煙石博さんはある日突然に謂われなき罪に問われ、苦しんでいます
この苦しみは彼一人だけではなく、家族の皆さんも地獄の苦しみを
味わっています
このブログでは、その時々の彼の思いを綴っています
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2022.11.1(旧暦10.8) 早い亥(い)の子、炉開きでした。四畳半独房日記⑯「署長巡回!!」
2022.11.1(旧暦10.8) 早い亥(い)の子、炉開きでした。四畳半独房日記⑯「署長巡回!!」
修羅の世を置き去り秋の
実りの秋10月の、町や村の秋祭りが終わり、月が変わって、早くも11月となりました。そして、7日(月)は立冬。暦は急ぎ足で冬を告げますが、自然界は駆け足でやって来そうな冬を前に、これから晩秋のクライマックスを迎えるのが11月…でしょうか。
「枕草子」の最初の段には「秋は夕暮れ。…」とあって、山へ沈もうとする夕日を背に、からすや雁が群れなしてゆく夕暮れの風情を
此道や行く人なしに秋の暮 芭蕉
立冬を過ぎると、冬の足音も気になるところですが、時に、冷たい風も吹かず、忘れていた春の陽気を思い出させる、穏やかで暖かい「小春」「小春びより」の日々も、嬉しく有難く、刻(とき)を忘れ、ホッとさせてくれる事でしょうが、異常気象の昨今、今年はどうでしょうか。
そう言えば、私も、広島県内の瀬戸の島、能美島の温泉で詠んだ若き日の拙句を思い出しました。
そんな穏やかな日々の中で、突然に冬の寒さが襲って来る事があるのが11月ですので、油断なりませんが、そう言う寒さの事を、広島の方言で「びったれおどし」と言います。
びったれは、「だらしのない者、ものぐさな者」と言う意味でしょうか。冬の準備をしないでいる、ものぐさで、だらしない人が突然の寒さにびっくりして慌(あわ)てるので、「びったれおどし」と表現したのでしょう。県北の中国山地では、早い初雪の事を「びったれおどし」と言った様です。「びったれおどし」にご用心!!
ところで、今年は、10月の早くから、寒暖差が大きく寒さを感じる日が多くなって、少し慌てましたが、旧暦の暦を見ていて気付いた事に、旧暦の亥の子餅、炉開き(冬になって炉を使い始める日。茶の湯で、夏の風炉(ふろ)をしまい、火を使う炉を使い始める日)が、例年より早い事でした。
旧暦の亥の子餅、炉開きは、例年だと、たいがい11月半ばか、それ以降で、たまに、11月上旬の日にあたる事もありますが、過去25年を調べてみると、今年が最も早く、10月25日(火)でした。つまり、日本の自然暦とも言える旧暦で教えられる事は、今年は、寒さが早くやって来る確率が高いのでは…と、観察していると、何となく、その様な感じになっている様に思います。
今年もそうでしたが、我が家では、毎年、旧暦の亥の子餅、炉開きの日に暖房器具を出す事にしています。
生くるべく山河大地の冬支度 ひろし
改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑯「署長巡回!!」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)
月曜から金曜まで、午後になると毎日あったのでしょう、(私も、検察や取り調べ室に行かされて房に居ない事も多いので判らない部分ですが)署長の巡回があった様です。天井が高い(そう感じていたのかも知れませんが)静かな留置場に「署長巡回!!」と張り詰めた声が響くと、勤務についている数人の刑務官が、留置場の鉄格子の入り口前に集合、整列して、敬礼をしていたかどうか…署長を迎え入れて…、各房の者へ、署長が、それぞれ声を掛けます。
