煙石博さんはある日突然に謂われなき罪に問われ、苦しんでいます
この苦しみは彼一人だけではなく、家族の皆さんも地獄の苦しみを
味わっています
このブログでは、その時々の彼の思いを綴っています
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白雲自ら去来す(はくうん おのずから きょらいす)
2019年3月10日 白雲自ら去来す(はくうん おのずから きょらいす)
私もこの歳になって人生を振り返ってみますと、はるかに遠霞む人生色々が、走馬燈のように、あれこれ浮かんでは消えていきます。
そんな中に、私が高校生の時、もう半世紀以上も昔の話になりますが…NHKの全国高校放送コンテストのアナウンス部門で上位入賞をした思い出があります。実は、このコンテストに参加するため、東京へ向かう前、放送部の先輩のお父様であった、お坊様から頂いたのが、「白雲自ら去来す」という言葉でした。
若かった私に、「雲が次から次へと湧き起こり去来しても、山は元の姿のままそこにあるように、堂々とやりなさい。煩悩や妄想の雲に惑わされる事はありません…。その時は曇っていても、天の雲は必ず晴れる時がきます。天雲に惑わされず、一心に、一生懸命にやりなさい。結果は後についてきます。」と、教えて下さり、この言葉を心に秘めて、東京(千代田公会堂)での全国大会に臨んだことでした。この言葉は、私の心の中に生涯焼き付き、苦悩の時や、逆境の時、思い浮かべる言葉の一つとなりました。
そういえば、人生の晩年、私には何の非も無いのに、信じられない冤罪が降りかかり苦しめられましたが、地獄の長い日々を辛抱強く闘う事ができましたのも、まさに「白雲自ら去来す」の教えの通りでした。
思えば最高裁に上告してから2年5か月…広島本通りでの9回にわたる街頭活動は、私が定年まで勤めたRCCのOBの皆様方や、私の友人、知人、有志の皆様のご支援を頂いての街頭での訴え、さらに、最高裁への署名活動では、1万人にも及ぶ支援の輪を広げて下さった皆様のお陰で、無罪を勝ちとる事ができました。
最高裁で逆転無罪を勝ちとったのが3月10日。…あれから2年になりました。
多くの皆様のお力を頂いての必死の闘いでしたが、私の事件に関して、警察、検察、裁判官が間違っているというクチコミの力が、最高裁に届いたものと思います。 ご支援下さった皆様、本当にありがとうございました。私の後に私の様な冤罪の被害者が、一人でも出ない事をひたすら願うばかりです。
私は、私のこの忌まわしい冤罪体験から、物事を性善説で見る事が少なくなり、悲しい事ですが、性悪説で見る事が多くなりました。
訴えます‼
逮捕、起訴されると、99.9%有罪という日本の司法の有罪率は大問題です。 その中には、たくさんの冤罪が含まれているという事は間違いないと思います。日本の警察をはじめ、司法に関わる皆様に、神様仏様の前でも恥ずかしくない仕事をして頂きたいと強く願います。また、政治家の先生方にも、超党派で、冤罪の被害者が、一人でも少なくなるよう働きかけて頂けないものかと思います。
ところで、「白雲(はくうん)自(おのずか)ら(ら)去(きょ)来(らい)す(す)」については、後に、「青山元不動 白雲自去来」(白雲(はくうん)は自ら(おのずから)去来(きょらい)するも、青山(せいざん)は元(も)と(と)不動なり)という禅語がある事を知りました。
この言葉は、山岡鉄舟作と伝えられる歌に「晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿は変わらざりけり」(富士山に様々な形の雲がかかり、時には全山を厚く覆い隠す事もあるが、雲が去ってみると、いささかも変わりない。)という歌がある事も知り、先程の「青山元不動~」を、この山岡鉄舟の富士山の歌に重ねてみると…本当に凄い人物は、どんな時、どんな事が起ころうとも、あたかも富士山が雲の去来にかかわらず、泰然として少しも動じないのと同じように、逆境にあっても、その志は揺るぐことはない、というような深いところにも考えが及んで…。思いを更に深くしました。
※山岡鉄舟→幕末・明治の政治家。無刀流開祖。剣術に優れ、禅を修行、書をよくした。戊辰戦争の際、西郷隆盛を説き、勝海舟との会談を成立させ、江戸無血開城に尽くした。のち明治天皇の侍従などをつとめる。…おまけ…明治8年4月4日、山岡鉄舟を介して、巷で評判の木村屋のあんぱんを献上。明治天皇があんぱんを食べ終えた後、「引き続き納めるように」と、ひとこと言い残したと伝えられています。
散りて尚命は燃ゆる椿の緋 ひろし
覆水の返らざるまま春の水 ひろし
煙石 博
光の春 ~あれから2年~
2019年2月17日 光の春 ~あれから2年~
寒暖の差が激しく、定まり無き天気が続き、寒さはまだまだですが、2月の立春から3月のお彼岸の頃に向けては、「光の春」と言われもして、寒さの中にも間違いなく日々、日の光に力がこもり始めて、空が明るくなっていきます。これからの、この時期の身の周りをしっかり観察してみると、川の流れに映る日のさんざめきや、鉛の如しと言われる冬の雲が、ちぎれ雲となって、明るい空を流れていたり、草木の蕾がすでに膨らみ始めているのに気付く筈です。
こうした光の春の中で、自然からの力や、希望がみなぎり始めているのに気付くと、命の喜びを感じる事も出来ると思います。
菜の花や遊ぶ綿雲ちぎれ雲 ひろし
そういえば、2年前に、私が忌まわしい冤罪の裁判で、最高裁・逆転無罪の判決を勝ちとり、ひとまず、大きな荷物を下ろす事が出来たのもそんな光の春の時期・・・3月10日でしたが、最高裁無罪判決の前の月、2月17日(金)に、最高裁での弁論というのがあり、上京しています。その時の私のブログを見てみると
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2017年2月20日 東京に春一番が吹いた日 最高裁へ無罪を願う‼
2月17日(金)
有り難い事、厳しい寒さが緩み、テレビで、東京に春一番が吹いたと伝えていたこの日。 最高裁前は、ことさら風が強く、ネクタイがあおられて肩に吹き上げられるくらいの強風。ネクタイを戻して、背広のボタンをかけて押さえながら、正門へと向かう。あとでテレビニュースで見ると、ネクタイがかなり片方に寄っていたのは、そのせいだったのだ。白髪交じりの頭髪も乱れていた。しかし、暖かくなったお陰で、傍聴に来て下さった方々も寒い目にあわなくて良かった。 11時過ぎた頃から、一般の傍聴希望者が並び始めて、44名を超えたので、抽選となった。
1時半開廷。久保弁護士は、「~社会的立場があり、現金500万円を払い戻すために銀行に行っていた煙石被告には、わずか6万円余りの為に、犯罪を犯す動機は皆無だ。」「煙石被告は無罪である。」と弁論。 一方、検察官は、「防犯カメラの画像は不鮮明で、封筒から現金を抜き盗ったと断定することは困難だが、被害者が離れたのちに記帳台に近づいたのは、煙石被告しかいない。」として、「上告は棄却されるべきだ。」と弁論。
その後、司法記者クラブで、記者会見に臨んだ。はじめに私が、「私は無実です」の思いを21分あまり話した。久々に現役時代の緊張感を覚えたが、私の思いの丈を淡々と話す事ができた…と思う。次に久保弁護士が今日の弁論の内容をわかりやすく話され、記者の質問に、今の司法の問題点も指摘しておられた。
帰りの列車の中で、「テレビを見た。」という電話やメールを次々と頂く。とにかく、重い荷物を背負って、一つの峠を越えたような安堵感を覚えた。
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と記しています。
思えば、私は、66600円を盗ってもいないのに、防犯カメラの映像に盗った映像も無いし、盗った証拠も無いのに、さらに、持ったと決めつけられた封筒に私の指紋もついていないのに、2012年10月11日に逮捕されてから、2017年3月10日までの4年5ケ月の苦しい闘いの末、やっとの思いで無罪になりました。しかし、世の中には、多くの冤罪がある事を知り、冤罪で長く苦しんでいらっしゃる方の記事などを目にしますと気分が重く、中には不当判決を受けて服役した後、尚、身の潔白を訴え続けて苦しんでいらっしゃる方も沢山おられ、やりきれない思いです。冤罪大国日本の悲惨な現実・・・どうにかならないものでしょうか。
ところで、昨年の秋、広島で久しぶりに日本作詞家協会の集まりがあり、懇親会で私の隣に座られた女性(生前の星野哲郎先生をご存じの方でしたが)が、「今の世の中は、悪い人が悪い事をしやすい世の中になってしまって悲しいですね。」と言われた事が、さすが、作詞家の目から見た的確な世相表現だと思い、とても心に残りました。
白梅に酌むや偽りなき友と ひろし
黄の花の増え行くもまた春と知り ひろし
煙石 博
2019年1月17日 真実は正義の剣黄水仙 ひろし
2019年1月17日 真実は正義の剣黄水仙 ひろし
1月12日の新聞に、うっかりすると見落としてしまいそうな記事でしたが、最高裁判事に草野氏~という記事が目に留まり、その中に「政府は、11日午前の閣議で、来月(2月)6日に定年退官する鬼丸かおる・最高裁判事の後任に・・・草野耕一弁護士を起用する人事を決めた・・・」という記事が目に入りました。
