白雲自ら去来す(はくうん おのずから きょらいす)

2019年3月10日   白雲自ら去来す(はくうん おのずから きょらいす)

私もこの歳になって人生を振り返ってみますと、はるかに遠霞む人生色々が、走馬燈のように、あれこれ浮かんでは消えていきます。

そんな中に、私が高校生の時、もう半世紀以上も昔の話になりますが…NHKの全国高校放送コンテストのアナウンス部門で上位入賞をした思い出があります。実は、このコンテストに参加するため、東京へ向かう前、放送部の先輩のお父様であった、お坊様から頂いたのが、「白雲自ら去来す」という言葉でした。

若かった私に、「雲が次から次へと湧き起こり去来しても、山は元の姿のままそこにあるように、堂々とやりなさい。煩悩や妄想の雲に惑わされる事はありません…。その時は曇っていても、天の雲は必ず晴れる時がきます。天雲に惑わされず、一心に、一生懸命にやりなさい。結果は後についてきます。」と、教えて下さり、この言葉を心に秘めて、東京(千代田公会堂)での全国大会に臨んだことでした。この言葉は、私の心の中に生涯焼き付き、苦悩の時や、逆境の時、思い浮かべる言葉の一つとなりました。

そういえば、人生の晩年、私には何の非も無いのに、信じられない冤罪が降りかかり苦しめられましたが、地獄の長い日々を辛抱強く闘う事ができましたのも、まさに「白雲自ら去来す」の教えの通りでした。

思えば最高裁に上告してから2年5か月…広島本通りでの9回にわたる街頭活動は、私が定年まで勤めたRCCのOBの皆様方や、私の友人、知人、有志の皆様のご支援を頂いての街頭での訴え、さらに、最高裁への署名活動では、1万人にも及ぶ支援の輪を広げて下さった皆様のお陰で、無罪を勝ちとる事ができました。

最高裁で逆転無罪を勝ちとったのが3月10日。…あれから2年になりました。

多くの皆様のお力を頂いての必死の闘いでしたが、私の事件に関して、警察、検察、裁判官が間違っているというクチコミの力が、最高裁に届いたものと思います。 ご支援下さった皆様、本当にありがとうございました。私の後に私の様な冤罪の被害者が、一人でも出ない事をひたすら願うばかりです。

私は、私のこの忌まわしい冤罪体験から、物事を性善説で見る事が少なくなり、悲しい事ですが、性悪説で見る事が多くなりました。

訴えます‼

逮捕、起訴されると、99.9%有罪という日本の司法の有罪率は大問題です。 その中には、たくさんの冤罪が含まれているという事は間違いないと思います。日本の警察をはじめ、司法に関わる皆様に、神様仏様の前でも恥ずかしくない仕事をして頂きたいと強く願います。また、政治家の先生方にも、超党派で、冤罪の被害者が、一人でも少なくなるよう働きかけて頂けないものかと思います。

ところで、「白雲(はくうん)自(おのずか)ら(ら)去(きょ)来(らい)す(す)」については、後に、「青山元不動 白雲自去来」(白雲(はくうん)は自ら(おのずから)去来(きょらい)するも、青山(せいざん)は元(も)と(と)不動なり)という禅語がある事を知りました。

この言葉は、山岡鉄舟作と伝えられる歌に「晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿は変わらざりけり」(富士山に様々な形の雲がかかり、時には全山を厚く覆い隠す事もあるが、雲が去ってみると、いささかも変わりない。)という歌がある事も知り、先程の「青山元不動~」を、この山岡鉄舟の富士山の歌に重ねてみると…本当に凄い人物は、どんな時、どんな事が起ころうとも、あたかも富士山が雲の去来にかかわらず、泰然として少しも動じないのと同じように、逆境にあっても、その志は揺るぐことはない、というような深いところにも考えが及んで…。思いを更に深くしました。

※山岡鉄舟→幕末・明治の政治家。無刀流開祖。剣術に優れ、禅を修行、書をよくした。戊辰戦争の際、西郷隆盛を説き、勝海舟との会談を成立させ、江戸無血開城に尽くした。のち明治天皇の侍従などをつとめる。…おまけ…明治8年4月4日、山岡鉄舟を介して、巷で評判の木村屋のあんぱんを献上。明治天皇があんぱんを食べ終えた後、「引き続き納めるように」と、ひとこと言い残したと伝えられています。

散りて尚命は燃ゆる椿の緋   ひろし

覆水の返らざるまま春の水   ひろし

煙石 博

2019年3月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

光の春 ~あれから2年~

2019年2月17日         光の春 ~あれから2年~

 寒暖の差が激しく、定まり無き天気が続き、寒さはまだまだですが、2月の立春から3月のお彼岸の頃に向けては、「光の春」と言われもして、寒さの中にも間違いなく日々、日の光に力がこもり始めて、空が明るくなっていきます。これからの、この時期の身の周りをしっかり観察してみると、川の流れに映る日のさんざめきや、鉛の如しと言われる冬の雲が、ちぎれ雲となって、明るい空を流れていたり、草木の蕾がすでに膨らみ始めているのに気付く筈です。

