2022.6.1(旧暦5月3日)「大きな悲しみを…。」独房日記⑪「かわいそうなおじいさん。

2022.6.1(旧暦5月3日)「大きな悲しみを…。」独房日記⑪「かわいそうなおじいさん。

 今月も、旧暦と新暦の日にちのズレは、わずか3日と、新・旧の暦の差が、ほぼ1ヵ月ですが、若葉みずみずしい季節から、日増しに緑を濃くして、青々と生気をみなぎらせる青葉の季節へ移ろって行く月でしょう。

 俳句の季語から拾ってみると、青葉山(あおばやま)・青葉茂る(あおばしげる)・青葉照る(あおばてる)・青葉風(あおばかぜ)と、シルバーエイジの私が、わき立つこの緑に向かう時、気後れしそうな…いや、緑の勢いに負けてはいけない‼。むしろ、青葉のそのエネルギー、元気を、とり込む気力を持たなければ…そんな生気あふれる季節でもありましょうが、一方で、梅雨を迎える月でもあります。

 月初めには、例年、梅雨入りを前に、広島に夏を告げる浴衣の着初め「とうかさん」の祭(今年は、6月3日(金)~5日(日))があります。

稲荷(とうか)さんは、その昔、とうか●●●にシャレてか、8日、9日、10日の3日間で、私の言葉遊びですが、人に呼びかけられた時、その人に向かって、「何か用か(8日)、ここのか(9日)とうかさん(10日さん)!?…」と、ジョークを言っていました。

例年、この「とうかさん」の頃、お天気がぐずつき始めて、気象台の梅雨入り宣言も間近か…と言った感じであった様に思います。
ちなみに昨年の広島の梅雨入りは、3週間程も早く、何と5月15日(九州北部と四国、中国地方)で、過去2番目に早い梅雨入り発表でした。(のちに中国地方の梅雨入りは5月12日とされた様です)

     梅雨冷つゆびえや迷ひし街の地下通路   ひろし

 既に、立葵(たちあおい)が、あちこちで咲いていますが、しばらくは、花の群れが、雨の日々を咲き継ぎ咲き上って行きます。

     咲き継ぎて高き明日へ立葵たちあおい   ひろし

 それにしても、世界も日本も、人災、天災、激災禍のただならぬ事ばかりで、滅入って仕舞いそうですが、「大きな悲しみをかみしめて、小さなよろこびを育てよう…。」
穏やかな月であります様に。

       改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑪「かわいそうなおじいさんの話」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)

 私が、納得出来ないまま留置場に入れられて何日目かに入って来た、耳の遠い、おじいさんの事が、当時のメモに残っていました。
 私は、鉄格子の中の人で、6部屋か7部屋ある、房の中の人を見て回る訳にはいきませんので、朝の洗面や、火曜日と金曜日に与えられる風呂時間等の、鉄格子を出された時、横目で房の中を見るとは無く…様子をうかがい知る限りですが、そのおじいさんは、人のよさそうな好好爺と言う感じのおじいさんでした。以下は、その時のメモから思い起こします。

 そのおじいさんは、留置場に入って来たその日の夜、「わしは、殺されるぅ~。助けてくれぇ~。痛い!痛い!」(無理矢理、警察官に連行される時、抵抗して暴れたものか?)
 とにかく、「わしは殺されるぅ~。助けてくれぇ~。」を繰り返し、叫び続ける…。
何があって、ここへ入れられたのか分からない。かく言う私も、この留置場に入れられた時、不安に負けて、怖くて、恐ろしくて…気持ちは分からないでも無い。

 「女房に迷惑をかけるぅ~。もう外を歩けん。わしたぁ~(私とは)、離婚してくれた方がええ。わしは(私は)、殺されるぅ~。助けてくれぇ~。」等と、大きな声で訴える。私も、何がどうなのか分からぬまま、かわいそうで、憐れに思いましたが、留置場に入っている皆も、恐らく同じ思いだったと思います。
しかし、その内、うるさくて…騒音公害?。いささか、参ってしまいました。耳が遠いらしく、刑務官の言う事が伝わらず、何度も大きな声で指示されるのですが、伝わりにくい…。

 数日後、次第に静かになって、何度か取り調べもあった様ですが、1週間くらい居たでしょうか…。今朝、11時過ぎに奥さんらしい人が迎えに来て、おとなしく留置場を出て行った。荷物の引き渡しの時、入れ歯を戻してもらったらしく、口に入れて、ホッとしたみたいだった。

 「助けてくれぇ~。殺される~。」の連呼には閉口したが、留置場の忘れられない出来事のひとつでした。「何か気の毒な事情がありそうで、やはり、かわいそうに思った」とメモに残しております。

 以上は、私が留置場に入れられて15日位のち、10月25日のメモでしたが、この日のメモの最後の所に「今回の事で、私のイメージにキズが付いて、これからどう生きて行けばいいのか…。人は口に出して言わないまでも、家族も、世間の冷たい目にさらされて、それを気にしながら生きて行かなければいけないだろう――。私の仕事は、もう来ないだろうし、人生も、これで終わりかも知れん。大変」と書いていました。

 2012年10月25日の、独房でのメモ、10年前…65歳の時でしたか…。多くの皆様のお陰を頂いて、今、75歳です。(感謝)

     露草や脚下照顧きゃっかしょうこ瑠璃るりの色   ひろし

 独房日記…「独房の彫物(ほりもの)の事」等は、次号へ続く…。
 お身体ご大切に、お元気でいらっしゃってください。
煙石 博   

2022年5月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2022.5.1(旧歴四月一日)  目は口ほどに物を言わない

2022.5.1(旧歴四月一日)  目は口ほどに物を言わない

 今年は、珍しく、新暦と旧暦のズレが、丁度1ヵ月違いの月が、2月1日(旧歴一月一日)。4月1日(旧歴三月一日)。今月、5月1日(旧暦四月一日)と、なっていて、他の月も、一年を通して、新旧の暦のズレは大きくなく、ほぼ3日~8日位の小さなズレ幅になっています。

 それが、どうなんだと言われると、私も困りますが、旧暦は、月と太陽との動き等から作られているものと言う事で、何か意味があるかも知れないと、気候等を、より注意して観察していこうと思っております。

 ところで、長引くコロナとの闘いで、やむなくマスクの着用を強いられて来ましたが、マスクと言うと、私らが昔からイメージして来た事は、元々、ノーマルでは無く、カゼをひいている病人が、養生の為に着用しているとか、漫画等に登場する銀行強盗のお決まりのスタイルのマスク姿…。どこか、うさん臭い、陰のあるイメージが付きまといます。

 しかし、現代は、コロナの防疫対策の為に、外に出ると、右を向いても、左を向いても、前も、後ろも、マスク、マスクで…。
 グループでいても、何か水くさくて、よそよそしく、冷たい雰囲気が漂っている様で、まるで、皆、マスク教団、マスク教の信者になって仕舞った様な風景にも見えて仕方がありません。それに馴れていく事も不安…です。
そんな、非日常が日常となっている事を自覚している事も必要かな、と思います。

 それにしても、私は、どうも、このマスクだらけの景色に馴染めず、むしろ、何かしら、不安とストレスすら覚え続けております。

     疫病に怖るる街の夏マスク   ひろし

 特に、マスクを着用しての会話は苦手で、話のやりとりに何か集中出来ず、目に見えないイライラが、積もりに積もるような気がしています。

     人を刺す程のマスクの目と合ひぬ   ひろし

 とは言え、昔のことわざに、「目は口ほどに物を言う」と言うのがあったり、「目の色を変えて怒ったり」という表現や、「目を三角にして、にらみつけたり」…時に女性に見とれて、目尻を下げる事があったりはしましょうが、目つきだけで相手に気持ちを伝えるには、もどかしく、目は口ほどに喋ってはくれない様です。

     あやしげなマスクメイクにだまされぬ   ひろし

 それと、これは、私だけではないと思いますが、どうも話をする時、相手の顔の表情を見ながら聞いていないと、今ひとつ、相手の気持ちを理解しづらく、会話も弾んでこない気がしています。
さらに、「喜怒哀楽」は、顔全体の表情でも発するもので、特に、口まわりには、「表情筋」と言うものがあって、コミュニケーションには、大切なんだそうで、マスクは、これらを全てさえぎっている訳です。歯痒はがゆい事です。

 目は口ほどに物を言う…とは言いますが、目は口ほどには、物は言わない。黙っていては、それぞれの意志は伝わりそうもありません。欧米ではマスクをとってもOKという所が増えております。日本でも早く普段が戻ってくれないものかと願うばかりです。

     コロナ禍の大逆境の風若葉   ひろし

尚、今回の四畳半独房日記・備忘録⑪「かわいそうな、おじいさんの話」は、紙面の塩梅で、次号に書かせて頂きます。   皆様のご健康をお祈りしています。
                                     煙石博

2022年4月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2022.4.1(旧暦3月1日)大変心配していた事…。独房日記・備忘録⑩「これも、怖い話」

2022.4.1(旧暦3月1日)大変心配していた事…。独房日記・備忘録⑩「これも、怖い話」

 私は、現役のアナウンサー時代、俳句が趣味だった事もあり、番組の中で、四季の移ろいに気を配り、草木の育つ様子や、花の咲く時季等について気を遣っておりました。
その為、明治以降に使い始め、今も使っている世界共通の「太陽暦」と、それ迄、千年以上、日本で長く使われて来た暦、つまり、旧暦と言われる「太陰太陽暦」(月の満ち欠けと、太陽の動きから計算された暦で、日本の自然、農業、漁業、気候を理解する上で、とても大切なもの)と突き合わせながら、一年を観察しておりました。

 そんな訳で、私は、新暦に旧暦を記した暦を使った後も、かなり前のものも保存しておりますが、その暦を振り返って展げて見ますと、この10年余り前より、季節の移ろいが、自然歴の旧暦でも納得できない程の異常気象の連続だった事を、改めて確認しました。

 ちなみに、東日本大地震・津波に見舞われたのが、2011年(平成23年)3月11日でしたが、私の暦の記録メモを見ると、その前の年2010年には「著しく天候不順の年。残暑がいつまでも続き、秋が無くて、12月に入っても暖かく、一度に冬が来た」と、初めて異常気象としてメモしています。(その前の年までの暦には、取り立てて、そんな異常気象のメモはありません)
 その翌年、2011年3月11日に、東日本大地震・津波がありました。また、9月には、紀伊半島の大水害(和歌山、奈良、三重)があったと記しています。
 そう言えば…と、記憶を手繰り寄せ始めると…2012年9月…よみがえって来たのが、私の忌まわしい日。
 話の本筋から外れますが、えん罪史に残る私のえん罪被害、二度とあってはならないと思う一念で、敢えて筆を走らせますが、そもそも、2012年9月24日(月)、午前9時過ぎ、家の近くの地方銀行の支店に、500万円おろしに行った時(その前の週の金曜日に、月曜日の9時過ぎに、500万円を引き出す予約をしていたもの)、私が、客が忘れたとする66600円だけを盗って、証拠とされた封筒だけ記帳台に戻して帰ったというものですが、これは、初めから、でっち上げられた、有り得ない窃盗事件でした。
 それから半月余りも後の、10月11日(木)9時過ぎ、刑事2人が、突然、私の家にやって来て…盗った、盗らないで、刑事との押し問答の末、午前11時30分に、逮捕状の呈示もなく逮捕され、その日の昼前に、広島県警南警察署の留置場に入れられて仕舞いました。 そして、28日間勾留されたのち、広島地裁・高裁で、確たる証拠もないのに、信じられない懲役1年、執行猶予3年の有罪判決。そして、最高裁での、奇跡と言われる逆転無罪判決を勝ちとるまでの苦節…地獄の4年5ヵ月を経験しました。改めて、皆様のご支援に、心よりお礼を申し上げます。併せて、家族、妻子の支えにも感謝です。

 さて、話を本筋に戻しますが、東日本大地震・津波が起きる前の年、2010年から、私のメモに、異常気象と言う言葉が目立ち始めます。2013年のメモには、異常気象、夏猛暑、連日35度を超える暑さ、厳しい残暑がいつまでも続く。台風による超豪雨、竜巻等で各地に被害…。 2014年8月には、広島の土砂災害。2015年には、超異常気象、大みそかより元旦は、京都とその近県に大雪。夏は、超猛暑39.8度とか、連日35度を越える暑さで、お盆が奇妙に涼しく、その後、超猛暑(38℃~40℃)。そして、急激に涼しくなり、8月末には、10月初め頃の涼しさとなって、残暑なし。さらに、火山の噴火、異常に多し。箱根、口永良部島、浅間、桜島、阿蘇山の大噴火。9月に関東豪雨、茨城県鬼怒川決壊。10月は南米チリで、M8の大地震・津波。
 その翌年、2016年のメモには、草花の狂い咲き多し。4月、熊本地震…振り返ってみると、この10年余り前から、恐ろしくなる程の異常気象に、天変地異多発…。

 ここまで振り返ってみて、私が心配する所は、実は、昨年2021年の季節の移ろい等が、2011年の東日本大地震の前の年に似て、取り立てて異常…だった様な…。例えば、私の暦のメモに、8月9日頃、台風9号が、台湾海峡を通過したあと、変わったコースをとり、鹿児島県枕崎を通って、広島、呉を直撃。その後、妙な前線が出来て、線状降水帯…九州の豪雨、大災害…8月なのに、梅雨前線か、秋雨前線の様な前線が居座って、各地で豪雨被害。その後のメモに「このまま焼き尽くされるのではと思う程の、過酷で過激な激暑の中でのオリンピック、パラリンピック…」と記しています。
 そして、そんな夏が、8月の終わりには、スイッチが切られたかの如く、残暑も無く秋へ…」とあり、「10月になると、今度は、各地で(初めての事)、30度以上の真夏日が続く」と書いています。事程左様に、季節の混乱がありましたが、更に、付け加えると、正月過ぎても、寒波の無い冬を越して、桜の開花が異常に早く、広島が全国一早くて、3月10日だったのも昨年でした。
 つまり、昨年の気候には、2011年の東日本大地震の前の年ほどの季節の混乱があり、よもや、今年再び、そんな大地震等はと思って心配をしておりましたら、今年2022年の1月16日、トンガの海底火山の噴火・津波。1月22日、大分、宮崎で震度5強の地震。3月8日、パプアニューギニアの火山が大噴火。そして、心配していた大きな地震、3月16日、東北新幹線が脱線する程の、福島沖を震源とする、東北の福島、宮城の震度6強(M7.4)の大地震…がありました。
 これで、もう、これ以上の天変地異が起こらない事を祈るばかりです。そして、日本の四季が、昔の様な、春夏秋冬の姿やさしい移ろいを取り戻して欲しいと願っています。


          改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑩「これも、怖い話」
       (これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)

 独房でのメモを読み返してみると、10月25日、定刻9時消灯…11時頃か、突然、留置場に押し込まれた男あり。鉄扉を閉められて、鍵を掛けられるやいなや、鉄格子を「ガチャガチャ、ガタガタ、ドンドン…」と、揺すったり、蹴ったり、敲いたりして暴れまくる男…。加えて、広島弁で怒鳴りまくりますが、私共が使う広島弁ではない、反社会的な方が使われる怖い広島弁で、「わりゃぁ~(お前は)、わしを(私を)どうするんなら(どうするのか)!! こが~な所へ(こんなところへ)押し込めや~がって!! はよ~(早く)、わしを(私を)こっから(ここから)だせぇやぁ!! お前らあ~、しご~(始末)したるどぉ~。」等と、おらび(怒鳴り)続けます。しばらく、怖い暴言を吐き続けて、房の中で大暴れ。鉄格子を蹴破って出て来そうな怖いムードでした。今夜から寝かせてもらえそうもないと、不安になって覚悟しておりましたら、ひとしきり暴れて、しばらくのち、疲れたのか、静かになって眠った様でしたが、この男、早朝に房を出されて、どこかへ連れて行かれた様でした。翌日、刑務官に聞くと、ゆうべのお騒がせ男は、酒乱の酔っぱらいらしく、留置場の、入ったすぐそばにある保護室で預かったとの事でしたが、時々こう言う男を預かるそうで、大迷惑しているとの言葉が返って来ました。これも、怖い話でした。独房日記…「かわいそうなおじいさんの話」は、次号へ続く…。       

 煙石 博

2022年3月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2022.3.1 住宅・ビル建築ラッシュの先は…。独房日記・備忘録⑨「刑務官も…怖い…。」

2022.3.1 住宅・ビル建築ラッシュの先は…。独房日記・備忘録⑨「刑務官も…怖い…。」

 コロナ禍のお陰で、相変わらず自粛疲れの日々を強いられていますが、私も、このところ、俳句の月例句会が、1月の新年句会に続いて、2月の句会も、お互いに高齢仲間と言う事で、用心の為、大事をとっての休会となり…モヤモヤ気分が残っています。

 どうも、句会が中止になった事で、何か無駄な時間が過ぎてしまった、惜しまれる時間の経過を感じると共に、これは、単に句会が休みになったという事だけでなく、私共にとって、いかに、人と人との交流や、そこでのコミュニケーションが大切であり、人間は、1人で生きているのでは無いと言う事を身をもって実感するところです。早く、人間らしい日常が戻って来る事を願うばかりです。

 ところで、これは、少し前から続いている事ですが、コロナ禍の中でも、相変わらずの建築ラッシュ…が続いています。家が建つ、ビルが建つ。広島の中心街、本通りも、長い間、店舗の建て替えを見る事がほとんどなく、いつも見馴れた商店街でしたが、最近になって、何ヶ所かのお店が、建て替えられているのを見掛けます。

 又、私の住んで居る南区の町内会でも、(私は、生まれた所に、ずっと住み続けている…考えてみると、原始人のままの様な気がして来ますが…)最近は、住宅の新築が目立ち、ところどころ、新しいビルも、ニョキ、ニョキと…下町の様子が少し変わって来つつあり、幼い頃から見馴れて来た町並みが姿を変えつつある事に気付き、ちょっぴり感傷的な思いもしています。
 そう言えば、広島の中心部も、基町の中央公園のサッカースタジアムの建設が始まったし、広島駅前の郵便局ビルも、かなり高階まで建設が進んでおり、戦後、幾度か姿を変えて来た広島駅ビルの新築工事も、順調に進められている気配…。

 この建築ラッシュの先にあるものは…。これは、何としても、大きく姿を変えつつある広島の、令和の新しい顔を見届けたいもの…。齢を重ねて行きますが、お互い、まだまだ、這いつくばって、頑張りたいものです。

 自然界も、草木の芽吹きシーズンを迎えます。

     酒を酌め起こしの雨ならむ   ひろし

 降る雨も、芽吹きを促す、優しい恵みの雨となりましょう。


          改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑨「刑務官も…怖い…」
        (これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいという思いから書き綴っています。)

 さて、訳もわからぬままに、広島市南区の広島県警南警察署の独房に叩き込まれて、薄暗く、不快な房の中で、不安と恐怖の為に、2晩、一睡も出来ず、昂奮の中にありましたが、さすが、三日目は疲れ果てて眠りに落ちました。しかし、その眠りは、ウト・ウトするのですが、2時間おきに目覚めるという浅い睡眠状態で…、これは、房の中に居た28日間、ず~っと続きました。

 以下の話は、独居房に入れられ、「13号」と呼ばれて…数日のちの事だったと思います。

 私は、現役のアナウンサー時代、40代の初め頃から、合気道の或る先生から、集中力を高めると言う心身統一の座行・座禅の様な呼吸法を教えて頂いて、出勤日の起床時、10分間位、座禅を組む事を習慣にしていました。

 その時の私は、気が動転して混乱状態にありましたが、苦しみの中で「はっ」と我に返り、ここは、心を鎮める為にと、独居房の中で、この呼吸法を取り入れた座禅を組む事で、自分を取り戻そうと思いました。
 起床は7時でしたが、たいがい6時前には目覚めていましたから、皆がまだ寝静まっている早朝6時前の10分間くらい、鉄格子の外の方に向かって、毎朝、あぐらをかき、腹式呼吸の、心身を統一をする座禅を組みました。

 座禅を組み始めた、最初の頃…のある朝、見回りをしていた若い刑務官が、まだ寝静まっている各房を、一室ずつ覗きながら、私の「13号」の前に近づいて来ました。
 私の房の前に来て、鉄格子の中を覗いた瞬間!!。私が毛布を掛けて寝ている事を想定して覗いたのでしょう…そこには、すぐ目の前に、大仏の様に半眼(はんがん)で、こちらを向いて座っている、気合いの入った私がいて、驚き!!、一・二歩あとずさりしたあと、こわごわ、身を守る体勢で固まって、私を見据えている格好になりました。余程、驚いたのでしょう。
 むべなるかな…考えてみれば、房の中に居る者は、犯罪人と言う想定で…おとなしい者ばかりではありません。ならず者も入っている訳で、夜の看守業務は、刑務官と言えども、本音のところ、恐ろしいと言う気持ちがあっても、おかしくは無い訳です。

 しばらく間があって、気を取り直したその刑務官は、再び私の鉄格子に近づいて…「何をしているんだ!!。おとなしく寝ていろ!!。起床時間は7時だ!!。」
 私も、穏やかならぬ気分でしたが、「申し訳ありません。座禅を組ませて頂いております…」。その時の若い刑務官の、慌てて、こわばった表情は…本当にお気の毒でした。
 刑務官も、夜の看守業務は、怖さと隣り合わせでしょう…。独房日記…「これも、怖い話」次号へ続く…。

 ところで、関西に春を告げる、奈良東大寺のお水取りは、3月1日(火)から始まって、クライマックスは3月13日(日)早朝。毎年、お水取りの前か、お水取りの頃は、春がやって来る前の、最後の寒さがやって来る事が多いようです。

     水取や瀬々せぜのぬるみもこの日より   蓼太

 3月は春への目覚めの月。身の周りの、目覚め始める春のエネルギーに気をとめれば、心優しく、暖かい、安らぎを得られる筈です。

     尾道の猫も恋する寺の屋根   ひろし
     芽柳や空いっぱいの川流る   ひろし

 穏やかな春の訪れを祈るばかりです。                  煙石 博

2022年3月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2022年2月1日は、旧暦1月1日で、旧正月、春初め。独房日記・備忘録⑧「お風呂はかけ流し」

2022年2月1日は、旧暦1月1日で、旧正月、春初め。独房日記・備忘録⑧「お風呂はかけ流し」
旧正月は、[寒さの中にも春が兆し始める頃で、「迎春」「初春」と言う表現がピッタリ。春の初めの氣が充ち初め、春初め、早春です。]

前回のブログ(12月28日)に書きましたが、昨年12月に、私の家内の母が、ご長寿でお元気だったのですが、11月に体調を崩され、96歳で亡くなりました。
 家内の父が亡くなった後、気丈に、ひとり暮らしを通されましたが、10年前、私の身に、突然、えん罪の悲劇が降りかかり、それから、最高裁、無罪判決までの5年間…長い間、大変なご心痛をおかけした事は、本当に申し訳なく、私のえん罪をつくり上げた関係の人達に対する怒りと、憤りと共に、お詫びのしようもありません。
 えん罪は、当事者だけでなく、いかに多くの人をも苦しめるかと言う事を、体験を通して痛い程知らされました。えん罪は絶対におこしてはいけません!あってはなりません!えん罪は、人災です‼ これは、私だけの事では無いと思いますから、敢えてブログに書かせて頂きました。

 そんな訳で、今年は、新年のブログを、年末(12月28日)のブログにして、年賀を失礼させて頂きました。
 96歳の長寿で、まぁ、歳に不足はないとも言われそうですが、この度、実感した事は、死と言う永遠の別れは、何歳で亡くなっても、辛く悲しく、無情なもので、命の重みが、何と大きなものであるかと言う事を教えられた事でもありました。
 残された私共も「生きている、生かされている」と言う、「今日を、今を」感謝しつつ、生きて行かなければいけないと言う思いです。
 40年余りも昔になりますが、私だけでなく、多くの人達から尊敬されながら逝かれた、私の人生の師であり、俳句の師のおひとりでもありました、人徳のあった名柄大学さんの、お亡くなりになる前の句を、今も思い出し、涙致します。

   覚えなき 善根功徳ぜんこんくどく冬の虹   大学
   先に逝くものの仕合わせ冬の虹   大学

 先に逝く者は辛い…しかし、残される者も辛い…。「大きな悲しみをかみしめて、小さなよろこびを育てよう」。…大学さんの言葉でした。

 ところで、何があろうと、移ろい行くのが世の習い、早くも1月が終わって、2月ですが、今年の2日1日(火)は、珍しく、丁度、旧暦の1月1日になりました。
旧暦とは、月の満ち欠けと、太陽の動きから計算された大陰太陽暦で、明治初め、世界共通の今の暦が日本に採用されてから旧暦とされた暦…等と、敢えて説明しますが、今年の2月1日が、近年、益々、忘れ去られて行く様な、旧暦の正月です。
 この旧正月の頃は、既に、陽射しが伸び始めており、陽の光にも力がこもり始めて、空が明るく、何となく春へと向かっている事に気づかされる頃です。「光の春」と言う嬉しい表現もありました。
 大変なコロナ禍の中ですが、春へ向かう光へ向かって、「一陽来福」を祈ります。

   立春の光に向かふ心かな   阿火
   鳥の来て揺れたる梅の影も香も   ひろし


          改めて・四畳半独房日記・補足・備忘録⑧「お風呂はかけ流し」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)

 三度・三度、差し入れられる「幕の内弁当」が、大変美味しかったと、昨年12月1日のブログに書きましたが、もうひとつ有難いものは、週2回、火曜日と金曜日に使わせて貰えた風呂でした。
 留置場に入ると、右手側に鉄格子の房が並んでいますが、その前が、少し広めの通路になっていて、この通路を歩かされ、それぞれの房に入れられます。この通路の向こう側の正面に、鉄格子のスペースがあって、その中が風呂場になっていました。風呂場と言っても、鉄格子の中に、シャワーとバスタブ(洋式の浴槽)が置いてある狭いスペースで、腰のあたりだけ見えない様にガード板がつけられていましたが、ほかは、鉄格子ですから、常に看視されている状態になっていました。

 風呂は、刑務官から、房の番号(私は13号)で呼ばれた順に、1人15分の時間制限で使いました。刑務官が決めた順に、朝食後すぐに、風呂時間となります。
初めての風呂時間の時、刑務官から「湯船には浸からず、シャワーと、かけ湯で体を洗う様に」と言われたと思いますが、他の者も、湯に浸かる者は居ませんでした。
 さて、バスタブの前に立った時、「ええっ!」と思った事に、湯船からは、常に湯が溢れ出て流れるままにしてあり…かけ流しの温泉?状態…。風呂を使ったあとで、老婆心ながら、刑務官に「水がもったいない様な気がするんじゃが…」と言うと、刑務官が「病気を持っとる奴がおっちゃぁいけんけぇのぉ~」と話してくれ、「そうか、成る程…」と、納得した事です。その時の私は、理不尽な濡れ衣を着せられて、やり場の無い精神状態にありましたので、湯船から溢れ出ている湯を洗面器いっぱいに汲み上げては、腹立たしい気持ちの捌け口(はけぐち)を求めるかの様に、頭から贅沢にかけ湯を使いまくりました。
 実は、湯船から溢れ出てゆく湯を惜しみなく汲み出して、かけ湯をすると…とても気分よろしく…不思議な満足感に浸れると言う事も知りました。留置場を出てからのち、あの快感を我が家でもと思う事もありますが、水道代の事を思うと…その勇気がありません。
 ところで、「刑務官も…怖い…」と言う話は…次号へ続く…。 

 暖かくなりかけたかと思うと、また寒さが戻って来る事を、冴返る(さえかへる)と言いますが、これからは冴返る日もありましょう。そして、もっと寒さが戻ると、凍て返る(いてかへる)、 さらに、それ以上に寒さが戻ると、これを… ひっくりかえる・・・・・・・?とは…言いません。

 何も彼も世は冴え返りウイルス禍   ひろし

 暦の上では春とは言え、関西では、奈良東大寺のお水取りが終わるまでは(今年は3月12日)…寒さへの油断は出来ません。

春近し 千辛万苦せんしんばんく越へ行かむ   ひろし

 立春大吉、「光の春」は、天からの恵み。 お身体ご自愛ください。
                                 煙石 博

2022年1月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2021.12.28 「風もけ野菊気高き日を逝かれ ひろし」死なない病気になりたき日…。

2021.12.28 「風もけ野菊気高き日を逝かれ ひろし」死なない病気になりたき日…。

 私の家の前の小さなスペースに植えている野菊が、今年も、よく咲いてくれましたが、師走になっても、まだまだ盛んに咲き続けてくれています。

 そんな野菊が盛りの頃、12月6日、私の家内の母が96歳で亡くなりました。

 国難の、戦中・戦後を生きられ、戦後、若き日には、女教師として教鞭をられましたが、いつも、たいへん気丈な後ろ姿を見て、元気を頂き、教えられる処ばかりでした。

 晩年も、介護付有料老人ホームで、元気に余生を送られ、90歳を過ぎても、気力充分の日々でしたが、折柄おりからのコロナ感染対策の為、面会が出来なかったり、面会出来ても、厳しい面会制限があったりする、不自由な私生活の中、11月に体調を崩されて、少し入院されたのち、亡くなりました。

 96歳と言うご長寿ではありましたが、何歳の別れであっても「愛別離苦」は、いつの世においても、変わらぬ人の世の無常…辛い悲しみの中で、私共だけの家族葬で送らせて頂きました。義母への追悼の句。

    風もけ野菊気高き日を逝かれ    ひろし

 ※この書面をかり、義母より10年余り前に亡くなった義母の夫、私の義父への追悼の句「萩の露逝かれし人の徳重く ひろし」を、このブログに併せてしるさせて頂きます。

 義母は、生前から、残される私共が困らない様に、自ら、几帳面に終活をされていかれましたが、それでも、人が1人亡くなったあとも、残された者がしなければならない事が沢山ある事を、改めて体験しながら…私共夫婦して、「これは、死ぬ訳にはゆかぬ。死にたくない、死んでは大変…死んではいけない」?等と、複雑で、共通な思いを…話したりもしています。

 そんな訳で2022年のお正月は、喪に服し、年賀状、新年のブログも休ませて頂く事としました。

 厳しき季節の中ではありますが、草木は、すでに来たるべき新しき年に咲かんとする花芽を秘かに宿し、命の花芽を膨らませています。

    コロナ禍の世の明け暮れや去年今年こぞことし   ひろし

皆様におかれましては、よき新年をお迎えになります様にと思います。
                                          煙石 博

2021年12月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2021.12.1 死なない病気…。四畳半独房日記・備忘録⑦ 留置場の弁当は…

2021.12.1 死なない病気…。四畳半独房日記・備忘録⑦ 留置場の弁当は…

【速報】 私の冤罪体験が、月刊「紙の爆弾」の2022年1月号(2021年12月7日鹿砦社より発売)の取材を受けました。
※冤罪は、他人事ではありません。誰の身にも…。冤罪を出さない、市民の監視と良識のある社会を――。

 今年は本当に異常気象の1年で、春には広島の桜(広島市基町の縮景園内の標準木)が、日本で一番早く3月10日に開花して驚かされましたが、この時、梅も、桃も、ほぼ時期を同じく咲いていた様な記憶があります。草木も、花の時期を間違えて、早まったり、遅れたり、生物時計(体内時計)を狂わされたものが多くあった様に思いますが、近い所でも、10月終わり頃、広島市の中心部、中区基町のハンコ屋さんの見馴れた花壇に、梅雨時に咲き香る梔子(くちなし)が、2輪ほど花を咲かせ、香りを放っていました。
 さらに、その少し前には、金木犀(例年なら9月中旬から10月初め頃に咲く)が、今年は、遅くて、10月下旬に咲き、しかも、例年より花を沢山つけ、よく香ったと、これは、多くの人からも耳にした所です。

 そんな、金木犀の花の香がまだ残っていた11月11日(木)、作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんが、9日に、亡くなられた事を知らされました。ご長命でしたが、大変残念で、淋しい思いです
 私は、昔、RCC中国放送本社の近くですが、紙屋町そごうの並びにあった、NTTクレド6階の、ラジオのサテライトスタジオで、「なんでもジョッキー」と言う番組を担当していました。そこで、毎日、歌手やタレントさんをお迎えしてお話を伺っておりましたが、今から20年余り前、1998年10月27日(火)、寂聴先生を(75歳?くらいの時)ゲストにお迎えした、忘れる事が出来ない、あの日、あのひと時が、思い起こされます
 10月は秋晴れの日が多いのに、その日は朝から雨で、午後の放送時間には上がるだろうと思っていましたら、午後になっても雨が上がるどころか、季節を間違えた様な大雨になって仕舞いました。
 ガラス張りのサテライトスタジオから、昼でも暗い外の様子が見えて、テラスには、風に吹かれた雨が降り込んでいました。寂聴先生をお迎えして…。

煙石「寂聴先生、こんな雨の日に、足もとが悪い中、お越し頂いて、本当に申し訳ありません。ありがとうございます。」と申しますと、それを、すぐさま打ち返す様に「いえいえ、ご心配されなくていいですよ。私は飛行機で来ましたから、足もとは、ご心配には及びませんよ。ありがとうございます。」と、明るくお答えになりました。

 話題の中心は、「源氏物語」の新たな現代語訳出版のキャンペーンでのご来広でしたので、その話が主でしたが、70代半ばには思えない、信じられないお元気さで、氣があふれていて、私共が元気を頂きました。著書の話を伺ったあと、

煙石「寂聴先生は、本当にお元気でいらっしゃいますね。」と言うと、
寂聴さん「ええ、ええ、私は、お医者さんから、いつも、元気が病気ですねと、言われているんです。」
煙石「元気が病気…ですか?はっ・はっ・はっ。これ、私のジョークで使わせて頂いていいですか。」  …そして、最後に
煙石「先生、これからも、お元気で、ご長命でいらっしゃって頂きたいと思います。」と言うと、
寂聴さん「煙石さん。大丈夫です。私は、死なない病気ですから。」
煙石「ええっ!死なない病気‼…私も死なない病気に…なりたいです。」

 とにかく、愉しく、お茶目で、元気で一生懸命なお話しぶりに、すっかり魅了され、寂聴ワールドに引き込まれていました。寂聴先生は、周囲の我々にも、元気を分けて下さり、生きるエネルギーを頂いた様な気がしました。
 サテライトスタジオの外は暗く、雨が降り続いていましたが、寂聴先生が、まるで太陽の様で…ありがたい慈悲に包まれた、ひとときであった事を、今も忘れる事が出来ません。
 あれから、20年余り…死なない病気の寂聴先生…これからも、私共の心の中に生き続けて下さると思います。死なない病気に…なりたい。     合掌、感謝。

     寂庵の石蕗つわなほ慈悲の花明かり    ひろし

 改めて・四畳半独房日記・補足・備忘録⑦ 留置場の弁当…
 (これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいという思いから書き綴っています。)

 留置場での28日間、ひとつだけ、ほっとしたのは、朝・昼・夕の弁当でした。注文して、会社へ配達してもらう、あの「幕の内弁当」(20cm?位の正方形のもの)が、大変おいしかったのです。唯一、自分が取り戻せた時間だったから、そう感じたのかも知れませんが…。
 鉄格子の左下の隅に、猫の出入口の様な小さな差し入れ扉があって、刑務官が、それを開けて、弁当を差し入れてくれるのです。最初の頃、刑務官が「ありがとう思え、この弁当は、ワシらが注文して署で食べる弁当と、ほとんど同じもんじゃ。お前が食べるぶんは、ワシらと、おかずが、ひと品か、ふた品少ないだけじゃ。ありがとう思うて食え」

 弁当は、朝は7時、昼は12時、そして、夕食は5時に差し入れられますが、5時に食べてしまうと、房の消灯が午後9時…。余り早いので、あとで食べようとすると、外から声をかけられ、「はよぅ(早く)食え、片付けにゃならんけぇ、すぐに食え」と命じました。これは、刑務官の勤務の退署時間の都合でしょう。
 弁当は、白御飯の真ん中に、小さな梅干がある「日の丸弁当」で、周りの数か所に、おかずの仕切りがあるものでしたが、メニューは、1週間以上、毎食違い、弁当屋さんの企業努力に感じ入った事です。
 ハンバーグや、小さいが、ヒレ肉も…。魚は骨抜きしてあるか、骨のない魚。おかずも多彩でしたが、時に、子を持っていないオスのシシャモが入っていて、それから、しばらくして、再びシシャモが入っていると、10日間?と言う、メニューのローテーションの様なものがあるのかなと思ったりした事を思い出します。
 とにかく、日頃、1日きっちり3食べていなかったのに、留置場では、三度の弁当がおいしく、28日間、3度の食事を残さず食べました。ところが、留置場を出る時、体重を計らされ、太ったかなと思いましたら、何と、3キロも減って、痩せていました。運動不足なのに…、やはり、心労のせいだったのでしょう。 朝・昼・夕の弁当は…「うも~がんした(おいしゅうございました)」

 そして、「お風呂は、かけ流し」という話は…次号へ続く…。

   カレンダー一枚あとの無き師走   ひろし

 来年が佳き年であります様に。お身体ご大切になさってください。     煙石 博

2021年11月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2021.11.1 「びったれおどし」。四畳半独房日記・備忘録⑥トイレットペーパーの コヨリ

2021.11.1 「びったれおどし」。四畳半独房日記・備忘録⑥トイレットペーパーの コヨリ

 コロナ・コロナに振り回されて、気が付けば、はや11月。大変だった一年が我々の社会生活には御構い無く、非情な歯車を回し続けて行く様な気がしています。
 そんな思いの中で、色々な事があったこれまでの1年を冷静に振り返ろうとすると…
 それらの事が、混沌と混乱の中に整理がつかない儘、すでに、すっかり色褪せてしまっている様にも見えます。悔しい事に、コロナ戦争は今年も収束せず、感染者数の減少で少しホッとしたものの、相変らず目に見えぬ敵との闘いが続いて、私共は、いやが応でも、ストレスを溜(た)め続ける日々を生きているのでは無いかと思っていますが、皆様の、お元気で健やかな日々を心より願っています。

   待ち人の銀杏いちょう黄葉もみじの中より   ひろし

 これに加えて、相変わらず四季の移ろいが尋常ではない事も気に掛かっています。
 思い返すと、今年の1月2月、例年の様な寒中の寒さも無く、暖冬のまま一気に春へ…。そして、季節は先を急ぎ過ぎる様に移ろい、それが、桜を始め、植物の開花にも影響を与えていたのではと言う事を、これまでのブログでも書いて来ましたが(季節を間違えて、我が家の野菊の一部が、5月に咲きましたが、他のほとんどの野菊は、11月の今、やっと咲き始めています。

 春過ぎてのち、早い梅雨入りと早い梅雨明け、そして、いきなり襲って来た猛烈な激暑の夏は、「危険な暑さ」と表現されて、これまでに経験した事のない猛暑。それが一転して、8月の月遅れのお盆から、盆らしくない長雨が続き、梅雨の様な天気になって、九州や中国地方に豪雨被害まで出しました。
 私は、これまでのブログで、今年は季節が早く移ろっていると指摘して来ましたが、この8月のお盆から1週間以上続いた長雨は、例年9月半ば過ぎから10月初め頃よくある、秋の長雨(秋霖・しゅうりん)の様に思えました。
 その長雨のあと、9月過ぎに再び夏が戻った様な暑さとなり、(10月7日、関東地方で、震度5強の地震。西ノ島近辺では相次ぐ火山活動と、穏やかならぬ事も続いて、太平洋戦争の激戦地、硫黄島は、島全体が隆起しているとか…)10月になっても、何日も真夏日の日が記録される季節外れの異常な暑さが続いている所へ、10月半ば過ぎ、例年は、過ごしやすい季節ですのに、突然寒くなり、各地でいきなり冬の便りを聞く様になりました。

 こうした、ただならぬ出来事と気象の中で突如やってきた寒さは、広島では、10月16日の夕方。強い風を伴って急激に寒くなり、一気に11月中旬~下旬の寒さに震え上がりました。これも、半月以上早いのですが、例年11月初めの初冬に吹く「木枯らし」ではと思いました。こう言う急な寒さの到来を、広島弁で「びったれおどし」と言います。
 広島弁で、無精者、だらしない者を「びったれ」と言い、無精者、だらしない者が、慌てて冬支度をする様な寒波の襲来と言う訳です。 
 この寒さに続いて、10月26日からは、暖かい日に恵まれ、これも、季節が早くなっていると思えば、11月初旬によくある、朝晩は冷えても日中は暖かくて長閑(のどか)な小春日和(こはるびより)がやって来たのだと感じています。
 とに角、四季は移ろっているのですが、四季の移ろいが、ぎくしゃくして、乱暴過ぎ、戸惑うばかりの儘、気が付けば、もう11月。しかも、随分早くから冬の訪れを告げる寒さで、我が家では、毎年、旧暦の「亥の子(いのこ)、炉開き」の日を、暖房器具を使い始める目安にしていますが、今年のその日は、11月11日(木)。…私は、少し早めに、あんか炬燵を使い始めました。
しかし、行楽・グルメ・紅葉の季節…師走までの、しばらく、心を癒したいものです。

     我思ふ故に酒ある夜長かな   ひろし

        改めて・四畳半独房日記・補足・備忘録⑥トイレットペーパーのコヨリ

(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残して置きたいと言う思いから書き綴っています。)
             【 房内で不自由したものあれこれ・・・。】
◎留置場の房内には、一切の私物は持ち込む事が出来ず、勿論、携帯電話は取り上げられ、とても苦しい孤立無援の、孤独な心理状態に追い込まれました。
 自分のスケジュール手帳も、何度かお願いして、鉄格子の外の別室で、刑務官立ち合いのもと、見る事になり、不自由でした。
面会は、1日に15分のみで(弁護士との接見は別)、家族と話をするのに、刑務官立ち合いで、話の内容をチェックされ、事件絡みの内容だったか…? 時に、警告を受け、それ以上話せない事もありました。
 ※私の事を心配してくれて面会したいという知人の要望も、時間が短いので、全てお断りせざるを得ず、申し訳なく思いました。この15分の家族との面会は、唯一の心の支えとなっていましたが、土曜日、日曜日は、終日、面会の時間は与えられず、週末毎に、本当に心細く、辛い思いで、月曜日を待ちました。
※私と面会者の間には、アクリル板の間仕切りがあって(テレビドラマのシーンで見られた事もあると思います…)、透明な間仕切り(パーティション)越しの会話になりますが、厚みのある間仕切りの真ん中辺りに、無数の小さな穴があけてはあっても、声が聞き取りにくく、イライラしました。
◎家族からメモ用紙を差し入れてもらい、出来るだけ記録をとる様にしましたが、朝7時から夜9時までしか、筆記用具を与えられず、夜9時になると、筆記用具のボールペン(凶器に使わない様に、特殊な形をした特製の物を貸与されていた。)と、メモ用紙、それに、メガネも取り上げられて、翌日の7時に戻してくれるまで、メモをとる事ができません。
 夜、あれこれ悩んで思いついた事をメモする事が出来ず、歯痒(はがゆ)い思いをしました。ただ、心細く、辛い心境の中で浮かんだ俳句があり、これだけは何とかと、トイレットペーパーをコヨリにして、鉄格子の隅に、密かにカタカナで文字を作り、あとでメモ用紙に書き取りました。

     13号と呼ばれ時雨るる鉄格子   ひろし

 ただ、悔しかったのは、朝7時に、メガネは戻してくれるのですが、特製のボールペンとメモ用紙は、「食事(弁当)の支度がある」とか、「ちょっと忙しい」と言って、なかなか戻してくれません。独房から、取り調べ室や検察へ行く為に房を出る時も、筆記用具は取り上げられ、留置場に再び戻った時、「筆記用具とメモ用紙を戻して下さい」と頼んでも、「忙しいので、あとで…」等と言って、なかなか戻してくれません。…取り調べの内容等を、少しでも残されたくないという意思が働いているとしか思えませんでした。
 あれから9年もたつのに、留置場に入っていた9月・10月の、冷たい、忌まわしい記憶は、今でも不快に思い出されます。
 ただ、留置場の「弁当」が、「うも~がんした(うまかった)」話は、・・・次号へ続く・・・。

     寒くなりましたので、呉々もお身体ご自愛下さい。    煙石 博

2021年10月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2021.10.1  あれから9年…。改めて四畳半独房日記・備忘録 ⑤ 爪楊枝

2021.10.1  あれから9年…。改めて四畳半独房日記・備忘録 ⑤ 爪楊枝

 あれから9年になりますが、9月、10月は、私にとって、又、家族にとっても…私が何も悪い事はしてないのに、何が何だか、信じられない理不尽なえん罪に引きずり込まれた、あの日、あの時の、大きな傷跡が残っている月です。晴天の霹靂の如く振り掛かって来たぬれ衣…。
 あの日(2012.10.11)から、無実を晴らす為に闘った4年5ヵ月の地獄の日々を忘れる事が出来ない事と、煙石に振りかかっているえん罪の不条理を目の当たりにして、「見て見ぬふりはできない!他人事(ひとごと)ではない。明日は我が身、絶対に許せない!と立ち上がって闘い、ご支援下さった多くの皆様の、勇気とエネルギーに、改めて生きて行く光と力を頂いた事も忘れる事は出来ません。 本当に有り難う御座居ました。――感謝――

限りあるよわい感謝の十三夜  ひろし(今年の十三夜・のちの月は、10月18日)

 ところで、俳句を趣味として来た私が、どうも気になっている事の1つに、季節の移ろいが、今年の春先から、何かにせかされているかの如く、身の周りの花々が、「咲き急ぎ、散り急いで」来ている事と、季節の折り目、節目も、先へ先へと急ぎ、早くなっている事に気を掛けています。
 これを、これまでのブログで振り返ってみると、4月1日の「ふるいけや…」のブログから9月1日のブログより抜き出してみます。

 ①暖冬ののち、例年より早く2月半ば頃の早春から、早くより暖かくなって、急ぎ足で、一気に春本番へ向かった。
 ②水仙、梅、椿、桃、馬酔木(あせび)…等、ほとんどの花々が、例年の様な開花の順では無く、あわてて咲き、皆、あわただしく花を散らして仕舞った。
 ③桜の開花が随分早く、広島は全国一早くて、3月11日だった。
 ④今年の梅雨入りは、異常に早く、広島の場合、広島に夏を告げる、浴衣の着初め祭「とうかさん」(毎年、6月初めの行事)の声も聞かない3週間も早い5月1日だった。
※穏やかならぬ気候が続き、麗しく美しい日本の気候を忘れて仕舞いそうです…とあり。
 ⑤例年、10月過ぎに咲いている、私が育てている野菊(野紺菊・のこんぎく)の数株が、5月初めに蕾を付け、5月半ば頃から咲き始めて、夏の昼顔と一緒に咲いた(6月終わりまで咲く…)
 ⑥同じく、私が育てている大待宵草(月見草)が、例年より異常に早く、6月16日から咲き始め、9月初めには、これも例年より早く花期を終えようとしていた。
 ⑦梅雨入りが早くて、7月初め。そして、ご記憶でしょうか、早い梅雨明けとなり、いきなりやってきた夏本番の超激暑。そのまま焼き尽くされて仕舞うのではないかと思われる様な…、天気予報でも「危険な暑さ」と表現される程の、過激な暑さの日々が続いた。その後、お盆前の8月10日頃、広島・呉を通過した、小さな台風9号が、置き土産の様に残した感じの梅雨前線や秋雨前線の様な前線が、(この時期には、これまでにも無かったと思いますが…)1週間以上にわたって日本列島に横たわり、西日本を中心に記録的な大雨をもたらし、各地に大きな被害が出た。

 本当に大変な夏でしたが、お盆は連日雨の異常な日々…。この雨を境に、激暑、猛暑も、急激にエネルギーを使い果たしたかの如く、誰かが、突然、激暑のスイッチを切って、舞台を秋に切り替えたかの様な…急発進に戸惑わされた、そんな秋の始まりを感じました。

 よく観察していると、今年は、季節の移ろいが、先へ先へと急いでいて、半月以上は、早くなっている様な気がしています。
 そして、9月7日には、例年より25日も早い富士山の初冠雪が報じられました。
TVニュースで、しっかり雪を戴いた、美しい富士山を見ましたが、約半月後、気温が急に高くなり、雪が消えて仕舞ったとか…。消えたとは言え、異常に早い富士山の冠雪には違い無い様です。
これから先、麗しく深まり行く秋であります様に…。日本の四季が、早く、ノーマルな優しい移ろいを取り戻して欲しいと願うばかりです。

     秋の空生きてしみじみ昼の酒   ひろし


改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑤

(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残して置きたいと言う思いから書き綴っています。)

 やむなく飲む事となって、結局、食後、食後に飲んだ白湯が、飲んでみると、結構おいしいものであると知った事を、前号で書きましたが、ブログをお読み頂いた方からも、白湯は体に良いと言う事をご返事で頂きました。 ありがとうご座居いました。
 よろしければ「白湯(さゆ)満タン!」試しに飲んでみられても良ろしいかと思います。 私も、最近、白湯を作っておいて、時々、飲んでおりますが…私の場合、歯痒はがゆい事に、どうも白湯を飲むと、薄気味悪い狭い長方形の独房と、ネチャネチャする感じのビニール畳、そして、ぬれ衣を着せられた悔しさと怒りに燃える私の前に、冷たく非情に立ちはだかって居た鉄格子が、まぶたの裏に、残像として浮かび上がって来るようで…まだまだ、少し苦(にが)く感じ、残念で淋しいと言うところが本音の思いでもあります。
 食後の白湯で思い出したのですが、朝の洗顔と歯磨きは順番に1人ずつ出来ますが、私は、歳のせいで、食後に、どうしても歯の間の汚れを取り除く為に、歯間ブラシと爪楊枝を使っていましたが、これらは絶対に房内には持ち込む事が出来ない様で…凶器となるからだろうと思います。 それで思い付いたのが、取り調べ室で接見する嫌な刑事に、取り調べ前、「何か飲むか?」「お茶か、コーヒーか?」と聞かれた時、事情を説明して、「楊枝を使わせて欲しい」と頼みましたら、楊枝を持って来て手渡され、刑事の看視の前で、楊枝を使う事が出来ました。外にも、房内で使う事ができず、不自由したものが、いくつかありましたが…。              ――次号へ続く――

 ※これまで、広島市南区丹那町にあった広島県警南警察署の新築工事が、10月から、広島市南区出汐町の旧陸軍被服支廠跡の北の一区画で始まる予定です。私が不当逮捕され、28日間留置されていた忌(いま)わしき思い出が残った留置場も、新しいものになる…と言う訳です。

   秋の空うそ偽りの無き高さ   ひろし(2012年10月、留置場にて)

 ※朝20分だけ、外の狭いベランダで外気を吸わせてもらえます。

   昨日今日さらに明日へ鰯雲   ひろし

  お身体ご自愛下さい。 煙石 博 

2021年9月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2021.9.1 夏のはて、改めて四畳半独房日記・備忘録④「お茶にしますか?白湯さゆにしますか?

2021.9.1 夏のはて、改めて四畳半独房日記・備忘録④「お茶にしますか?白湯さゆにしますか?
 
今年の梅雨明けは例年より早く、7月初めに思い切りよく?と言いますか、スッキリ明けたのは良かったのですが、いきなり30℃を越える激暑の日々が始まり、肌を射られるような陽射しに加えて、大変不快で異常な蒸し暑さに、心身共にへばってしまいましたが、天気予報で連発される「危険な暑さ」という表現を恨めしく思いました。

さらに、記録的な暑さと、ひでりの為に、大地も灼けてカラカラ状態が続いた後、お盆前から降り始めた雨は、時ならぬ長雨となり、九州、そして、こちら広島県、さらには、日本列島に居座って、各地で大きな被害をもたらしました。        

 それにしても、すごい雨量で、数年前の西日本豪雨の時の雨量をはるかに超えての、激しく、長い大雨…。まるで、天地自然が何かに怒っているかの様な気象現象…人間の仕業しわざの傲慢さを叱るかの如くにも思えました。
我が家も、家の前の路地裏の通路の一部が川の様になって、予め用意していた小さな土嚢を置いて床下浸水をしのぎ、まんじりともせず、一夜を明かした事もありました。 

それらに加えて、コロナウイルスは、尚も私共の身に危険を及ぼし続け、それぞれ、我が身を守る事で精一杯の様な日々が続いている大変な時に、私ごときの「えん罪ブログ」を皆様に読んで頂きたい等とは…申し訳無いと言う思いがしております

考えてみますと、近年の、この異常気象等は、随分前より言われてきた事で、最近は、それが、より顕著になって、さまざまな被害が拡大して来たものだろうと思います。

以前のブログで触れた、数か月前から季節を間違えて咲いた野菊の事や、毎年咲かせていた月見草が例年よりかなり早く咲き始め、いつも9月末頃まで咲き続けているのに、今年は8月半ば過ぎには、ほぼ咲き終わろうとしています。季節が早く進みすぎ…。

又、我が家のすぐ近くのお宅の、庭の古い松の木の中の2本と、生け垣の一部が、7月の「危険な暑さ」と、水不足だったせいでしょうか、枝葉が枯れて仕舞っています。そして、朝のウォーキング中にも、暑さにやられて、枯れ尽くした様な草々をよく見かけます。

     草々も萎へし我が身も夏のはて   ひろし

改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録④

(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残して置きたいと言う思いから書き綴っています。)

 ところで、前号で触れましたが、留置場では(検察も、そうだったのですが)、食事のあと、刑務官が、「お茶にしますか?白湯にしますか?」と、1人1人注文を聞いて回って、差し入れてくれるのですが…聞いていると、たいがい「白湯」を注文している様でした。

私は、日本茶が好きで、最初は、お茶を何回か頼んで飲みました。しかし、房の中は薄暗くて、お茶の色も確認できませんが、とにかく、薄い番茶?で、ほとんどお茶の味はしない様なものでした。 そんな訳で、白湯を飲むことにした訳ですが、(後に気がつきましたが、中に、留置場馴れ?した人でしょう、たまにコーヒーを頼む人が居たような…。これは、実費を払えば(ツケ●●で)飲めたのではないかと思います。)白湯と言っても、飲んでみると、これが仲々…大変おいしいと言う事を知りました。

それと、たまたまでしょうが、朝10時からの刑事の取り調べ(お金を盗っていないのに盗った事にしろと言う、ひたすら自白させる為のもの)の初めに、刑事が「お茶かコーヒー…飲むか?」と聞くので、嫌な刑事に、悔しくも躊躇しながら、「すみませんがお茶を飲みたいです。」と言うと、自販機で買ってくるのでしょうか?おいしいお茶(玉露?)を差し入れて飲ませてくれ、格別おいしく感じたものでした、取り調べの内容は別にして…。
 ※特上にぎりか、カツ丼?でも頼めば良かった…。    次号へ続く

夏の疲れがこれから出ます。くれぐれもお体ご自愛下さい。  煙石 博

2021年8月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien