煙石博さんはある日突然に謂われなき罪に問われ、苦しんでいます
この苦しみは彼一人だけではなく、家族の皆さんも地獄の苦しみを
味わっています
このブログでは、その時々の彼の思いを綴っています
煙石博のブログ
ブログ一覧
2021.12.28 「風も欷 け野菊気高き日を逝かれ ひろし」死なない病気になりたき日…。
2021.12.28 「風も
私の家の前の小さなスペースに植えている野菊が、今年も、よく咲いてくれましたが、師走になっても、まだまだ盛んに咲き続けてくれています。
そんな野菊が盛りの頃、12月6日、私の家内の母が96歳で亡くなりました。
国難の、戦中・戦後を生きられ、戦後、若き日には、女教師として教鞭を
晩年も、介護付有料老人ホームで、元気に余生を送られ、90歳を過ぎても、気力充分の日々でしたが、
96歳と言うご長寿ではありましたが、何歳の別れであっても「愛別離苦」は、いつの世においても、変わらぬ人の世の無常…辛い悲しみの中で、私共だけの家族葬で送らせて頂きました。義母への追悼の句。
風も
※この書面をかり、義母より10年余り前に亡くなった義母の夫、私の義父への追悼の句「萩の露逝かれし人の徳重く ひろし」を、このブログに併せて
義母は、生前から、残される私共が困らない様に、自ら、几帳面に終活をされていかれましたが、それでも、人が1人亡くなったあとも、残された者がしなければならない事が沢山ある事を、改めて体験しながら…私共夫婦して、「これは、死ぬ訳にはゆかぬ。死にたくない、死んでは大変…死んではいけない」?等と、複雑で、共通な思いを…話したりもしています。
そんな訳で2022年のお正月は、喪に服し、年賀状、新年のブログも休ませて頂く事としました。
厳しき季節の中ではありますが、草木は、すでに来たるべき新しき年に咲かんとする花芽を秘かに宿し、命の花芽を膨らませています。
コロナ禍の世の明け暮れや
皆様におかれましては、よき新年をお迎えになります様にと思います。
煙石 博
2021.12.1 死なない病気…。四畳半独房日記・備忘録⑦ 留置場の弁当は…
2021.12.1 死なない病気…。四畳半独房日記・備忘録⑦ 留置場の弁当は…
【速報】 私の冤罪体験が、月刊「紙の爆弾」の2022年1月号(2021年12月7日鹿砦社より発売)の取材を受けました。
※冤罪は、他人事ではありません。誰の身にも…。冤罪を出さない、市民の監視と良識のある社会を――。
今年は本当に異常気象の1年で、春には広島の桜(広島市基町の縮景園内の標準木)が、日本で一番早く3月10日に開花して驚かされましたが、この時、梅も、桃も、ほぼ時期を同じく咲いていた様な記憶があります。草木も、花の時期を間違えて、早まったり、遅れたり、生物時計(体内時計)を狂わされたものが多くあった様に思いますが、近い所でも、10月終わり頃、広島市の中心部、中区基町のハンコ屋さんの見馴れた花壇に、梅雨時に咲き香る梔子(くちなし)が、2輪ほど花を咲かせ、香りを放っていました。
さらに、その少し前には、金木犀(例年なら9月中旬から10月初め頃に咲く)が、今年は、遅くて、10月下旬に咲き、しかも、例年より花を沢山つけ、よく香ったと、これは、多くの人からも耳にした所です。
そんな、金木犀の花の香がまだ残っていた11月11日(木)、作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんが、9日に、亡くなられた事を知らされました。ご長命でしたが、大変残念で、淋しい思いです。
私は、昔、RCC中国放送本社の近くですが、紙屋町そごうの並びにあった、NTTクレド6階の、ラジオのサテライトスタジオで、「なんでもジョッキー」と言う番組を担当していました。そこで、毎日、歌手やタレントさんをお迎えしてお話を伺っておりましたが、今から20年余り前、1998年10月27日(火)、寂聴先生を(75歳?くらいの時)ゲストにお迎えした、忘れる事が出来ない、あの日、あのひと時が、思い起こされます。
10月は秋晴れの日が多いのに、その日は朝から雨で、午後の放送時間には上がるだろうと思っていましたら、午後になっても雨が上がるどころか、季節を間違えた様な大雨になって仕舞いました。
ガラス張りのサテライトスタジオから、昼でも暗い外の様子が見えて、テラスには、風に吹かれた雨が降り込んでいました。寂聴先生をお迎えして…。
煙石「寂聴先生、こんな雨の日に、足もとが悪い中、お越し頂いて、本当に申し訳ありません。ありがとうございます。」と申しますと、それを、すぐさま打ち返す様に「いえいえ、ご心配されなくていいですよ。私は飛行機で来ましたから、足もとは、ご心配には及びませんよ。ありがとうございます。」と、明るくお答えになりました。
話題の中心は、「源氏物語」の新たな現代語訳出版のキャンペーンでのご来広でしたので、その話が主でしたが、70代半ばには思えない、信じられないお元気さで、氣があふれていて、私共が元気を頂きました。著書の話を伺ったあと、
煙石「寂聴先生は、本当にお元気でいらっしゃいますね。」と言うと、
寂聴さん「ええ、ええ、私は、お医者さんから、いつも、元気が病気ですねと、言われているんです。」
煙石「元気が病気…ですか?はっ・はっ・はっ。これ、私のジョークで使わせて頂いていいですか。」 …そして、最後に
煙石「先生、これからも、お元気で、ご長命でいらっしゃって頂きたいと思います。」と言うと、
寂聴さん「煙石さん。大丈夫です。私は、死なない病気ですから。」
煙石「ええっ!死なない病気‼…私も死なない病気に…なりたいです。」
とにかく、愉しく、お茶目で、元気で一生懸命なお話しぶりに、すっかり魅了され、寂聴ワールドに引き込まれていました。寂聴先生は、周囲の我々にも、元気を分けて下さり、生きるエネルギーを頂いた様な気がしました。
サテライトスタジオの外は暗く、雨が降り続いていましたが、寂聴先生が、まるで太陽の様で…ありがたい慈悲に包まれた、ひとときであった事を、今も忘れる事が出来ません。
あれから、20年余り…死なない病気の寂聴先生…これからも、私共の心の中に生き続けて下さると思います。死なない病気に…なりたい。 合掌、感謝。
寂庵の
改めて・四畳半独房日記・補足・備忘録⑦ 留置場の弁当…
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいという思いから書き綴っています。)
留置場での28日間、ひとつだけ、ほっとしたのは、朝・昼・夕の弁当でした。注文して、会社へ配達してもらう、あの「幕の内弁当」(20cm?位の正方形のもの)が、大変おいしかったのです。唯一、自分が取り戻せた時間だったから、そう感じたのかも知れませんが…。
鉄格子の左下の隅に、猫の出入口の様な小さな差し入れ扉があって、刑務官が、それを開けて、弁当を差し入れてくれるのです。最初の頃、刑務官が「ありがとう思え、この弁当は、ワシらが注文して署で食べる弁当と、ほとんど同じもんじゃ。お前が食べるぶんは、ワシらと、おかずが、ひと品か、ふた品少ないだけじゃ。ありがとう思うて食え」
弁当は、朝は7時、昼は12時、そして、夕食は5時に差し入れられますが、5時に食べてしまうと、房の消灯が午後9時…。余り早いので、あとで食べようとすると、外から声をかけられ、「はよぅ(早く)食え、片付けにゃならんけぇ、すぐに食え」と命じました。これは、刑務官の勤務の退署時間の都合でしょう。
弁当は、白御飯の真ん中に、小さな梅干がある「日の丸弁当」で、周りの数か所に、おかずの仕切りがあるものでしたが、メニューは、1週間以上、毎食違い、弁当屋さんの企業努力に感じ入った事です。
ハンバーグや、小さいが、ヒレ肉も…。魚は骨抜きしてあるか、骨のない魚。おかずも多彩でしたが、時に、子を持っていないオスのシシャモが入っていて、それから、しばらくして、再びシシャモが入っていると、10日間?と言う、メニューのローテーションの様なものがあるのかなと思ったりした事を思い出します。
とにかく、日頃、1日きっちり3食べていなかったのに、留置場では、三度の弁当がおいしく、28日間、3度の食事を残さず食べました。ところが、留置場を出る時、体重を計らされ、太ったかなと思いましたら、何と、3キロも減って、痩せていました。運動不足なのに…、やはり、心労のせいだったのでしょう。 朝・昼・夕の弁当は…「うも~がんした(おいしゅうございました)」。
そして、「お風呂は、かけ流し」という話は…次号へ続く…。
カレンダー一枚あとの無き師走 ひろし
来年が佳き年であります様に。お身体ご大切になさってください。 煙石 博
2021.11.1 「びったれおどし」。四畳半独房日記・備忘録⑥トイレットペーパーの コヨリ
2021.11.1 「びったれおどし」。四畳半独房日記・備忘録⑥トイレットペーパーの コヨリ
コロナ・コロナに振り回されて、気が付けば、はや11月。大変だった一年が我々の社会生活には御構い無く、非情な歯車を回し続けて行く様な気がしています。
そんな思いの中で、色々な事があったこれまでの1年を冷静に振り返ろうとすると…
それらの事が、混沌と混乱の中に整理がつかない儘、すでに、すっかり色褪せてしまっている様にも見えます。悔しい事に、コロナ戦争は今年も収束せず、感染者数の減少で少しホッとしたものの、相変らず目に見えぬ敵との闘いが続いて、私共は、いやが応でも、ストレスを溜(た)め続ける日々を生きているのでは無いかと思っていますが、皆様の、お元気で健やかな日々を心より願っています。
待ち人の
これに加えて、相変わらず四季の移ろいが尋常ではない事も気に掛かっています。
思い返すと、今年の1月2月、例年の様な寒中の寒さも無く、暖冬のまま一気に春へ…。そして、季節は先を急ぎ過ぎる様に移ろい、それが、桜を始め、植物の開花にも影響を与えていたのではと言う事を、これまでのブログでも書いて来ましたが(季節を間違えて、我が家の野菊の一部が、5月に咲きましたが、他のほとんどの野菊は、11月の今、やっと咲き始めています。)
春過ぎてのち、早い梅雨入りと早い梅雨明け、そして、いきなり襲って来た猛烈な激暑の夏は、「危険な暑さ」と表現されて、これまでに経験した事のない猛暑。それが一転して、8月の月遅れのお盆から、盆らしくない長雨が続き、梅雨の様な天気になって、九州や中国地方に豪雨被害まで出しました。
私は、これまでのブログで、今年は季節が早く移ろっていると指摘して来ましたが、この8月のお盆から1週間以上続いた長雨は、例年9月半ば過ぎから10月初め頃よくある、秋の長雨(秋霖・しゅうりん)の様に思えました。
その長雨のあと、9月過ぎに再び夏が戻った様な暑さとなり、(10月7日、関東地方で、震度5強の地震。西ノ島近辺では相次ぐ火山活動と、穏やかならぬ事も続いて、太平洋戦争の激戦地、硫黄島は、島全体が隆起しているとか…)10月になっても、何日も真夏日の日が記録される季節外れの異常な暑さが続いている所へ、10月半ば過ぎ、例年は、過ごしやすい季節ですのに、突然寒くなり、各地でいきなり冬の便りを聞く様になりました。
こうした、ただならぬ出来事と気象の中で突如やってきた寒さは、広島では、10月16日の夕方。強い風を伴って急激に寒くなり、一気に11月中旬~下旬の寒さに震え上がりました。これも、半月以上早いのですが、例年11月初めの初冬に吹く「木枯らし」ではと思いました。こう言う急な寒さの到来を、広島弁で「びったれおどし」と言います。
広島弁で、無精者、だらしない者を「びったれ」と言い、無精者、だらしない者が、慌てて冬支度をする様な寒波の襲来と言う訳です。
この寒さに続いて、10月26日からは、暖かい日に恵まれ、これも、季節が早くなっていると思えば、11月初旬によくある、朝晩は冷えても日中は暖かくて長閑(のどか)な小春日和(こはるびより)がやって来たのだと感じています。
とに角、四季は移ろっているのですが、四季の移ろいが、ぎくしゃくして、乱暴過ぎ、戸惑うばかりの儘、気が付けば、もう11月。しかも、随分早くから冬の訪れを告げる寒さで、我が家では、毎年、旧暦の「亥の子(いのこ)、炉開き」の日を、暖房器具を使い始める目安にしていますが、今年のその日は、11月11日(木)。…私は、少し早めに、あんか炬燵を使い始めました。
しかし、行楽・グルメ・紅葉の季節…師走までの、しばらく、心を癒したいものです。
我思ふ故に酒ある夜長かな ひろし
改めて・四畳半独房日記・補足・備忘録⑥トイレットペーパーのコヨリ
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残して置きたいと言う思いから書き綴っています。)
【 房内で不自由したものあれこれ・・・。】
◎留置場の房内には、一切の私物は持ち込む事が出来ず、勿論、携帯電話は取り上げられ、とても苦しい孤立無援の、孤独な心理状態に追い込まれました。
自分のスケジュール手帳も、何度かお願いして、鉄格子の外の別室で、刑務官立ち合いのもと、見る事になり、不自由でした。
◎面会は、1日に15分のみで(弁護士との接見は別)、家族と話をするのに、刑務官立ち合いで、話の内容をチェックされ、事件絡みの内容だったか…? 時に、警告を受け、それ以上話せない事もありました。
※私の事を心配してくれて面会したいという知人の要望も、時間が短いので、全てお断りせざるを得ず、申し訳なく思いました。この15分の家族との面会は、唯一の心の支えとなっていましたが、土曜日、日曜日は、終日、面会の時間は与えられず、週末毎に、本当に心細く、辛い思いで、月曜日を待ちました。
※私と面会者の間には、アクリル板の間仕切りがあって(テレビドラマのシーンで見られた事もあると思います…)、透明な間仕切り(パーティション)越しの会話になりますが、厚みのある間仕切りの真ん中辺りに、無数の小さな穴があけてはあっても、声が聞き取りにくく、イライラしました。
◎家族からメモ用紙を差し入れてもらい、出来るだけ記録をとる様にしましたが、朝7時から夜9時までしか、筆記用具を与えられず、夜9時になると、筆記用具のボールペン(凶器に使わない様に、特殊な形をした特製の物を貸与されていた。)と、メモ用紙、それに、メガネも取り上げられて、翌日の7時に戻してくれるまで、メモをとる事ができません。
夜、あれこれ悩んで思いついた事をメモする事が出来ず、歯痒(はがゆ)い思いをしました。ただ、心細く、辛い心境の中で浮かんだ俳句があり、これだけは何とかと、トイレットペーパーをコヨリにして、鉄格子の隅に、密かにカタカナで文字を作り、あとでメモ用紙に書き取りました。
13号と呼ばれ時雨るる鉄格子 ひろし
ただ、悔しかったのは、朝7時に、メガネは戻してくれるのですが、特製のボールペンとメモ用紙は、「食事(弁当)の支度がある」とか、「ちょっと忙しい」と言って、なかなか戻してくれません。独房から、取り調べ室や検察へ行く為に房を出る時も、筆記用具は取り上げられ、留置場に再び戻った時、「筆記用具とメモ用紙を戻して下さい」と頼んでも、「忙しいので、あとで…」等と言って、なかなか戻してくれません。…取り調べの内容等を、少しでも残されたくないという意思が働いているとしか思えませんでした。
あれから9年もたつのに、留置場に入っていた9月・10月の、冷たい、忌まわしい記憶は、今でも不快に思い出されます。
ただ、留置場の「弁当」が、「うも~がんした(うまかった)」話は、・・・次号へ続く・・・。
寒くなりましたので、呉々もお身体ご自愛下さい。 煙石 博
2021.10.1 あれから9年…。改めて四畳半独房日記・備忘録 ⑤ 爪楊枝
2021.10.1 あれから9年…。改めて四畳半独房日記・備忘録 ⑤ 爪楊枝
あれから9年になりますが、9月、10月は、私にとって、又、家族にとっても…私が何も悪い事はしてないのに、何が何だか、信じられない理不尽なえん罪に引きずり込まれた、あの日、あの時の、大きな傷跡が残っている月です。晴天の霹靂の如く振り掛かって来たぬれ衣…。
あの日(2012.10.11)から、無実を晴らす為に闘った4年5ヵ月の地獄の日々を忘れる事が出来ない事と、煙石に振りかかっているえん罪の不条理を目の当たりにして、「見て見ぬふりはできない!他人事(ひとごと)ではない。明日は我が身、絶対に許せない!」と立ち上がって闘い、ご支援下さった多くの皆様の、勇気とエネルギーに、改めて生きて行く光と力を頂いた事も忘れる事は出来ません。 本当に有り難う御座居ました。――感謝――
限りある
ところで、俳句を趣味として来た私が、どうも気になっている事の1つに、季節の移ろいが、今年の春先から、何かにせかされているかの如く、身の周りの花々が、「咲き急ぎ、散り急いで」来ている事と、季節の折り目、節目も、先へ先へと急ぎ、早くなっている事に気を掛けています。
これを、これまでのブログで振り返ってみると、4月1日の「ふるいけや…」のブログから9月1日のブログより抜き出してみます。
①暖冬ののち、例年より早く2月半ば頃の早春から、早くより暖かくなって、急ぎ足で、一気に春本番へ向かった。
②水仙、梅、椿、桃、馬酔木(あせび)…等、ほとんどの花々が、例年の様な開花の順では無く、あわてて咲き、皆、あわただしく花を散らして仕舞った。
③桜の開花が随分早く、広島は全国一早くて、3月11日だった。
④今年の梅雨入りは、異常に早く、広島の場合、広島に夏を告げる、浴衣の着初め祭「とうかさん」(毎年、6月初めの行事)の声も聞かない3週間も早い5月1日だった。
※穏やかならぬ気候が続き、麗しく美しい日本の気候を忘れて仕舞いそうです…とあり。
⑤例年、10月過ぎに咲いている、私が育てている野菊(野紺菊・のこんぎく)の数株が、5月初めに蕾を付け、5月半ば頃から咲き始めて、夏の昼顔と一緒に咲いた(6月終わりまで咲く…)
⑥同じく、私が育てている大待宵草(月見草)が、例年より異常に早く、6月16日から咲き始め、9月初めには、これも例年より早く花期を終えようとしていた。
⑦梅雨入りが早くて、7月初め。そして、ご記憶でしょうか、早い梅雨明けとなり、いきなりやってきた夏本番の超激暑。そのまま焼き尽くされて仕舞うのではないかと思われる様な…、天気予報でも「危険な暑さ」と表現される程の、過激な暑さの日々が続いた。その後、お盆前の8月10日頃、広島・呉を通過した、小さな台風9号が、置き土産の様に残した感じの梅雨前線や秋雨前線の様な前線が、(この時期には、これまでにも無かったと思いますが…)1週間以上にわたって日本列島に横たわり、西日本を中心に記録的な大雨をもたらし、各地に大きな被害が出た。
本当に大変な夏でしたが、お盆は連日雨の異常な日々…。この雨を境に、激暑、猛暑も、急激にエネルギーを使い果たしたかの如く、誰かが、突然、激暑のスイッチを切って、舞台を秋に切り替えたかの様な…急発進に戸惑わされた、そんな秋の始まりを感じました。
よく観察していると、今年は、季節の移ろいが、先へ先へと急いでいて、半月以上は、早くなっている様な気がしています。
そして、9月7日には、例年より25日も早い富士山の初冠雪が報じられました。
TVニュースで、しっかり雪を戴いた、美しい富士山を見ましたが、約半月後、気温が急に高くなり、雪が消えて仕舞ったとか…。消えたとは言え、異常に早い富士山の冠雪には違い無い様です。
これから先、麗しく深まり行く秋であります様に…。日本の四季が、早く、ノーマルな優しい移ろいを取り戻して欲しいと願うばかりです。
秋の空生きてしみじみ昼の酒 ひろし
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残して置きたいと言う思いから書き綴っています。)
やむなく飲む事となって、結局、食後、食後に飲んだ白湯が、飲んでみると、結構おいしいものであると知った事を、前号で書きましたが、ブログをお読み頂いた方からも、白湯は体に良いと言う事をご返事で頂きました。 ありがとうご座居いました。
よろしければ「白湯(さゆ)満タン!」試しに飲んでみられても良ろしいかと思います。 私も、最近、白湯を作っておいて、時々、飲んでおりますが…私の場合、
食後の白湯で思い出したのですが、朝の洗顔と歯磨きは順番に1人ずつ出来ますが、私は、歳のせいで、食後に、どうしても歯の間の汚れを取り除く為に、歯間ブラシと爪楊枝を使っていましたが、これらは絶対に房内には持ち込む事が出来ない様で…凶器となるからだろうと思います。 それで思い付いたのが、取り調べ室で接見する嫌な刑事に、取り調べ前、「何か飲むか?」「お茶か、コーヒーか?」と聞かれた時、事情を説明して、「楊枝を使わせて欲しい」と頼みましたら、楊枝を持って来て手渡され、刑事の看視の前で、楊枝を使う事が出来ました。外にも、房内で使う事ができず、不自由したものが、いくつかありましたが…。 ――次号へ続く――
※これまで、広島市南区丹那町にあった広島県警南警察署の新築工事が、10月から、広島市南区出汐町の旧陸軍被服支廠跡の北の一区画で始まる予定です。私が不当逮捕され、28日間留置されていた忌(いま)わしき思い出が残った留置場も、新しいものになる…と言う訳です。
秋の空うそ偽りの無き高さ ひろし(2012年10月、留置場にて)
※朝20分だけ、外の狭いベランダで外気を吸わせてもらえます。
昨日今日さらに明日へ鰯雲 ひろし
お身体ご自愛下さい。 煙石 博
2021.9.1 夏の果 、改めて四畳半独房日記・備忘録④「お茶にしますか?白湯 にしますか?」
2021.9.1 夏の
今年の梅雨明けは例年より早く、7月初めに思い切りよく?と言いますか、スッキリ明けたのは良かったのですが、いきなり30℃を越える激暑の日々が始まり、肌を射られるような陽射しに加えて、大変不快で異常な蒸し暑さに、心身共にへばってしまいましたが、天気予報で連発される「危険な暑さ」という表現を恨めしく思いました。
さらに、記録的な暑さと、
それにしても、すごい雨量で、数年前の西日本豪雨の時の雨量をはるかに超えての、激しく、長い大雨…。まるで、天地自然が何かに怒っているかの様な気象現象…人間の
我が家も、家の前の路地裏の通路の一部が川の様になって、予め用意していた小さな土嚢を置いて床下浸水をしのぎ、まんじりともせず、一夜を明かした事もありました。
それらに加えて、コロナウイルスは、尚も私共の身に危険を及ぼし続け、それぞれ、我が身を守る事で精一杯の様な日々が続いている大変な時に、私ごときの「えん罪ブログ」を皆様に読んで頂きたい等とは…申し訳無いと言う思いがしております。
考えてみますと、近年の、この異常気象等は、随分前より言われてきた事で、最近は、それが、より顕著になって、さまざまな被害が拡大して来たものだろうと思います。
以前のブログで触れた、数か月前から季節を間違えて咲いた野菊の事や、毎年咲かせていた月見草が例年よりかなり早く咲き始め、いつも9月末頃まで咲き続けているのに、今年は8月半ば過ぎには、ほぼ咲き終わろうとしています。季節が早く進みすぎ…。
又、我が家のすぐ近くのお宅の、庭の古い松の木の中の2本と、生け垣の一部が、7月の「危険な暑さ」と、水不足だったせいでしょうか、枝葉が枯れて仕舞っています。そして、朝のウォーキング中にも、暑さにやられて、枯れ尽くした様な草々をよく見かけます。
草々も萎へし我が身も夏の
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残して置きたいと言う思いから書き綴っています。)
ところで、前号で触れましたが、留置場では(検察も、そうだったのですが)、食事のあと、刑務官が、「お茶にしますか?白湯にしますか?」と、1人1人注文を聞いて回って、差し入れてくれるのですが…聞いていると、たいがい「白湯」を注文している様でした。
私は、日本茶が好きで、最初は、お茶を何回か頼んで飲みました。しかし、房の中は薄暗くて、お茶の色も確認できませんが、とにかく、薄い番茶?で、
それと、たまたまでしょうが、朝10時からの刑事の取り調べ(お金を盗っていないのに盗った事にしろと言う、ひたすら自白させる為のもの)の初めに、刑事が「お茶かコーヒー…飲むか?」と聞くので、嫌な刑事に、悔しくも躊躇しながら、「すみませんがお茶を飲みたいです。」と言うと、自販機で買ってくるのでしょうか?おいしいお茶(玉露?)を差し入れて飲ませてくれ、格別おいしく感じたものでした、取り調べの内容は別にして…。
※特上にぎりか、カツ丼?でも頼めば良かった…。 次号へ続く
夏の疲れがこれから出ます。くれぐれもお体ご自愛下さい。 煙石 博