまま伸ばす事に決めました。

28日間の拘留を終えて、髭が伸びたまま保釈され、我が家に帰った時の、私のスナップ写真です。久しぶりの我が家は、やはりホッとするものでした。

【写真】

 私は中学・高校時代から、(故)森繫久彌さんが好きで、特に高校の放送部時代は、NHKラジオの、森繫さんの「日曜名作座」を必死で聞いて、勉強させて頂きました。

そんな訳で、晩年の森繫久彌さんの髭に雰囲気的にも似ている気がして、そのままでいようかと思いましたが、家族から「お父さんの髭は、胡散臭そうに見えるから」と言われ、28日間の怒りと苦しみを共にした、涙の髭をそり落としました…。

 皆様のご健康と、コロナの終息を願うばかりです。

   ひと夜さの星を我がもの立葵   ひろし
   広島の白さも白き夾竹桃     ひろし

煙石 博

2021年5月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien