煙石博さんはある日突然に謂われなき罪に問われ、苦しんでいます
この苦しみは彼一人だけではなく、家族の皆さんも地獄の苦しみを
味わっています
このブログでは、その時々の彼の思いを綴っています
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思い出せば・怒り! その9四畳半独房記 驚きの信じられない検察の対応
2017年4月8日
思い出せば・怒り! その9四畳半独房記 驚きの信じられない検察の対応 必読!!
2012年10月19日(金)の話
朝8時に南署を出発。・・地検の地下留置場には各署から送られてきた者が鉄格子の中に入れられて待機。私は、やっと11時からC検事と接見。私は警察の間違いを指摘するのも検察官の仕事のひとつと思っていたので、「刑事が私を犯人だと決めつけていますが、それは間違いです。もう一度よく調べて下さい。」と懇願し、金を盗っていない事を一生懸命説明した。
ところが、私の無実の訴えを聞いていたC検事の口からは、「盗ったか盗らないかは別にして、66,600円に色を付けて、10万円位払えばすむ事です。」と、警察が間違っているのをチェックする意思を表す事もなく、ひたすら示談の話をし始めたので、「ええっ~、色を付けて10万円!?」と驚いた。後に「色を付けて」という表現は、「少し足してきりのいいところで10万円」という表現に言い換えたような気がしますが・・・)。「検事としては、その仲介をする。」
C検事は紙にまっすぐな線をかいて、「あなたが盗っていない事を主張するのは王道だが、裁判になって、人生をダメにする者がいる。」等と、脅しのような言葉で示談を迫った。
そして、カーブした線をかいて、「これ以上、事を荒立てないために、検事としては、変化球であるが、金を払って不起訴という方法を勧める。このタイミングを逃すと裁判になって、死ぬまで裁判をする事になる。」さらに、有名タレントや大阪の政治家、野球の監督の例を挙げて、「みんなこういうやり方で事をおさめて、お金を払って社会復帰をしている。」「これも有名税だと思え。」などと言った。私は絶対お金を盗っていないのに、お金を払ってというのも納得がいかないと思った。
私は、金を盗っていないのに、刑事に責め立てられ、金を盗んだ犯罪人にされている。防犯カメラの映像に証拠が映っているというのであれば、見せてくれればいいのに、この時点でも、私に防犯カメラの映像を見せてくれない。「もし、私が封筒を見つけて、お金が入っているのを確認すれば、窓口の行員に渡しますし、ただの書類の忘れ物なら、それを、その場に置いておきます。」等々、話したと思う。
C検事は、「昨日、何回も防犯カメラの映像を見たが、盗ったのはあなたしかいない。防犯カメラの映像を見て判断した。」と言った。私はお金を盗っていないのに、どうして盗った犯人にされているのか納得いかないし、どうして、盗んだ映像があるのかと、大変不思議にも思った。
「お金を払って被害者に取り下げてもらう道を選ばないと大変。」というのは納得できない。
C検事は、「裁判は、日にちがかかるし、長くなる。何年もかかるかもしれない。裁判をすると有罪になる可能性が高い。」「時間がない。タイミングをのがすと起訴になる。」等とも言った。
また、C検事は、「日本の裁判は99.9%の有罪率を誇っている。」と豪語したが、私は「本当にお金を盗っていないのだから、そんなバカな話はあり得ない」と思った。
・・・続く・・・ 煙石 博
2017年4月3日 思い出せば・怒り! その8四畳半独房記 続:恐怖の取り調べ
2017年4月3日 思い出せば・怒り! その8四畳半独房記 続:恐怖の取り調べ 必読!!
私のブログ、「四畳半独房記」が中断していましたので、その続きを掲載していきます。
「証拠はある。盗んだ様子が防犯カメラに残っている。」
「封筒の金を盗んだのが防犯カメラの映像に映っているから、お前はうそをついている。」
「マスコミが報道したから、みんなお前が犯人だと思っている。」
などと何度も言われ、再三再四、「その映像を見せて欲しい。」と頼んでも見せてもらえず、最初から犯人と決めつけられた上、強引かつ高圧的で、無茶苦茶な取り調べだった。
その中で、「お前は左手で左胸のポケットに金をねじ込んだんだ!」という事も刑事から何度も言われたのを記憶している。
私は、その刑事の話を聞きながら、「そんな難しい動作で66,600円もの金を、左胸のポケットに入れないだろう…。物を入れるなら右手で左胸のポケットに入れるのが自然だろう…。」と思い、その奇妙な犯行ストーリーにも納得がいかなかった。
(のちに、防犯カメラの映像から、胸ポケットのないシャツだったと確認した)
更に刑事は「盗った奴は、盗った言わんのんじゃ!うそを言うんじゃ!」とも言い、「偽証罪は罪が重い。」と、自白を促すような事も言った。私は、法律にはうといのだが、それくらいの事は知っている。ただ、「確かにそれはそうかも知れんが・・・。それじゃあ、本当に盗っていない事を『盗っていない』と必死に真実を訴えている私は、どう言えば無実をわかってもらえるのか・・・。」という不安と、やり場のない怒りを覚えざるを得なかった。
ともかく、私を犯人と決めつけた、激しく強い口調で繰り返される高圧的な取り調べだった。
そもそも、お金を盗ったとされる日が、ひと月近くも前の事で、銀行へお金をおろしに行ったのは確かだが、他の記憶は全くない。映像を見せられないまま、刑事から何度も同じ事を責め続けられていると、銀行内の行動について、「一部そうだったのかな?」と思い始めるような奇妙な心理になっていた。
ただ、だれが何と言おうと、『私は人のお金を盗っていない事だけは、確かで間違いない!』と主張し続けた。 ・・・続く・・・
煙石 博
近況のご報告
2017年4月1日 近況のご報告
最高裁で、無罪判決が出て日々過ごすうち、ほっとする間もなく、あれやこれや、やらなければならない事の整理などに追われています。そんな中で、大変嬉しい事は、近所や街で、昔のように笑顔で会釈して下さる方が少しずつ戻って来つつある事に安堵しております。中には、普通の挨拶だけでなく、「大変だったですね。」とか「ご苦労様でした。」あるいは「よかったですね。」と、ねぎらって下さる方もおられます。ただ「よかったですね。おめでとうございます。」と言われると、もともと私は、お金を盗っていないのですから、無罪で当たり前なのに・・・と、複雑な思いがしています。とにもかくにも「何はともあれ、ほっとしました。」というのが本音です。辛く長い4年5か月でした。今年は、やっと、私の心にも桜が咲いてくれそうです。
桜と言うと、広島の桜の名所のひとつに、比治山(虎が伏せているような形なので、昔は
臥(が)虎山(こざん)とも言われていました。)があります。その昔は、広島湾に浮かぶ小さな島でしたが、江戸時代より、広島の発展と共に埋め立てられて、今では市街地に珍しい小山となって、春は桜、夏は緑、秋は紅葉の、市民の憩いの場にもなっています。
もともと広島は、太田川デルタを埋め立てながら発展してきた町で、川の多い街です。今は、6つの川(昔は7つの川の時もあり、8つの川の時もあり・・・)が流れる水の都でもあります。川が多いという事は、当然、橋も多い訳ですが、川の名、橋の名で、私が好きなのは、風情ある京橋川と、それにかかる柳橋と鶴見橋です。そんな想いを、私が演歌の歌詞に綴ったのが、『比治山慕情』です。広島の比治山と、京橋川にかかる鶴見橋・柳橋の春・夏・秋と、愛しながら添えなかった青春時代の哀しく切ない恋の歌です。
歌は新宅未奈子さんです。
『比治山慕情』のカラオケが入っているお店で、よかったら歌ってやって下さい。聞くだけでも観るだけでも結構です。リクエストよろしくお願い致します。
雪冤(せつえん)の落花は眩(まぶ)し惜しみなく ひろし
煙石 博
最高裁傍聴席 「いー1」番に 二度座った男
2017年3月18日 最高裁傍聴席 「いー1」番に 二度座った男
2月17日の最高裁弁論から3週間後の3月10日、新幹線で東京に向かう途中、車窓から雪をかぶったとても美しい富士山が見えました。いい判決がでますようにと祈りながら仰ぎ見る富士山へ、「白さも白し富士の白雪、私は無罪」と心の中で幾度もつぶやきました。
再びの最高裁、弁論の時は、裏口のような感じの南門から入りましたが、今回の判決は、「正門からの入廷」と指示がありました。14時15分、最高裁正門前で久保豊年弁護士と合流。
建物に向かってしばらく歩き、さらに長い階段を上って最高裁の正面玄関に入ると、中は吹き抜けのホールのようになっており、荘厳で堂々とした雰囲に包まれていました。そこから案内され、第二小法廷に入りました。ここには被告席はなく、弁論の時と同じく、最前列の「いー1」番の席に座りました。私の隣に家内と息子、そして支援者の傍聴者が続いて座り、判決を待ちました。
15時、鬼丸かおる裁判長を含め、4名の裁判官が入廷、この時、鬼丸裁判長の表情と雰囲気が、前回の弁論の時の固い雰囲気とは違い、柔和で温かいと感じて、「これは・・・無罪・・・判決・・・か」と息を殺して裁判長を見つめながら、「私は本当にお金を盗っていないのですから、無罪・・・しか・・・ありません。」と念じ続けました。
「主文 原判決及び第1審判決を破棄する。被告人は無罪。」と言われた瞬間、「そうです、そうです。正しい判断です。」と心の中で繰り返していました。2012年10月11日に止まったままの、私の人生の時計が、再び動き始めた瞬間でした。
閉廷後、久保豊年弁護士と、無罪を勝ちとる会の佐伯譲会長と共に南門へ出て、報道陣からインタビューやら・・・撮影やら・・・ここまで支えてくださった皆様に感謝、感謝、ただ感謝。
その後、霞が関の司法記者クラブでの共同記者会見を終え、すぐに帰途につきました。
帰りの新幹線で、ほっとして無罪のうま酒を・・・しかし、ほっとする間もなく、次々と電話やメールが・・・家に帰っても、メールや留守電・電話で、嬉しいメッセージ等を頂きましたが、対応しきれなくて・・・申し訳ありませんでした。
さらに、お便りもたくさん頂き、嬉しく拝読して元気を頂きましたが、これもお返事できず、お許しください。数々の失礼をお詫びいたします。
何はともあれ、皆様のご支援のおかげで、無罪を頂き、ほっとしています。まだまだ整理をしないといけない事がたくさん残っていますが、一日も早く普段の私に戻れればと思います。
長い間の皆様のご支援、心よりお礼申しあげます。
煙石 博
東京に春一番が吹いた日 最高裁へ無罪を願う‼
2017年2月20日 東京に春一番が吹いた日 最高裁へ無罪を願う‼
2月17日(金)
有り難い事、厳しい寒さが緩み、テレビでは、東京に春一番が吹いたと伝えていたこの日。
最高裁前は、ことさら風が強く、ネクタイがあおられて肩に吹き上げられるくらいの強風。ネクタイを戻して、背広のボタンをかけて押さえながら、正門へと向かう。あとでテレビを見ると、ネクタイがかなり片方に寄っていたのは、そのせいだったのだ。白髪交じりの頭髪も乱れていた。しかし、暖かくなったお陰で、傍聴に来て下さった方々も寒い目にあわなくて良かった。
11時過ぎた頃から、一般の傍聴希望者が並び始めて、44名を超えたので、抽選となった。
1時半開廷。久保弁護士は、「~社会的立場があり、現金500万円を払い戻すために銀行に行っていた煙石被告には、わずか6万円余りの為に、犯罪を犯す動機は皆無だ。」「煙石被告は無罪である。」と弁論。
一方、検察官は、「防犯カメラの画像は不鮮明で、封筒から現金を抜き盗ったと断定することは困難だが、被害者が離れたのちに記帳台に近づいたのは、煙石被告しかいない。」として、「上告は棄却されるべきだ。」と弁論。
その後、司法記者クラブで、記者会見に臨んだ。はじめに私が、「私は無実です」の思いを21分あまり話した。久々に現役時代の緊張感を覚えたが、私の思いの丈を淡々と話す事ができた…と思う。次に久保弁護士が今日の弁論の内容をわかりやすく話され、記者の質問に、今の司法の問題点も指摘しておられた。
帰りの列車の中で、「テレビを見た。」という電話やメールを次々と頂く。とにかく、重い荷物を背負って、一つの峠を越えたような安堵感を覚えた。
「春がもうそこに菜の花硝子(がらす)越し 大学」 という俳句の師の一句を思い出した。
傍聴に来て下さった皆様や、自宅などで応援して下さった皆様に厚くお礼を申し上げます。
賜りし恩義も重く浅き春 ひろし
煙石 博