鬼丸かおる裁判長というと、忘れる事の出来ない御名前・・・。2017年3月10日最高裁の法廷で私に、日本の司法では奇跡と言われてもよい、正しい無罪判決を下して下さった裁判官です。
私も、自らの、悲惨な冤罪体験によって知る事になりましたが、日本の司法では、逮捕起訴されると、その後の裁判で、有罪率99.9%という絶望的な現状の中にあって、(これは絶対にありえない事ですし、昔から、その問題点を諸外国からも指摘されている)私の冤罪を正しく理解し、逆転無罪の正しい裁きをして下さいました。
日本の司法は、最初から有罪ありきで、初めから有罪という答えに向けて、無理やり、強引な犯行ストーリーを作り上げて行くといってもいいでしょう。つまり、有罪率99.9%という数字は、冤罪の屍累々の上を踏み越え、神仏の前でも、非情にも、しかも涼しい顔をして、恥ずかしい裁きを続けているというものがたくさんあるという証でもあると思います。
そんな絶望的な司法の現状の中で、鬼丸裁判長は、私の冤罪を正しく理解されて「広島地裁・広島高裁の、懲役1年執行猶予3年という有罪判決を認めると、著しく正義に反するので・・・無罪!!」という、日本の今の司法では、大変に勇気のある正しい判決を下して下さいました。本当に有難い事でした。神様・仏様・鬼丸かおる裁判長様。以下、無罪判決を受けた当時のブログの一部を紹介します。
【2017.3.18 最高裁傍聴席 『いー1』に 二度座った男】より
2月17日の最高裁弁論から3週間後の3月10日、新幹線で東京に向かう途中、車窓から雪をかぶったとても美しい富士山が見えました。いい判決がでますようにと祈りながら仰ぎ見る富士山へ、「白さも白し富士の白雪、私は無罪。」と心の中で幾度もつぶやきました。~~。
再びの最高裁・・・第二小法廷に入り、弁論の時と同じく、最前列の「いー1」番の席に座りました・・・。
15時、鬼丸かおる裁判長を含め、4名の裁判官が入廷、この時、鬼丸裁判長の表情と雰囲気が、前回の弁論の時の固い雰囲気とは違い、柔和で温かいと感じて、「これは・・・無罪・・・判決・・・か」と、息を殺して裁判長を見つめながら、「私は本当にお金を盗っていないのですから、無罪・・・しか・・・ありません。」と念じ続けました。
「主文 原判決及び第1審判決を破棄する。被告人は無罪。」と言われた瞬間、「そうです、そうです。正しい判断です。」と心の中で繰り返していました。2012年10月11日に止まったままの、私の人生の時計が、再び動き始めた瞬間でした。~~。
そんな、鬼丸かおる裁判長の定年退官を知らされる記事でしたが、定年退官されるという事で、めでたく、嬉しい気持ちは当然ですが、一方で、もっともっと、絶望的だと言われる司法裁判にあって、司法の基本ポリシーと聞いた「正義と真実の女神」の矢を射て頂きたいという思いを抱きました。
葉牡丹の天に授かる日の恵み ひろし
動画投稿サイト「Youtube」に「1番だけが知っている」の煙石事件の投稿があり、多くの方々から関心が寄せられています。
( ↓ ↓ 画像をクリックすると動画サイトへ移動します。↓ ↓ )
ご覧になって、もっと多くの方々に見て頂いて拡散下されば幸いです。
私の事件は、私だけの問題ではありません。私のような被害者が、私の後に出ない為にも、一人でも多くの皆様に真実を知って頂きたいと思っています。
煙石 博
迎春 憂ひ(憂い)無き事を願はく(願わく)初詣 ひろし
2019年1月2日 迎春
憂ひ(憂い)無き事を願はく(願わく)初詣 ひろし
年末年始、色々なニュースがある中で、どうしても気になっているのが、私の忌まわしい体験から、フランスのゴーンさんのニュースです。私は、事件の真実はよく分かりませんが、ゴーンさんは正月を超えて、長く留置されているようです。気になるのは、留置場には暖房が無いとニュースで伝えていました。私の場合、留置場(代用監獄と言われているそうです…)に、28日入っていましたが、10月11日から11月7日だったので、冷暖房については意識がありませんでしたが、思い出してみると、留置場に入って少しして、夜は、しんしんして冷えるので、チェックを受けたウインドブレーカーを着用させてもらいました。
そういえば、保釈されたのが11月7日だったので、寒さに向かう頃、あれ以上留置されていると、身に染みて寒さを体感し、もっと大変だったのかなあと思います。今でも、広島県警南警察署には、近づくだけで、恐怖と嫌悪感を覚え、体に染み込んだ不快感が刷り込まれていて、体が縮む思いで、近づくことができません。
その後、私の、あれやこれやの、理不尽な体験で、ゴーンさんのニュースが気にかかります。分かりやすい所では、私の体験から、逮捕された時から、被疑者にも弁護士をつけて話をするのが国際的な常識の様ですが、日本はそれが無いので、昔から、日本のそういうあり方は諸外国からも良くないと指摘されている様なのです。他の手法においても、色々問題がある様です。
以下に、今年の私の年賀状を添付します。
(ここでは、下線部分をクリックするとページが移動するようにしています。)
謹賀新年
ご支援を頂いた皆様のお陰で、今年も平穏なお正月を迎える事ができ、心よりお礼を申し上げます。
私はお金を盗ってもいないのに2012年10月11日に逮捕され、私の指紋もついていないし、防犯カメラの映像にも、私がお金を盗っている映像は全くないのに地裁で有罪。高裁では、専門会社の鑑定で、防犯カメラの映像から、私が封筒にさわっていない事を明らかにしたのに有罪という不当判決を受けました。最高裁に上告し、2017年3月10日に、やっと逆転無罪の判決を勝ちとることができました。
今後は私の様な冤罪の被害で人生を失う人が出ない事を切に願いますが、その為に、私の事件の真実を一人でも多くの方に口コミで語り続けて頂く事も、冤罪被害の防止につながると思っております。
尚、私のホームページhttp://enseki. noor.jp/や、どなたかが「一番だけが知っている」の私の部分をYoutubeにアップして下さった動画(2018年6月27日の再生回数は2万4728回でしたが、12月20日には、43万2801回になりました)をご覧頂けると、幸いです。多くの皆様にご心配、ご支援を頂きながらお礼を尽くせない皆様も沢山あり、申し訳ないと思いつつお許しを請うばかりです。
玉砂利の海を響かせ初詣 ひろし
草木はや花芽確かな今朝の春 ひろし
平成31年元旦 煙石 博
冤罪の無い国に
2018年12月18日 冤罪の無い国に
いつも立ち寄る本屋さんで、しばらく、「冤罪ファイル」を目にしませんでしたが、先日(12月初め)、お店の以前と同じ辺りに並べられているのが目にとまり、買い求めました。「冤罪ファイル」は、私の事件を取材して、最初から冤罪だと良識ある判断をし、機会ある毎に、真実の記事を発信して下さいました。
2018年冬号は、11月29日の発売で、「容疑者は本当に殺(や)ったのか!?新たに浮かびあがる真犯人像・・・」「そもそも事件は存在したのか、――○○事件」「第三者による犯行をも推認させるDNA鑑定。真犯人は身近にいる!?」「暗闇に消えた犯人の正体とは!?―――○○事件の真相に迫る」等々・・・。残念ながら変わらず、冤罪事件の数々が記事に取り上げられています。(次号は、2019年夏号で、5月下旬発売予定だそうです。)
ところで、日本は、海外からも指摘を受けている冤罪大国である事を、一人でも多くの方々に認識して欲しいと思いますが、同時に、深く憂慮し何とか出来ないものかと思います。
私のケースも、失った物もあまりに大きく、今でも怒りと憤りは消えません。私は何も悪い事をしていないのに、とんでもない濡れ衣を着せられ、壊れた警察官によって、有罪のエスカレーターに乗せられた後、壊れた検事・裁判官によって、広島地裁で、お金を盗った映像も無いのに、持ったとされた封筒に私の指紋もついていない(実は封筒にも触れていない)のに、有罪とされ、広島高裁でも、証拠が無いのに有罪(懲役1年、執行猶予3年)~ここまでに2年。そして、最高裁に上告して2年5ケ月後、やっと無罪・・・しかも、それは、奇跡の逆転無罪(当時、直近5年で0.038%の無罪)だったという信じられない現実を、身をもって体験したものです。これは、絶望的な警察・検察、そして正しかるべき司法が正しく機能していない事を証明したという事でもあります。つまり、警察・検察・裁判官による犯罪だと言っても過言ではないという事を物語っております。
私の冤罪事件で、それが白日のもとにさらされたのですから、二度と私のような悲劇を作らないようにして頂きたいのに…現実は、どうも悲しいばかりです。国の根幹である警察・検察・司法がこんな状態では・・・不信感と怒りが込み上げてきます。これでは日本の国が…と憂いますが、どうしたらいいのか、少しでも良い方向にして欲しいと強く願うばかりです。
尚、2018年5月8日にTBS系列で放送された「一番だけが知っている」の私の部分を、どなたかがYoutubeにアップして下さった動画の再生回数が、最初に気が付いた6月27日時点での再生回数は、2万4728回でしたが、2018年12月17日に40万3167回になりました。これも皆様が拡散して下さったお陰です。ご支援ありがとうございます。(Youtube動画サイトはコチラ)
どうか皆様、良い年をお迎え下さい。
立ち止まる事許されず十二月 ひろし
煙石 博