 こうした光の春の中で、自然からの力や、希望がみなぎり始めているのに気付くと、命の喜びを感じる事も出来ると思います。

       菜の花や遊ぶ綿雲ちぎれ雲     ひろし

 そういえば、2年前に、私が忌まわしい冤罪の裁判で、最高裁・逆転無罪の判決を勝ちとり、ひとまず、大きな荷物を下ろす事が出来たのもそんな光の春の時期・・・3月10日でしたが、最高裁無罪判決の前の月、2月17日(金)に、最高裁での弁論というのがあり、上京しています。その時の私のブログを見てみると

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2017年2月20日      東京に春一番が吹いた日 最高裁へ無罪を願う‼

2月17日(金)

 有り難い事、厳しい寒さが緩み、テレビで、東京に春一番が吹いたと伝えていたこの日。 最高裁前は、ことさら風が強く、ネクタイがあおられて肩に吹き上げられるくらいの強風。ネクタイを戻して、背広のボタンをかけて押さえながら、正門へと向かう。あとでテレビニュースで見ると、ネクタイがかなり片方に寄っていたのは、そのせいだったのだ。白髪交じりの頭髪も乱れていた。しかし、暖かくなったお陰で、傍聴に来て下さった方々も寒い目にあわなくて良かった。 11時過ぎた頃から、一般の傍聴希望者が並び始めて、44名を超えたので、抽選となった。

 1時半開廷。久保弁護士は、「~社会的立場があり、現金500万円を払い戻すために銀行に行っていた煙石被告には、わずか6万円余りの為に、犯罪を犯す動機は皆無だ。」「煙石被告は無罪である。」と弁論。 一方、検察官は、「防犯カメラの画像は不鮮明で、封筒から現金を抜き盗ったと断定することは困難だが、被害者が離れたのちに記帳台に近づいたのは、煙石被告しかいない。」として、「上告は棄却されるべきだ。」と弁論。

 その後、司法記者クラブで、記者会見に臨んだ。はじめに私が、「私は無実です」の思いを21分あまり話した。久々に現役時代の緊張感を覚えたが、私の思いの丈を淡々と話す事ができた…と思う。次に久保弁護士が今日の弁論の内容をわかりやすく話され、記者の質問に、今の司法の問題点も指摘しておられた。

 帰りの列車の中で、「テレビを見た。」という電話やメールを次々と頂く。とにかく、重い荷物を背負って、一つの峠を越えたような安堵感を覚えた。

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と記しています。

 思えば、私は、66600円を盗ってもいないのに、防犯カメラの映像に盗った映像も無いし、盗った証拠も無いのに、さらに、持ったと決めつけられた封筒に私の指紋もついていないのに、2012年10月11日に逮捕されてから、2017年3月10日までの4年5ケ月の苦しい闘いの末、やっとの思いで無罪になりました。しかし、世の中には、多くの冤罪がある事を知り、冤罪で長く苦しんでいらっしゃる方の記事などを目にしますと気分が重く、中には不当判決を受けて服役した後、尚、身の潔白を訴え続けて苦しんでいらっしゃる方も沢山おられ、やりきれない思いです。冤罪大国日本の悲惨な現実・・・どうにかならないものでしょうか。

 ところで、昨年の秋、広島で久しぶりに日本作詞家協会の集まりがあり、懇親会で私の隣に座られた女性(生前の星野哲郎先生をご存じの方でしたが)が、「今の世の中は、悪い人が悪い事をしやすい世の中になってしまって悲しいですね。」と言われた事が、さすが、作詞家の目から見た的確な世相表現だと思い、とても心に残りました。

       白梅に酌むや偽りなき友と       ひろし

       黄の花の増え行くもまた春と知り    ひろし

煙石 博    

2019年2月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2019年1月17日    真実は正義の剣黄水仙   ひろし

2019年1月17日    真実は正義の剣黄水仙   ひろし

 1月12日の新聞に、うっかりすると見落としてしまいそうな記事でしたが、最高裁判事に草野氏~という記事が目に留まり、その中に「政府は、11日午前の閣議で、来月(2月)6日に定年退官する鬼丸かおる・最高裁判事の後任に・・・草野耕一弁護士を起用する人事を決めた・・・」という記事が目に入りました。
鬼丸かおる裁判長というと、忘れる事の出来ない御名前・・・。2017年3月10日最高裁の法廷で私に、日本の司法では奇跡と言われてもよい、正しい無罪判決を下して下さった裁判官です。
 私も、自らの、悲惨な冤罪体験によって知る事になりましたが、日本の司法では、逮捕起訴されると、その後の裁判で、有罪率99.9%という絶望的な現状の中にあって、(これは絶対にありえない事ですし、昔から、その問題点を諸外国からも指摘されている)私の冤罪を正しく理解し、逆転無罪の正しい裁きをして下さいました。
 日本の司法は、最初から有罪ありきで、初めから有罪という答えに向けて、無理やり、強引な犯行ストーリーを作り上げて行くといってもいいでしょう。つまり、有罪率99.9%という数字は、冤罪の屍累々の上を踏み越え、神仏の前でも、非情にも、しかも涼しい顔をして、恥ずかしい裁きを続けているというものがたくさんあるという証でもあると思います。
 そんな絶望的な司法の現状の中で、鬼丸裁判長は、私の冤罪を正しく理解されて「広島地裁・広島高裁の、懲役1年執行猶予3年という有罪判決を認めると、著しく正義に反するので・・・無罪!!」という、日本の今の司法では、大変に勇気のある正しい判決を下して下さいました。本当に有難い事でした。神様・仏様・鬼丸かおる裁判長様。以下、無罪判決を受けた当時のブログの一部を紹介します。

【2017.3.18    最高裁傍聴席 『いー1』に 二度座った男】より
2月17日の最高裁弁論から3週間後の3月10日、新幹線で東京に向かう途中、車窓から雪をかぶったとても美しい富士山が見えました。いい判決がでますようにと祈りながら仰ぎ見る富士山へ、「白さも白し富士の白雪、私は無罪。」と心の中で幾度もつぶやきました。~~。
 再びの最高裁・・・第二小法廷に入り、弁論の時と同じく、最前列の「いー1」番の席に座りました・・・。
15時、鬼丸かおる裁判長を含め、4名の裁判官が入廷、この時、鬼丸裁判長の表情と雰囲気が、前回の弁論の時の固い雰囲気とは違い、柔和で温かいと感じて、「これは・・・無罪・・・判決・・・か」と、息を殺して裁判長を見つめながら、「私は本当にお金を盗っていないのですから、無罪・・・しか・・・ありません。」と念じ続けました。
「主文 原判決及び第1審判決を破棄する。被告人は無罪。」と言われた瞬間、「そうです、そうです。正しい判断です。」と心の中で繰り返していました。2012年10月11日に止まったままの、私の人生の時計が、再び動き始めた瞬間でした。~~。

そんな、鬼丸かおる裁判長の定年退官を知らされる記事でしたが、定年退官されるという事で、めでたく、嬉しい気持ちは当然ですが、一方で、もっともっと、絶望的だと言われる司法裁判にあって、司法の基本ポリシーと聞いた「正義と真実の女神」の矢を射て頂きたいという思いを抱きました。

   葉牡丹の天に授かる日の恵み    ひろし

動画投稿サイト「Youtube」に「1番だけが知っている」の煙石事件の投稿があり、多くの方々から関心が寄せられています。

        ( ↓ ↓ 画像をクリックすると動画サイトへ移動します。↓ ↓ )

           
           

 
 
ご覧になって、もっと多くの方々に見て頂いて拡散下されば幸いです。
私の事件は、私だけの問題ではありません。私のような被害者が、私の後に出ない為にも、一人でも多くの皆様に真実を知って頂きたいと思っています。  
                                          煙石 博                   

2019年1月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

迎春   憂ひ(憂い)無き事を願はく(願わく)初詣   ひろし

2019年1月2日  迎春   憂ひ(憂い)無き事を願はく(願わく)初詣   ひろし

 年末年始、色々なニュースがある中で、どうしても気になっているのが、私の忌まわしい体験から、フランスのゴーンさんのニュースです。私は、事件の真実はよく分かりませんが、ゴーンさんは正月を超えて、長く留置されているようです。気になるのは、留置場には暖房が無いとニュースで伝えていました。私の場合、留置場(代用監獄と言われているそうです…)に、28日入っていましたが、10月11日から11月7日だったので、冷暖房については意識がありませんでしたが、思い出してみると、留置場に入って少しして、夜は、しんしんして冷えるので、チェックを受けたウインドブレーカーを着用させてもらいました。
そういえば、保釈されたのが11月7日だったので、寒さに向かう頃、あれ以上留置されていると、身に染みて寒さを体感し、もっと大変だったのかなあと思います。今でも、広島県警南警察署には、近づくだけで、恐怖と嫌悪感を覚え、体に染み込んだ不快感が刷り込まれていて、体が縮む思いで、近づくことができません。
 その後、私の、あれやこれやの、理不尽な体験で、ゴーンさんのニュースが気にかかります。分かりやすい所では、私の体験から、逮捕された時から、被疑者にも弁護士をつけて話をするのが国際的な常識の様ですが、日本はそれが無いので、昔から、日本のそういうあり方は諸外国からも良くないと指摘されている様なのです。他の手法においても、色々問題がある様です。      

以下に、今年の私の年賀状を添付します。
(ここでは、下線部分をクリックするとページが移動するようにしています。)

 

                     謹賀新年

ご支援を頂いた皆様のお陰で、今年も平穏なお正月を迎える事ができ、心よりお礼を申し上げます。
私はお金を盗ってもいないのに2012年10月11日に逮捕され、私の指紋もついていないし、防犯カメラの映像にも、私がお金を盗っている映像は全くないのに地裁で有罪。高裁では、専門会社の鑑定で、防犯カメラの映像から、私が封筒にさわっていない事を明らかにしたのに有罪という不当判決を受けました。最高裁に上告し、2017年3月10日に、やっと逆転無罪の判決を勝ちとることができました。
今後は私の様な冤罪の被害で人生を失う人が出ない事を切に願いますが、その為に、私の事件の真実を一人でも多くの方に口コミで語り続けて頂く事も、冤罪被害の防止につながると思っております。
尚、私のホームページhttp://enseki. noor.jp/や、どなたかが「一番だけが知っている」の私の部分をYoutubeにアップして下さった動画(2018年6月27日の再生回数は2万4728回でしたが、12月20日には、43万2801回になりました)をご覧頂けると、幸いです。多くの皆様にご心配、ご支援を頂きながらお礼を尽くせない皆様も沢山あり、申し訳ないと思いつつお許しを請うばかりです。       
  玉砂利の海を響かせ初詣    ひろし
  草木はや花芽確かな今朝の春  ひろし     
                            平成31年元旦   煙石 博   

2019年1月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

冤罪の無い国に

2018年12月18日         冤罪の無い国に

いつも立ち寄る本屋さんで、しばらく、「冤罪ファイル」を目にしませんでしたが、先日(12月初め)、お店の以前と同じ辺りに並べられているのが目にとまり、買い求めました。「冤罪ファイル」は、私の事件を取材して、最初から冤罪だと良識ある判断をし、機会ある毎に、真実の記事を発信して下さいました。

2018年冬号は、11月29日の発売で、「容疑者は本当に殺(や)ったのか!?新たに浮かびあがる真犯人像・・・」「そもそも事件は存在したのか、――○○事件」「第三者による犯行をも推認させるDNA鑑定。真犯人は身近にいる!?」「暗闇に消えた犯人の正体とは!?―――○○事件の真相に迫る」等々・・・。残念ながら変わらず、冤罪事件の数々が記事に取り上げられています。(次号は、2019年夏号で、5月下旬発売予定だそうです。)

 ところで、日本は、海外からも指摘を受けている冤罪大国である事を、一人でも多くの方々に認識して欲しいと思いますが、同時に、深く憂慮し何とか出来ないものかと思います。
私のケースも、失った物もあまりに大きく、今でも怒りと憤りは消えません。私は何も悪い事をしていないのに、とんでもない濡れ衣を着せられ、壊れた警察官によって、有罪のエスカレーターに乗せられた後、壊れた検事・裁判官によって、広島地裁で、お金を盗った映像も無いのに、持ったとされた封筒に私の指紋もついていない(実は封筒にも触れていない)のに、有罪とされ、広島高裁でも、証拠が無いのに有罪(懲役1年、執行猶予3年)~ここまでに2年。そして、最高裁に上告して2年5ケ月後、やっと無罪・・・しかも、それは、奇跡の逆転無罪(当時、直近5年で0.038%の無罪)だったという信じられない現実を、身をもって体験したものです。これは、絶望的な警察・検察、そして正しかるべき司法が正しく機能していない事を証明したという事でもあります。つまり、警察・検察・裁判官による犯罪だと言っても過言ではないという事を物語っております。
 私の冤罪事件で、それが白日のもとにさらされたのですから、二度と私のような悲劇を作らないようにして頂きたいのに…現実は、どうも悲しいばかりです。国の根幹である警察・検察・司法がこんな状態では・・・不信感と怒りが込み上げてきます。これでは日本の国が…と憂いますが、どうしたらいいのか、少しでも良い方向にして欲しいと強く願うばかりです。

尚、2018年5月8日にTBS系列で放送された「一番だけが知っている」の私の部分を、どなたかがYoutubeにアップして下さった動画の再生回数が、最初に気が付いた6月27日時点での再生回数は、2万4728回でしたが、2018年12月17日に40万3167回になりました。これも皆様が拡散して下さったお陰です。ご支援ありがとうございます。(Youtube動画サイトはコチラ
どうか皆様、良い年をお迎え下さい。

  立ち止まる事許されず十二月   ひろし
                                           煙石 博

2018年12月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

どれだけ記憶に残っていますか・・・

2018年12月1日  どれだけ記憶に残っていますか・・・
Youtube煙石博冤罪事件の視聴回数が32万回を超えました

 今年は戌(犬)年、とり年でもないのにバタバタ?しているうちに、早くも1年が終わろうとしています。振り返ってみると、まさに、多事多難の1年で、記憶のキャパを超える程の激難の1年でした。
私の日記を拾い読みしながら振り返ります。どれだけご記憶でしょうか…。

 2017年(去年)12月13日に、俳句の会に出席する為に行った公民館の3階テラスで、普通3月か4月に咲く菜の花が、盛んに咲いていました。

そして新年早々、2018年1月7日に大寒波が襲来。東日本、山陰、西日本各地が大雪に見舞われ、広島でも県北部を中心に、北広島122センチ、庄原76センチの積雪…。また、沖縄にも、みぞれやあられが…。長崎、熊本でも、まとまった雪が降ったと、記しています。

さらに、2月7日には、福井で大雪。4月には、鳥取県で、桜が満開の景色の中に、数センチもの積雪。

5月の半ばに、私の家の近くで、早くもアジサイが咲いているのを見て驚き、例年より、2週間くらい季節が早く進んでいると思いましたが、毎年、秋に咲く、我が家の野紺菊(のこんぎく)が、季節を間違えて、5月に何輪か花を咲かせていました。そして5月26日、奈良・京都・広島で、早くも真夏日。

 海外では、5月に、ハワイのキラウエア火山大噴火。6月初めグアテマラ火山、大噴火。 国内では、6月18日、大阪で、震度6弱の地震が起き、大きな被害が出ました。

 ところで、東京では、これまでで最も早く6月に梅雨が明け、一方で梅雨のない北海道に、梅雨前線が停滞し、大水禍。これまで経験した事の無い異常気象…私どもの時代にはなかった竜巻が、近年ちょこちょこ発生していますが、今年も、大きなものでは、6月に、沖縄で過去最大級の竜巻があり、6月末には、滋賀県の米原市でも巨大竜巻が発生して、大きな被害が出ました。

 7月には、西日本豪雨があり、6日、7日の集中豪雨では、広島市、呉市でも、大変な水害被害、山津波の恐ろしさを見せつけられました。

 7月8日の梅雨明け後、いきなりの猛暑で、一週間連続の真夏日。そして7月・8月は、命に係わる程の暑さという表現の激暑が続き、記録的猛暑に痛めつけられました。
また、台風も、記録的な数と、これまでにない勢力で、大きな被害が出ました。中には、普通、東にカーブを描くように日本列島を通過する台風が、全く反対に、東から西へカーブするという、奇妙なコースを辿りました(台風12号)。この台風は、日本列島の東の太平洋から、中部地方に上陸し、紀伊半島から瀬戸内海を通過して、九州北部に上陸した後、南下して九州沖へ向かって停滞し、その後西へと…。

さらに、9月6日には、北海道の厚真町に大きな被害を出した、震度7の大地震がありました。

思えば、地球が病んでいるかのような荒々しい天気と天変地異の1年…天災オンパレードの忌まわしい1年でした。優しいはずの、春夏秋冬の日本の四季が牙をむいたような過酷な1年…。本当に辛く悲しい事が多い1年でした。

 ところで、高島易の暦を見ると、今年の11月は一の酉(とり)、二の酉、三の酉とあり、三の酉まである年は、活気がありすぎて、火事が多いと言い伝えられているとあります。そういえば、各地で、大きな火事のニュースが伝えられ、火事が多いような…火の取り扱いにも、充分お気を付け下さい。
ご健康で、幸多き来年をお迎えになりますようにお祈りします。

   山茶花(さざんか)の散りて咲き継ぎ咲き勝り   ひろし
   立ち止まる事許されず十二月           ひろし

※Youtubeの煙石博冤罪事件の視聴回数が11月29日に32万回を超えました。私のような被害者が一人でも出ない為にも、多くの皆さんにご覧頂きたいと思います。(Youtubeのページはコチラ

※2018年3月に、作家の見延典子さん(「もう頬づえはつかない」、頼山陽関連の著書、近作では、紀行エッセイ「私のルーツ」等の作品があります。)に、ばったりお会いして、私のニュースを差し上げ、限られた短い時間でしたが、私の冤罪をお話しましたら、たちどころに、切れ味のいい文章にしてインターネットにアップし、ご支援下さっていました。迂闊にも、それに気がついたのは10月頃でした。先生のご支援に感謝しております。

※今年も、年賀状欠礼のハガキを何枚か頂き、大変寂しい思いをしています。
死んでいく者は悲しい。生き残った者も、寂しく、そして辛い…」おん身ご大切に。

皆様方のご支援に心よりお礼を申し上げます。
                                            煙石 博

2018年12月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

そういえば、今日は6年前に保釈された日でした

2018年11月7日   そういえば、今日は6年前に保釈された日でした

Youtubeの「1番だけが知っている・煙石博冤罪事件」の視聴回数が、11月6日に29万回を超えました。私の様な被害者を出さない為、クチコミで広めて下さい。(Youtubeのページはコチラ

 

夜、家で晩酌をしている時、無罪を勝ちとる会のメンバーだった或る方から電話がありました。1つは、Youtubeの視聴回数が、29万回を超えた事。もう1つは、南警察署の留置場から保釈されたのが、確か11月の7日でしたね~。という電話の内容でした。記録を見ると、確かに2012年11月7日に保釈請求3回目で、ようやく保釈許可。(28日間拘束)とありました。

あの時の事を回想してみますと、何が何だかわからないまま、やっと留置場から出られる…と、ただただ、安堵ばかりの思いでした。(私は、この時点でも、裁判では「お金を盗っていないのだから、正直に申し述べれば、真実に沿った正しい判決が出て、必ず勝てる。」と、まだ司法を信じておりました。しかし、日本の司法は、こわれていたので、広島地裁・広島高裁で有罪というとんでもない判決を受けました…。)

さて、保釈された日、我が家は、広島県警南警察署の近くで、家内が迎えに来てくれて、家まで10分位一緒に歩いて帰りました。

ところで、留置場の28日間、ヒゲは全く剃りませんでした。というのは、自分の電気カミソリは持ち込めず(凶器に使われる可能性があるからでしょう)、留置場専用の、共用の電気カミソリがあって、前の人が使った後、自分で、消毒液で洗って使うようになっていたからです。…であれば、ヒゲを伸ばしっぱなしにして居ようと…それでいいと思いました。

保釈されて家に帰った時、ヒゲは伸び放題でしたが、私は、高校の放送部の時から、森繫久彌さんが好きで尊敬していましたから、その森繫さんが、晩年ヒゲをたくわえていたので、「このままヒゲを剃らずにおこうか。」と家族に言ったら、「世間の人は、TVニュースや新聞を見て、お父さんが、お金を盗った窃盗犯だと思っているので、胡散臭いヒゲは、剃った方がいい。」と言われて、剃り落としました。

その翌日から、家族が言っていた様に、世間の人の私を見る目が、すでに違っている事を感じました。近所の人を始め、多くの人が私から遠ざかっており、絶望の思いを知らされる日々が始まりました。

考えてみると、盗ったのではないか(窃盗容疑で逮捕)とマスコミが伝えた時点から、私は、冷たい世間の目にさらされ、胡散臭い人間と見られている事に気がつくのですが、私がこれまで積み重ねてきた「信用と信頼」はすべて壊されておりました

そういえば、留置場はとんでも無い所で、思い出せば色々な事がありました。その事を時々ブログに一人言で…書きましょう。
                                
11月7日は、立冬、暦の上で冬の始まりです。私を支援して下さった皆様のご恩に感謝の日々です。お体お大事に、おん身ご大切になさって下さい。

番号で呼ぶ開錠の鉄の冷え    ひろし(2012.11.5)
 
房狭き掃き取るは皆木(こ)の葉髪(はがみ)   ひろし(2012.11.5)

 ※留置場では、部屋の掃除もトイレ掃除も、ほうき・ちりとり・雑巾を渡され、毎朝、自分でさせられました。

これは6年前、保釈されて帰宅、ヒゲを剃り落とす前に撮った写真です。


          

                                    煙石 博

2018年11月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

アクリル板をけ破るなんて・・・

2018年11月1日 アクリル板をけ破るなんて・・・

 大阪府警富田林警察署の留置場面会室のアクリル板をけ破って逃げた某氏が、世間を騒がせましたが、私も広島県警南警察署の留置場に28日間入っていた体験者として、あそこからは、とても(ネジがどうのこうのと伝えられていましたが・・・?)け破って逃げ出せるようなものではないように思います。しかし、あの出来事で、計らずも、留置されていた6年前の事が思い出される事です。

 南署の留置場は、6室か7室あり、4号室は欠番で、私は、中ほどに近い13号の独居房に入れられました。天井が高く薄暗い長方形のコンクリートの打ち抜きの部屋で、そこに、ネチネチした肌触りのビニル畳が縦に4枚敷かれ、奥の半畳に、さらにじめっとして薄気味悪い、下半身だけ見えないようになっている和式トイレの部屋。房の前は通路、その向こうに留置場警察官の机がこちら向きにいくつかありました。

 留置場に入れられる時は、手錠を外されて、毛布1枚と、芯のないトイレットペーパー1巻だけ持たされますが、枕は与えられませんし、タオル類は持ち込めません。(自殺させない為だろうと思う。)当然ですが、部屋に私物は持ち込めず、机も、他の物も全くありません。もちろん、携帯も没収されて外界と全く連絡はとれません。
 面会室に連れて行かれる時は、まず、「13号!」と番号で呼ばれて、鉄格子が開けられ、通路に出されますが、そこで手錠をかけられます。

   「13号」と呼ばれ時雨(しぐ)るる鉄格子   ひろし

 そして、少し先の出入り口まで歩いて、再び鉄扉が開けられて通路を歩き、面会室の前で手錠を外され、部屋に入ります。

面会は、弁護士の場合は何時でも可能ですが、他は、警察官立ち合いの元、1日に15分間だけで、しかも、土日の面会は許されず、週末の土日は、本当に心細く、月曜日の朝の面会までが随分長く辛い時間だった事を思い出します。

 その当時のメモの一部を振り返って見ていると…『10月17日(水)勾留6日、頭が朦朧』とあり、思考力も衰えて来たようです。『~考えてみれば、事件があったとする9月24日は、逮捕された日の2週間以上も前の話で、記憶は定かでない。私がお金を盗っていないのに、T刑事は、金を盗っている、金を盗っている。と責め立てて、刑事が作った、ありもしない、私の銀行内での犯行ストーリーを認めさせようとする~。私は、銀行内での行動内容は覚えていない。全て自信がない。確かなのは、(自信があるのは)お金を盗った記憶がないだけで、あとは刑事の問い詰め方に乗せられていったような…』とあります。また、『この調べは、私が金を盗ったと決めつけた事から始まっている…⁈』ともありました
 『10月19日(金)検察庁へ…N検事と接見。私がお金を盗っていない事を懸命に説明したが、検事から「ゆうべ何回も防犯カメラの映像を見たが、お金を盗ったのは、あなたに間違いない。」と言われる。しかし、この時点でも証拠の防犯カメラの映像を私に見せてくれない。それどころか「お金を盗ったか盗らないかは別にして、被害者?に金を払えば済む事です。」と言われて愕然とし、示談ばかりを勧める検事が「裁判しても、日本の司法は、99%有罪だ。」と豪語。「死ぬまで裁判する事になって、人生を棒に振った者がたくさんいる。」と脅し、示談を強要するばかりで、検事も公正・中立に、事件の内容をよく見て判断してくれなかった』とメモしていました。 思い出しても、今でも憤りと怒りが込み上げて気分が悪くなります。

 10月の何日なのか、数日いい天気が続いていた様で…『秋祭りの子ども神輿の声が弾んでいた。』とあり、『夜中にいつも何回か目が覚めるが、朝4時頃目が覚め、うす暗闇の中で俳句が浮かんだが、紙と筆記用具がない。(夜9時から、メモ用紙と筆記用具、更に、眼鏡も毎晩取り上げられている)思いついたのは、トイレットペーパーを細いこよりにして、ちぎり、それをカタカナ文字にし、警察官に見つからない様に房前面の小さな死角スペースに並べた。それを、昼に紙と筆記用具をもらって、記録』

   天高し地に我が疑惑晴らすべく   ひろし

 朝早く、2階屋外の細長く狭い通路を、一人20分位左右に歩ける運動の折…

   秋の空うそ偽りのなき高さ   ひろし

そして雨の日…

   秋雨や窃盗容疑晴れぬ日々   ひろし
このあいだ、道に何か落ちていると思い、拾おうとしたら、「歳(とし)…」でした。そうか…11月2日は、私の誕生日…「61歳だったか、62歳だったか…いや、71歳だったか、72歳だったか、何歳だったか・・・危うい?」そういえば6年前の誕生日は、留置場の中で迎えた…。その数日後、大学の何周年かの記念同窓会へ出席できず、私は窃盗の汚名を着せられて留置場の中。同窓の知り合いは私の事をどう思っているだろうと屈辱的な思いに沈んだ事を思い出しました。

   晩秋の音冴え冴えと独居房     ひろし

  「施錠よし」と房の復唱冬隣(ふゆどなり)    ひろし

 

動画投稿サイト「Youtube」に「1番だけが知っている」の煙石事件の投稿がありましたのでご参考までに・・・多くの方々から関心が寄せられています。

             

           (Youtubeサイトはこちらをクリック →  クリック )

 よろしかったら、ご覧になって下さい。(※2018年10月31日時点での再生回数 28万0292回

私の事件は、私だけの問題ではありません。私のような被害者が、私の後に出ない為にも、一人でも多くの皆様に真実を知って頂きたいと思っています。

                                            煙石 博

2018年11月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2018年10月11日  あれから6年、激白 忘れる事のできない忌まわしい逮捕の朝・・・。

2018年10月11日  あれから6年、激白!忘れる事のできない忌まわしい逮捕の朝・・・。

下記は、一部加筆した新しいブログです。(2018年10月19日修正)

 私が窃盗の濡れ衣を着せられた冤罪事件があったとされるのが、2012年9月24日(月)。――突然の逮捕は、なぜか半月余りも後の、10月11日(木)朝。

 刑事二人が、突然、我が家にやって来て、私が近所の銀行のロビーで、お金を盗ったという、身に覚えのない窃盗容疑をかけました。(むしろ、すでに窃盗犯と決めつけて来たのだと確信します。)

 刑事が「防犯カメラに証拠が映っている‼」「~左手で左胸のポケットに、金をねじこんだんじゃ‼」と、自信たっぷりに言うので、私は「そんな事をする訳がない。お金を盗ったと言うんなら、証拠という防犯カメラの映像を、ここに持って来て、見せてくれ。」と、何度も頼みましたが、刑事は「見せるわけにはいかない。」と言って、見せてくれませんでした。(後で、防犯カメラの映像から、着ていたシャツは、胸ポケットのないシャツだったという事がわかり、私が封筒からお金を盗っている所や、封筒を手にしている映像はありませんでした。また、持ったとされた封筒に、私の指紋は、ついておらず、私が、封筒にふれていない事も鑑定されました。つまり、盗った証拠が無いのに、私が記帳台に近づいたという事をもって、私を犯人と決めつけていたのです。)

 盗った、盗らないで、刑事と激しいやり取りが2時間余り・・・。昼前に、逮捕状の呈示もなく、家の近くの広島県警南警察署に連行されました。警察のワゴン車の中で、降りる前に手錠をかけられ、そのまま署内に連れて行かれましたが、かなりの署員の視線を浴び、気が動転して、頭は混乱状態になりました。

 取り調べ室で(取り調べ室と言っても、あんなの取り調べではない、最初から私を犯人と決めつけて、お金を盗ってもいないのに、盗ったと自白させるための部屋でした。)しばらくあって、頭が混乱している私の前で、刑事が、外に向かって大きな声で、「報道(マスコミ)は来とるか‼」と言ったので、「ちょっと待って下さい。私は犯人ではありません。マスコミには、まだ発表しないで、よく調べてからにして下さい。報道はそれからにして下さい。」と、懇願しても聞き入れてもらえませんでした。

今でも鮮明に記憶しているのは、刑事が「マスコミは、ニュースを欲しがっとるんじゃ。‼」「マスコミは、わしの言うのを、そのまま、垂れ流すんじゃ‼」と、脅しの様な言葉。何とも無茶苦茶で、その刑事の方が犯罪者だと、今でも怒りが込み上げてきます。

 マスコミ報道は、テレビが、逮捕されたその日の夕方に、私が窃盗容疑者として逮捕されたと報じ、翌日の朝刊各紙も、取り調べもしないひどい警察発表を、刑事が言った通り、そのまま報じました。
この時から私は、窃盗犯として、白い目で見られ、後ろ指を差される人となって、人権も、人生も一気に失ってしまいました。取り返しのつかない恐ろしい事です。

 私は、社会に出てこれまで、人に迷惑をかけないように、信用、信頼を大切にという物差しで、正直に生きてきた人間ですから、最も苦痛な事でした。

 取り調べでない取り調べの中で、刑事は「マスコミが報道したけえ、もうみんなが、お前を窃盗犯じゃ思うとるんじゃ‼」と、何度も脅迫する様に言い、自白を迫りました。

 さらに「窃盗を認めりゃぁ、ここ(留置場)を出られる。人の噂も75日、世間はすぐに忘れる、すぐに社会復帰できる~」と言って、強引に、自白へと誘導していきます。(やってないのに、やったと認めると、やったという作り話を作文されて、ニュースで報道されるという訳です。社会復帰は、まず不可能です。)今思えば、これは刑事による大きな犯罪です。私は何も悪い事をしていません。

 思い出すのもおぞましい、6年経っても、気分が滅入ってしまう記憶で、忘れる事も出来ない事です。思い出すと今でもはらわたが煮えくり返ります。

 こんな事は、私の後に絶対にあってはいけません。私のような被害者が出ないことを願うばかりです。私の事件を忘れないで下さい。政治家の先生方も、思想信条を超えて、超党派でこの改革をして頂きたい事だと、私の悲劇から訴えたい思いです。

最近思うのですが、今の時代の私共は、世の中が、余りに多事多難過ぎ、1つの出来事に、いつまでもこだわっておれない、次々と、大変な事が起きるものだから、過去はすぐに、忘却の彼方へ・・・。時の流れが早過ぎるような、極端に言えば、ひと月前の出来事が、昔の1年前の出来事のような感覚で、・・・。しかし、私が体験した悲劇は、忘れる事はありません。

どなたかがYoutubeにアップして下さった『煙石博さん冤罪事件』の視聴回数は、9月23日(日)に23万回を超えました。
10月10日(水)21:30現在の視聴回数は、23万9478回です。
パソコンやスマホで視聴できるので、知り合いの方にさらに拡散して頂けると有難いです。

☆10月19日(金)AM7:00現在の視聴回数は26万0712回です。
                                         煙石 博

2018年10月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2018年10月1日   お月様は見ていらっしゃる

2018年10月1日   お月様は見ていらっしゃる

皆様には多大なるご支援を頂き、有り難うございます。Youtube「煙石博さん冤罪事件」の視聴回数は6月27日には2万4728回でしたが、9月28日には、23万回を超えました。パソコンやスマホで視聴できるので、知り合いの方にさらに拡散して頂けると有り難いです。

今年の夏は、これまで経験した事の無い暑さ、激暑が長く続き、やっと迎えたという感じの秋でしたが、どっと夏の疲れが出ました。皆様におかれましても、呉々もお体ご自愛なさって下さい。

  天災の多く悲嘆の虹と遭ひ     ひろし

それにしても、今年は、天災に次ぐ天災。6月・7月は、例年の梅雨とは違った、怒りのこもったような荒々しい天候で、梅雨末期の送り梅雨は、西日本豪雨となって、各地に大洪水の被害が出ました。梅雨は早く明けたのですが、いきなりの猛暑・激暑に熱中症続出・・・。
本当に何かが壊れてしまったような激暑の日々。おまけに、台風シーズンではない時期に台風の襲来・・・しかも、これまで見た事もない、東から西へと逆方向に向かう奇妙なコースを辿ったり、スケールも、これまでのものとは違う異常さを感じるものでした。水害、台風、そして地震・・・何か日本が、いや、日本だけではない、地球が病んでいるかのような天災が続きます。これ以上、天災が無いよう、願うばかりです。
そんな中、私共の現実社会に目をやると、人間が、変な事ばかりやっていて、無茶苦茶な事が多すぎます。次から次へ理不尽な事が明らかになり、私共の常識では許されない事が、あまりにもあり過ぎます。そこには、人としてやってはならないでしょうと思うような、良心の無い、常識を失った傲慢な考え方や、やり方がまかり通っていて、怒りを覚える事ばかり・・・。私の冤罪事件に関わった刑事・広島地裁・広島高裁の検事・裁判官においても、その一例だったと思います。私は神仏に誓っても間違った事はしておりません。

私共の先祖は、大自然には神が宿り、天災等が続くと、天の怒り、神の怒りではとも受け止めて、自らを律し、戒め、自然からも謙虚な心を学んだのではないかと思いますが、今の世に、それは・・・。

ところで、10月は、後の月という名残の月をめでる十三夜(栗名月・豆名月)の月見の月です。今年は10月21日土曜日(旧暦9月13日)です。昔の人々は、地球を見続けてきたこのお月様を、神仏をあがめるように、尊く見上げていた事でしょう。穏やかな実りの秋が深まってゆきますように・・・。 

  夜半の秋宇宙の果ては星の闇   ひろし
  秋天に宇宙を背負ふ水の星    ひろし

煙石 博     

2018年10月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien