煙石博さんはある日突然に謂われなき罪に問われ、苦しんでいます
この苦しみは彼一人だけではなく、家族の皆さんも地獄の苦しみを
味わっています
このブログでは、その時々の彼の思いを綴っています
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悪茄子(わるなすび)
2016年5月15日 悪茄子(わるなすび)
雨の日はうっとうしくて、嫌なものですが、庭の草花に水やりしなくて良いので、内心ありがたい雨だと思ったりしています。猫額の地べたにも、自然に生えた野草を抜かずにおいてやると、そこそこ可憐な花を咲かせてくれます。抜かずにおいた野草で、今、花を楽しませてもらっているのが、ハルノノゲシです。散歩道でも、よく目にする丈の高い野草で、黄色いタンポポに似た花をつけています。もともと、中国から入ってきたもので、古書には、五臓六腑の邪気を払い、老化を防ぎ、滋養強壮効果のある薬草として紹介されていて、古くは食用にもなったらしいのですが、食す・・・勇気はありません・・・。
また、散歩道で時々見かけるのは、北アメリカ原産の帰化植物で、花は愛らしく可憐で、かわいい実をつけるのに、茎や葉にとげがあるからでしょう、かわいそうな名前がつけられた悪茄子という野草の淡紫色の小さな花です。
そもそも、証拠も無いのに大変理不尽な濡れ衣を着せられて、ひどい目にあわされている私の胸中は、人間性善説が影をひそめ、性悪説へウエイトがかかっている思いなので、こんな句が・・・
悪茄子性善説の世に薄れ ひろし
悪茄子性善説も捨て難し ひろし
どちらの句がどうか・・・。
皆様には、引き続きご支援を頂き、心よりお礼を申し上げます。
5回目の街頭行動は、6月5日 日曜日 お昼の11時集合ですが、当日は、広島の三大祭りのひとつ、『とうかさん』の最終日で、人の流れもいつもより多いでしょう。一人でも多くの方にチラシを受け取って頂き、署名も頂きたいと願います。街頭行動には、多くの皆様のご参加を頂けると幸いです。
ところで、5月11日の夜、私の住んでいる町の町内会総会があり、その会の最後にチラシを配って、私の身に起こっているえん罪の真実を話しました。私のような被害者を私のあとに一人でも出さない為に、この真実を一人でも多くの皆さんに伝えて頂きたいとお願いしました。
また、私の事件を取材し「冤罪ファイル」という雑誌にも書いて下さっているフリージャーナリストの片岡健さんが、私の件をツイッターにのせて下さっていますが、私が本通りで街頭活動をしている映像も見ることができ、リツイートやフォローして下さっている方が多いということがわかりました。「証拠がないのに有罪」というのはおかしいという事を、一人でも多くの方に伝えて頂く事は、大変ありがたい事です。
証拠がないのに有罪にされたという私の事件を知ってらっしゃる方ひとりひとりが、一人でも多くの方にクチコミやネットで広めて頂く事で、理不尽な濡れ衣・えん罪を晴らす為の力にもなると思います。
煙石 博
祝・印税 〈夢の印税生活は?・・・夢だった〉
2016年5月1日 祝・印税 〈夢の印税生活は?・・・夢だった〉
この間、嬉しい事がありました。現役時代に、仕事のパフォーマンスで作詞した歌がいくつかあります。その中の、広島のご当地ソングで、のちにカラオケにもして頂き、私自身も出かけた時には愉しみにリクエストもしておりましたが、「比治山慕情」の印税が、久しぶりに振り込まれました。印税は、放送で使われたり、ステージで歌われたり、カラオケや有線でリクエストされたりした回数から計算されるもので、まさに、支援して下さった皆様の、1回1回の賜物ですから、大変なことなのです。それと、ちょっぴり裏話をしますと、印税は、1回かかると、1円・2円の世界ですから、これの積もり積もったもの・・・。それに、なにしろ、全国区でなくて地方区なもので、地域的に知る人ぞ知るという強さと弱みがあります。更にもうひとつ、その1円・1円の積み重ねの印税は、銀行への振込み手数料の関係で、3000円を超えないと振り込みはありません。こうした印税は、3か月ごとに集計されるものですが、送られてきた「比治山慕情」の著作権分配明細を見ると、2013年6月期として、それまでの前回繰越金2601円、今回支払金62円、合計2663円等とあり、その後、3か月毎に加算されていき、2015年12月期に、総合計3346円となって、めでたく3000円を超え、このほど振り込まれたものです。一方で、日本作詞家協会への会費(月額にすると××××円)を、納めなければなりません。そういえば、作詞家協会の会費をぼつぼつ払わなくちゃ・・・。ともかく印税は、私にとって、受け取る金額の多少ではなく、皆様、おひとり・おひとりのご支援の賜物ですから、本当に嬉しいことです。心よりお礼を申しあげます。
ところで、明治の半ば頃、正岡子規が、広島で十数句詠んだ句の中に、柳の句が二句もありました。
広島は柳の多きところかな 子規
上下(うえした)に道二つある柳かな 子規
明治時代の広島には、子規の目にも、詩心を昂らせる程、柳が多くて、町の風情を醸していたようです。薄田太郎さんの「がんす横丁」にも、当時の広島の町には、たくさんの柳の木が植えられていて、柳は広島のシンボルとありました。今でも名残の柳がわずかに残っています・・・。「比治山慕情」の歌詞に詠みこんだ、「♪♪柳青める京橋川よ~・・・」その柳も、すでに、しなやかで逞しい夏柳へと姿を整えつつあるようです。
風柳天地動転したる河岸(かし) ひろし
夏柳寂と枝垂(しだ)るる水鏡 ひろし
ごめんなさい、つい、久しぶりに嬉しい出来事なので、私事になりましたが、私のえん罪についても多くの皆様の、おひとり・おひとりからの署名やら、温かいカンパなどのご支援を頂き、厚く厚くお礼を申しあげます。長い闘いになっていますが、ご支援よろしくお願いするばかりです・・・。 煙石 博
街頭行動ありがとうございました
2016年4月11日 街頭行動ありがとうございました。
束の間の花の季節で、何かと行事や予定の多い、一番忙しい時期の街頭行動となり、申し訳ありませんでした。当日は、寒くもなく、暑くもなく、お天気にも恵まれたこともあり、たくさんの方に訴える事ができました。ご参加頂いた皆様に、心よりお礼を申しあげます。私の為に時間をさいてかけつけてくださり、一生懸命チラシ配りや署名のよびかけなどをして頂き、心より感謝しています。私も、皆様の熱意に支えられて、理不尽な冤罪の思いを必死に訴えることができました。
今回は、通り掛かった方が、マイクで訴えている私に近づいてきて、「煙石さんの冤罪の事は知っとるよ。負けんようにがんばりんさい。」と言って握手しながら励まして下さった方も数人ありました。また、街頭行動を終えてマイクを置いた直後、女子学生らしき数人から、それぞれに「頑張って下さい。」と優しい言葉を掛けられて、握手を求められたので、今までに無かったことで、私も一瞬テレながら「よろしくお願いします。」と応じました。
皆様の署名活動や、街頭行動を通じて、私はもちろん、家族ともども元気をいただいております。
ありがとうございます。
煙石 博
えん罪救済の新たな幕開け
2016年4月3日 えん罪救済の新たな幕開け
(イノセンス・プロジェクト参加報告)
近年、アメリカで大きな成果を上げて注目され、世界的な広がりとなっている「イノセンス・プロジェクト」というネットワークがあります。これは、えん罪を訴える人々を無償で支援する団体ですが、立命館大学を中心に、日本版の「イノセンス・プロジェクト」をスタートさせるというシンポジウムが、立命館大学大阪茨木キャンパスであり、これに参加してきました。弁護士さんらしき方や支援者らしき方々など130名くらい参加しておられました。
プログラムは上記の通りでしたが、アメリカの先生からイノセンス運動の意義や救済例、成功例などを聞きました。アメリカでは、このイノセンス・プロジェクトによって、過去数十年間で、えん罪原因は科学的に究明され、刑事事件において用いられる様々なルールにも重要な変更が加えられてきて、科学的研究が、法律家・警察官・裁判官、そして法そのものにも影響を与えてきたそうです。例えば、DNA鑑定によって、すでに330人以上の人々が、雪冤されているということです。台湾の弁護士さんからも、台湾の実情と雪冤を勝ちとるまでの大変なお話もありました。
冤罪の問題は、現在、世界中で議論されていますが、虚偽の自白や、誤った科学的証拠、不適正なラインアップは、世界のどこにでも起こり得るもので、アメリカのえん罪事件の経験や教訓が、日本においても、誤判原因の解明に役立つことを願っているというようなお話がありました。
私の場合は、証拠も無いのに、「疑わしきは罰せず」どころか、疑わしくもないのに、推認で有罪。防犯ビデオにお金を盗っている映像は全くないのに、有罪。広島高裁では、防犯ビデオの死角でお金を盗ったとして控訴棄却・有罪(実際のビデオを検証しても、防犯ビデオの死角などありませんでした。)という論理矛盾と、非科学的な誤判でえん罪となった訳ですから、私のケースは、日本の警察・検察・裁判所は、遅れているどころか、とてもひどい実態であることをそのまま露呈しているえん罪であるということで、またまた怒りがこみ上げ、何とかならないものかと憂慮いたします。
後半のパネル・ディスカッションでは、これまで実績をあげて来られた弁護士さん方による、数々の雪冤に至る、苦闘の経過をお聞きしましたが、力強く熱のこもった説明に心を打たれました。
シンポジウムのクロージング挨拶では、「えん罪を見て見ぬふりをしてはいけません。日本では、今こうしている時も、冤罪に苦しみ、泣き寝入りをしている人がいるし、えん罪で死刑執行される人がいる事を忘れてはなりません。えん罪救済は、自分たちの問題として考えて、取り組んでいかなければいけません。」というお話が心に残っています。
午後1時から、時々休憩はありましたが、午後6時30分過ぎまで、中身の濃い、レベルの高いシンポジウムでした。この日本版イノセンス・プロジェクトは、供述鑑定部門、科学鑑定部門、DNA鑑定部門に、それぞれ専門家のネットワークを広げて、えん罪の救済に当たり、えん罪を出さない為の刑事司法の質を上げていけたらというえん罪救済の頼もしいネットワークです。 多くの支援者・協力者を頂き、アメリカの様な成果を大いに期待します。
2016年4月4日 産経新聞 に掲載されました。
朝日新聞デジタルニュース 朝日新聞デジタルニュース に掲載されました。
このイノセンス・プロジェクトの情報は、インターネットから福島弘増さんと、大阪の支援者水野喬さんなどから教えて頂いたものですが、水野さんには一緒に参加して頂き、ありがとうございました。
私も早速4月2日に、申込書に必要書類を添えてえん罪救済センターに申し込みました。
煙石 博
これじゃぁ 日本は、法恥国家?
2016年3月15日 これじゃぁ 日本は、法恥国家?
私の冤罪事件を、これまで2回記事にして、ほぼ真実を明らかにしている「冤罪File」のNo.23(2015年6月号増刊)では、巻頭インタビューで、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏が 「~言ってみればね、警察、検察、裁判、そしてメディアという非常に強力な権力を握った、権力を持っている4者が、謀議したわけじゃないだろうけど、お互いにつながって、やってもいない犯罪をでっちあげて無罪の人を有罪にしてしまう、これが冤罪なんですよ。権力犯罪です。」と話しています。実にその通りです。私のケースも全くそれです。私は何も悪い事をしておりません。善良なる一市民です。いや仕事柄、善良すぎるほど善良なる一市民として生きてきました。 そもそも、私の冤罪にかかわった人達、まず市民に最も近い所にいる筈の警察の刑事が、正直に生きてきた私を、初めから犯人と決めつけ、真実や正義に頬かむりしたまま、「記帳台に置き忘れられた封筒を私が手にして、少し歩いた店内で、お金だけ盗って、また元の記帳台まで歩いて行き、封筒を戻した。」という常識では考えられない窃盗ストーリーをでっち上げたことが過ちの始まりで、最も許されないことです。(※私は封筒にさわっていないので、封筒にも中の税金の納付書にも私の指紋はついていませんでした。もちろん防犯カメラの映像にもお金を盗っている映像は全くありませんでした。) 刑事は、無実を訴える私の声に全く耳をかさず、強引に自白ばかりを強要しました。そして検事は、盗ってもいない私にひたすら示談を勧めるばかりでした。更に、疑わしくもない私を、証拠がないのに推認で有罪にした広島地裁・広島高裁の検事と裁判官たちは、私の人権を蹂躙し、人生も失わせて、真っ黒に塗りつぶしたのです。 こんな事があってはいけません。
日本は法治国家の筈です。証拠がないのに私は有罪にされています。 「疑わしきは罰せず」ではない、私の場合は、疑わしくもないのに有罪にされています。
上告して1年3か月を過ぎています。最高裁判所の裁判官の皆様は、公正な良識のある判断をして下さるものと信じています。
ひろし