留置場に入れられて10日余りのちの10月22日(月)の私のメモに、午後2時10分、署長巡回。私の鉄格子の前に立って、「体調…大丈夫ですか?」と、小さな声…。実はこの時、心の中には怒りが渦巻いていて、「大丈夫じゃないよっ!!ええ(いい)わけないじゃろうがっ!!私は金を盗ってもいないのに、こんなひどい目に合わされて、どう言う事なんですかっ!!」(怒り)と、声を荒げて訴えたかったのですが…気分が滅入ってしまっていて、私にその勇気も無く、「はい…大丈夫です」と、従順に答えるだけ…」とありました。精も根も尽きていたと思います。
その翌日、10月23日にも、午後1時5分、署長の巡回とあり、署長が部屋ごとに声を掛けて来て、私の所でも「寒くないですか?」…私は、この日も、何故か従順に、「はい…寒くありません。」と答えながら、心の中では、「ワシの(私の)心の中は寒過ぎるんじゃ!!」と、叫びたかった事を思い出します。今、思っても、泣きたい程の淋しさです。
――つづく――
これは、本を読んで知った関東地方の話ですが、11月の酉(とり)の日に、東京・浅草の鷲(おおとり)神社等、各地で開かれる「酉の市」にまつわる言われです。
この「酉の市」は、露店で、熊手やお多福などを売りますが、鳥が酉(とり)に通じ、それが「取り」…「取る」とシャレて縁起をかついだ、商売繁盛のお祭りだそうです。
浅草は、その昔、遊郭を控えて盛んだったので、正岡子規に、
吉原ではぐれし人や酉の市 子規
高浜虚子に、
此頃の吉原知らず酉の市 虚子
この「酉の市」は、大抵は11月に2回ですが、今年は、三の酉があって、一の酉、二の酉、三の酉と、3回ある年は、火事が多いと言われたそうです。
私は、これを長い間観察して来ましたが、広島でも、11月に三の酉がある年は、何となく火事が多かった様に思います。つまり、早くから寒さがやって来て、火を使う事が多いからだろうと、…思ったりします。
妻の言ふ
昼酒をひとり
寒さに向かいますが、火の用心と、呉々もお体お大事になさってください。
煙石 博
2022.10.1(旧暦9月6日)「あれから10年…」。独房日記⑮ある日の食事メニュー
2022.10.1(旧暦9月6日)「あれから10年…」。独房日記⑮ある日の食事メニュー
数字から受ける印象は、さまざまありますが、私が、身に覚えが無いのに突然逮捕されたのが、2012年10月11日(木)。無理やり、広島県警南警察署の鉄格子の中へ…。
押し込まれた独房が「13号」でした。実は、私より少し前に冤罪被害者となって、後に、えん罪を晴らし、無罪を勝ちとった元厚生労働省の村木厚子さんが、大阪拘置所で「13番」の(こちらは私の“13号”と違い“13番”でしたが…)独房に入れられて居たそうです。私と同じ、「13」…「13」に込められた意味…何かあるのかどうか…。
ところで、これも、数字での印象・イメージについて、友人からのメールの一部です。
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「ワシは、1と、11と言う数字に、何かの因縁を感じている!!
2001年9月11日「アメリカ同時多発テロ(旅客機がビルに突入大惨事、他の州でも突っ込んだ)」
2011年3月11日「東北地方での大震災・大津波、大惨事」
2012年10月11日「貴兄が冤罪逮捕された日」
2017年3月11日「貴兄が最高裁で、3月10日に、逆転無罪判決を勝ちとった事が、その翌日の3月11日の新聞で報道された…。」
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以上、私を気遣ってくれる友人からのメールでしたが、成る程、そう言えば…。有り難うございました。
しかし、今振り返っても、凄い闘いでした。ご支援下さった皆様のお蔭で、最高裁での、逆転無罪を勝ちとれ、無実が証明されました。感謝の気持ちで一杯ですが、そもそも、2012年10月11日(木)…あれから10年たちました。しかし、あの日の朝の出来事は、毎年、秋は巡って来るのですが、何年たっても、悔しくて、腹立たしくて…。
10月11日の、私が逮捕された日の夕方(私は既に鉄格子の中)、あとで、家族や、知人から聞き、愕然としたものですが、広島の各テレビ局のニュースで、「元RCC中国放送アナウンサー煙石博、窃盗容疑で逮捕…」と報じられ、あるローカル放送局からは、翌朝、東京のTV局(キー局)へ、「のぼりニュース」と言いますが…関東圏にまで報じられた様です。そして、当然ながら、新聞報道もされました。
これらの報道によって、私が、それまで、正直に、真面目に、長い間、積み重ねてつくり上げて来たつもりの人格、信用、信頼、そして、人との絆が一瞬に破壊されてしまい…恐ろしい事です。これで、全てを失ってしまいます。それによる心への衝撃も大きく、私の人生をすっかり変えられてしまいました。
冤罪は人災、まさに、凶器無き殺人です。絶対にあってはなりません。
しかし、残念ながら、日本は、えん罪大国…の様です。
ぬれ衣をきせられて、無罪を勝ちとるまでの大きな精神的苦痛、重圧は勿論、相当な金銭的負担…さらに、家族はもとより、多くの皆さんにかけた、お金に変えがたい労苦は、計りしれないものがあります。
しかも、無罪を勝ちとったとはいえ、もともと、無実なのですから、当然の事…虚しいものがあります。それに、返って来たお金は、僅かばかり…だったのが、真実です。
えん罪を出した場合は、もっともっと高い賠償、ペナルティー補償を課せば抑止力になりはしないか等と、虚しい思いを巡らせたりします…。
今も思い出すのですが、検察庁に行かされた時、検事が自信たっぷりに、「金を払ってすまさないと、裁判になって、日本の司法は、99%以上有罪になるんだ!!死ぬまで裁判する事になるぞ」と言った恐ろしい言葉を、今でも忘れる事ができません。これは、日本では、無実の人が、いかにたくさん有罪にされているかの、あかしでもありましょうか。
ところで、10月後半の留置場でのメモを読み返すと、「朝から、秋祭りの子供みこしの太鼓や祭笛、子供達の弾んだ声が聞こえて来る…」とありました。 当時の独房吟です。
天高し地に我が疑惑晴らすべく ひろし
寂しいブログになって、ゴメンナサイ。
改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑮「ある日の食事メニュー」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)
留置場に入れられ、金を盗ってもいないのに、示談、つまり、盗った事にして(盗ったと決めつけられた66,600円に、何故か+αの金額)、10万円を相手に支払えと言う、とても納得できる事ではありません。示談に応じると、金を盗っていないのに盗った事にされ、窃盗犯にされる訳です。
自白、示談を執拗に強要され、負けそうになりながらも…盗っていないので、自分にウソをつきたくもありません。懸命に無実を主張し続けましたら、10日間の勾留後、さらに10日勾留が延長され、結局、この20日と、何故か、さらに8日勾留され、28日勾留されました。
そんな中の10月23日のメモに、昼食のメニューを書いていました。
「コロッケ、ゴボウ、オスのシシャモ(子を持っていないシシャモ)、炒り玉子、厚揚げ、タクアン2切れ、それに、これは、毎食お決まりのパターンで、ごはんの真ん中に、小さな梅干しが添えられている古典的な?日の丸弁当スタイルの幕の内弁当。」
又、11月4日のメモには「タクアン2切れ、おかず4品と、小さな梅干しが添えられた御飯」とありますが、、おかずのメニューが豊富で、毎食、工夫を凝らしてあり、辛く、悲しい日々にあって、3度の弁当が唯一の愉しみで、大変おいしく頂きました。
三度の食事を、おいしく、きっちり頂いた28日でしたが、留置場をあとにする時の体重測定で、何と3キロ…痩せていました。 いかに過度なストレス、心労であったか…。
これは、刑務官が私に言った言葉です。「あんたが食べる幕の内は、ワシらが食べる弁当の、「おかず」が一品か二品、少ないだけじゃ。ありがとぅ~思おて食え。」
―― 次号へ続く ―― 皆様には、お元気で実りの秋を満喫されます様にと思います。
川風に乗る鳥一羽天高し ひろし
酒一合まず酌み交はし走り蕎麦 ひろし
煙石 博
2022.9.1(旧暦8月6日)「溽暑 よ、さらば!」。独房日記⑭「…悲しい飲まされ方」
2022.9.1(旧暦8月6日)「
相変わらずのコロナの恐怖と不安の中で、世の中の許し難い不正義が次々とニュースで伝えられる度に怒りを感じているのですが…、何が何だか、命の危険を伴う等と言う耐え難い暑さの夏に見舞われて、そんな事より何よりも、我が身の保身…。高齢のせいもありますが、私は、正直ヘトヘトで、くたばって仕舞いそうな、これまでで最も辛い8月だった様な気がしました。
皆様におかれましても、ご無事でお元気でいらっしゃる事を願っておりますが…、それこそ、知り合いが使っている言葉を借りますと、このブログは、「私と皆様との生存確認」の気持ちで書いております。
今月10日は仲秋の名月、良夜です。9月は、月をめでる月でもあります。
貧しくも富めるも
兎にも角にも、何とか生きさせて頂いている事に感謝をするばかりですが、少し前より気になる事のひとつに、あれやこれやがあり過ぎる世の中の混乱のせいでしょう、ほんの少し前の事でも、恐ろしい程、記憶の外になっていて、すぐに忘れて仕舞っている事です。
もっと恐いと思うのは、心の余裕がない為、自分の保身以外の事には思いが及ばないと言う、料簡(りょうけん)の狭さへの恐れを感じたりもします。
そんな時代ですから、私のえん罪の事も、私が被害者となって10年も昔の話となり、多くの方にとっても、過去の出来事になって行く事が、悲しく悔しい事と思っております。
私は幸いにも、多くの支援者の皆さんのお陰で、最高裁で奇跡とも言われる程の逆転無罪を勝ちとる事が出来ましたが、濡れ衣を晴らせたとは言え、もともと、私のケースは、始めから警察官のでっち上げで犯人にされ、その後は、あってはならない、信じられない不正義な司法の、「有罪へのエスカレーター」に強引に乗せられたものです。
えん罪は、私だけの事ではなく、多くの善良な市民が被害にあっている事が判り、このブログも、私のあとに被害者が出ない事を願い、えん罪を出さないで欲しいと言う切なる思いから、ご迷惑ながら、しつこく発信させてもらっています。
ひと度、えん罪被害者にされると、人権を全く無くし、それ迄の人生も、その後の人生も失って仕舞い、それは、本人だけでなく、家族や多くの方々にも被害が及ぶ、恐ろしいものです。
「警察、検察、裁判官による犯罪です!!許されません」
これは、広島地裁で、証拠もないのに、「懲役1年、執行猶予3年」の、信じられない有罪判決を受けたあと、記者会見で、私が怒りに震えながら訴えた言葉でした。
「えん罪は人災です。」改めて、冤罪を出さないで欲しいと訴えます。
老婆心ながら、宮沢賢治が、大正時代に「どんぐりと山猫」という短編作品で、間違っている司法のありさまをわかりやすく書いています。今も昔も、全く、その通り・・・。宮沢賢治は凄いと、感服する次第です。短編ですが、改めて、この作品を読んで頂ければ面白いと思います。大正時代に宮沢賢治が指摘した通りなのです…。いや、今の司法は、もっと、おかしくなっているのでは…?と思います。
改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑭「思い出しても悲しい飲まされ方…」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)
毎日、午後3時頃に聞こえてくる奇妙な「ガサガサ、パリパリ…」の音は、留置場に入っている容疑者が飲まなければならない薬を、刑務官が小さな容器に詰め替える作業の音だった訳ですが、この薬は、警察官が、病院に行って、もらって来てくれたものです。
留置場に入れられた時、「飲まなければいけない薬があるか」と聞かれ、私は血圧の薬を飲んでいましたから、「○○病院で血圧の薬を処方されています」と言いますと、警察官が、病院へ行って訳を話し、薬をもらって来てくれると言うのです。しかし、それには、大変な抵抗を感じました。それは、私は、お金を盗っていないのに、不当逮捕されている訳で、自己防衛本能と言いましょうか、警察に逮捕されている事が、病院の先生や看護師さんに伝わる事が、恐ろしくて、嫌だという気持ちで一杯だったからです。
(あとで判った事ですが、実は、薬代は、私が払わなくてよかったのです。)
さて、その薬を飲まされる姿は、屈辱的で、恥ずかしい心理状態だったと、悲しく思い出されます。
私は鉄格子の中に囚われの身ですから、刑務官が薬の入った容器と、白湯(さゆ)の入ったコップを持って来て、房の鉄格子の下の方にある、弁当等を出し入れする小さな扉を開けて、まず、白湯の入ったコップを差し入れてくれます。そして「口を大きく開けろ!」と命じます。私が口を開けると「もっと大きく開けろ、薬が飲めんど!!」。命じられるまま、口を精一杯大きく開けると、口の中を覗き、チェックをした後、「舌を出せ!!」と言って、私が舌を出して「アッカンベー」をする様な格好の口の中の舌の上へ、薬の容器から取り出した薬を投げ込みます。そして、「水を飲め」、と命じられて、薬を白湯で飲み込む訳ですが、薬を飲んだ後、刑務官は再び「口を開けろ!」、そして「舌を出せ!!」と言って、口の中をチェックして、薬を飲んだ事を確認します。これら一連の私の格好は、想像したくもない屈辱的な悲しい心理状態でした。その屈辱的な思いを跳ね返す為に、刑務官がいつもの様に「舌を出せ!!」と命令すると、私は心の中で「
さて、次回は、辛く歯痒い留置場で唯一の愉しみ、朝・昼・晩のおいしかった三度の食事…。ある日のメニューを、当時のメモより紹介します。
そう言えば、窃盗犯の濡れ衣を着せれられたのが、2012年10月11日。事件があったとされる日より10年になります。しかし、10月は、何年経っても、私だけでなく、家族にとっても、今でも、とても辛い10月…です。
昨日今日さらに明日へ鰯雲 ひろし
呉々もお体ご自愛ください。 煙石博
2022.8.1(旧暦7月4日)涼風を乞う。独房日記⑬「毎日、午後3時…の奇妙な〇〇」
※8月4日は、旧暦の7月7日で、明治まで受け継がれてきた、本当の七夕、星祭りです。
2022.8.1(旧暦7月4日)涼風を乞う。独房日記⑬「毎日、午後3時…の奇妙な〇〇」
※8月4日は、旧暦の7月7日で、明治まで受け継がれてきた、本当の七夕、星祭りです。
コロナによる社会不安が続く中、ウクライナへの軍事侵攻に対しての怒りも加わり続け、相変わらず、いらだつ日々の中で、安倍元首相銃撃・殺害を巡る、あれやこれや…何が何だか。世界も、日本も、暗闇と隣り合わせの様な、不安で、不透明な気が漂い…あれも、これも、滅入って仕舞いそうです。(7月28日現在)
一方で、世界各地で、暑さによる山火事が相次ぐかと思うと、近年、増々多くなって来た豪雨、水害…。日本の麗しき季節の移ろいも、すっかり狂って仕舞っている様な…本来、恵の雨も、ひとたび降り始めると、容赦ない狼藉者…そして、晴れれば命の危険を伴うと言う表現の超猛暑。
これらは、それこそ、傍若無人を越える人間の仕業に、天の嘆きか、地の怒りか…。
神や仏はいずこにおわすや…。
涼風や仏の耳の大きこと ひろし
改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑬「毎日、午後3時…の奇妙な〇〇」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)
留置場で、食事が差し入れられるのは、朝食が7時。昼食が12時。夜食が5時…これは、少し早いのですが、どうも、刑務官の勤務時間の関係で、時間が早いのだろうと思います。しかし、5時に差し入れられて、お腹がすかないのに、無理にすぐ食べてしまうと、消灯の9時まで房内で何もする事が無い為、余計な事ばかり考え続けるので、そのまま食べずに居ると…「はよ~食え(早く、食べろ)。」「もう少しあとで食べたいのです。」と言うと、「弁当の食器を片付けにゃ~ならんけぇ~、早う食え!!」と、指示されます。
5時の夜食を食べたあとの、房の夜は長い…。その後は、回覧の様に回って来る遅い(読む心の余裕はない)朝刊と、NHKラジオの、朝一番のセレクトされた様なラジオニュースが場内に流されます。(日によっては、演歌かニューミュージックも流されました。)
そして、夜9時になると、眼鏡とメモ用紙、筆記用具も、係官に回収されて、(メガネも、とり上げられますので、とても不安で、不自由でした。)消灯、就寝時間になる訳ですが、それまでに、布団置き場に誘導され、自分の敷布団を房内に運び入れて、日中与えられている毛布一枚に、夜だけ敷布団が与えられますが、枕は、昼も夜も与えられません。(自殺防止の為ではないかと思われます。)
ところで、取り調べがない時、気付いたのですが、午後3時前後になると、房の前の刑務官の机が並んでいる辺りから、しばらく、紙の袋?から、何かを取り出す様な「ガサガサ、パリパリ」という音が聞こえて来ます。刑務官の机の前には、書類が並べられていて、こちら側から、顔の目のあたりは見えますが、鼻の下あたりから体は全く様子を見る事が出来ません。ただ「ガサガサ、パリパリ…」という奇妙な音だけが聞こえて来て、とても気になっておりました。
「何か、菓子袋をあけて、間食でもしているのか…?まさか、3時のおやつ?では、あるまいに…」と思っていましたが、しつこくチェックをして…判りました!
それは、留置場に入っている容疑者が飲まなければならない薬を、それぞれ、小さな容器に詰めかえる作業だったのです。「ガサガサ、パリパリ」に納得出来ました。つまり、薬は一度に渡されず、わざわざ、1回分ずつに分けて、用意していたのです。
その薬の、「思い出しても悲しい飲まされ方…」については次号にて!!
物言わぬ声八月の被服支廠 ひろし
八月や殊に命を
お体呉々もご自愛ください。 煙石 博
2022.7.1(旧暦6月3日)「憂いを払う玉箒 」。独房日記⑫「もうひとつの彫物」
2022.7.1(旧暦6月3日)「憂いを払う
あれやこれやと暗い話が次から次へと起きて、まるで、嵐の中で、小舟に乗っている様な、大変な世の中に生きている…そんなご時世に、私のブログに目を落として頂くのも申し訳けない様な気がします。
それにしても、長いコロナの社会不安のストレスに加えて、ロシアによる、無体なウクライナへの軍事侵攻に、怒りを越えた行き場の無い憤りにいらだつ日々…。さらに、ここに来て、何も彼も、値上げ値上げと、私共の生活を直撃する「値上げラッシュ!」。
しかも、その値上げの先き行きも不透明な事が、心に重くのしかかっていますが、これに加えて、円安が及ぼす、あれやこれや、これもどうなるものか…(6月28日現在)
フーテンの寅は昭和やバナナ買ひ ひろし
とにかく、日本のみならず、世界の行く末まで案じられる今日この頃で、「山よりでっかい猪(しし)は出ん‼」と、意識を鼓舞してみましても、気分は晴れそうにありません。
ま、あれこれ考えても、すぐに、どうにかなるものでは無いものが多く、『たまごの殻(から)で、海を渡る』つまり、一寸法師よろしく、タマゴの殻を舟にして、海を渡る事は出来ない。
もっと、わかりやすいのは、『こんにゃくで石垣を築く』これも、出来そうも無い。いや、出来ない事と悟って、平常心を取り戻し、ここは、親鸞上人の『明日(あす)ありと、思う心の仇桜(あだざくら)、夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは』(今日は美しく咲きほこっている桜も、夜に嵐が吹けば、一夜にして、はかなく散ってしまう。今日は元気でも、明日はどうなるかわからないのが、私共の命…。)と言う短歌を思い起こし、とにかく、一日一日を有り難く精一杯生きる事に…。
「明日は明日、今日は今日。明日は、明日の神が守ってくれる」事と信じて、今宵も「酒は、憂いを払う玉箒(たまばはき)」…ささやかな?晩酌に酔わせて頂くひとときに、感謝。
枝豆やひとまず畳む世事俗塵 ひろし
一日も早く、穏やかな日々が戻って来る事を願うばかりです。
改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑫「もうひとつの彫物」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)
何が何だか、私は何も悪い事はしていないのに、身に覚えの無い(結局、金を盗った証拠も無いのに)「置き引き」、つまり、客が忘れたとする金(66600円)を盗ったと、窃盗犯の濡れ衣をきせられ、2012年10月11日の午前11時30分に、自宅で逮捕されて、家の近くの広島県警南警察署(広島市南区丹那町)の、留置場の鉄格子の中へ押し込まれました。
この日より28日間、私は名前を呼ばれる事は無く、「13号」と呼ばれて、冤罪被害者の苦闘を強いられる事になりました。
私は、囚われの身で、細かくチェックする事は出来ませんでしたが、留置場の「房」は、6つか7つあった様で、入口より、1号、2号とあり、3号はあったのかどうかわかりませんが、4号がなくて、いきなり、私が入れられた「13号」があり、その次の房は5号、6号…7号があったかどうか…あった様な…。
とにかく、以前のブログにも書きましたが、自白を強要する為にと思われる様な、薄気味悪い4畳余りの部屋で、お金を盗ってもいないのに、私には納得出来ない自白や示談を強要され、28日間を、苦しみながら闘い、耐え忍びました。
実は、私のえん罪被害より少し前にえん罪被害者となり、私と同じ様に奇跡ともいわれる雪冤(せつえん)、えん罪を晴らし、無罪を勝ちとられた、元厚生労働省次官の村木厚子さんも、大阪拘置所で「13番」(こちらは“号”ではなく“番”でしたが…)と言う番号が与えられたそうです。私と同じ「13」…「13」に込められた意味…何かある様にも思えてなりません。
さて、今回は、私の独房メモに残していた「彫物(ほりもの)」の事を思い出します。
一つは、以前のブログに書きましたが、倶利伽羅紋紋の様な立派な入れ墨を入れた方(これは、風呂に入っている様子が、こちらの房から見えるので、見るとはなく見て、確認出来たものです)もあって、その方だったかもしれませんが、しばらく留置場に居たあと、独房を出て行く日に、各房の中の者へ、それぞれ、「お世話になりました。」と、まるで、亡くなった、あの高倉健さんの様な感じで、静かに挨拶をされ、留置場を出て行かれたのも忘れる事が出来ません。
そして、私は、もう一つの「彫物」を発見していました。それは、私が横になって寝ている時に発見した、独房「13号」の壁に残された「彫物」で、通路側に近い壁の下の方に「〇〇組〇〇」と、コンクリートの壁に、何を使って彫り込んだものか…そんなものは、鉄格子の中には持ち込めるとは思えませんが、誰も気付く事はほとんど無く残されていたものでしょう。房に入る時、毎回、身体検査もされるのに、さらに、刑務官の監視の目もあるのに…何故、その目を搔い潜(くぐ)ってまで、そんな「彫物」を残したか…ご本人の深い思いがあっての事と…思いを馳(は)せる「彫物」でした。
さまざまな事も思い出しながら、この稿を書き終えて…疲れ…ました。
尚、この南警察署は、現在、南区出汐町の、県立広島工業高校、県立広島皆実高校の近く、元陸軍被服支廠の北側に、新庁舎の新築工事が順調に進められており、来年の7月31日工事完了の予定だそうです。
独房日記「毎日、午後3時…の奇妙な○○」と言う話は…次号にて!。
ところで、我が家で育てている野菊の一部が、今年も、時季を間違えて、6月初めから咲き、特に今年は、毎年秋にしか咲かない普通の菊の一部も、5月に蕾がついて、はやばや6月25日に咲きました。これらも、以前から気がついている、大変気がかりな異常気象の影響のひとつだと思っています。
噴水の翼の欲しげなりし空 ひろし
お体呉々もご自愛下さい。 煙石博