2022.10.1(旧暦9月6日)「あれから10年…」。独房日記⑮ある日の食事メニュー

2022.10.1(旧暦9月6日)「あれから10年…」。独房日記⑮ある日の食事メニュー

 数字から受ける印象は、さまざまありますが、私が、身に覚えが無いのに突然逮捕されたのが、2012年10月11日(木)。無理やり、広島県警南警察署の鉄格子の中へ…。
 押し込まれた独房が「13号」でした。実は、私より少し前に冤罪被害者となって、後に、えん罪を晴らし、無罪を勝ちとった元厚生労働省の村木厚子さんが、大阪拘置所で「13番」の(こちらは私の“13号”と違い“13番”でしたが…)独房に入れられて居たそうです。私と同じ、「13」…「13」に込められた意味…何かあるのかどうか…。

ところで、これも、数字での印象・イメージについて、友人からのメールの一部です。

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「ワシは、1と、11と言う数字に、何かの因縁を感じている!!
2001年9月11日「アメリカ同時多発テロ(旅客機がビルに突入大惨事、他の州でも突っ込んだ)」
2011年3月11日「東北地方での大震災・大津波、大惨事」
2012年10月11日「貴兄が冤罪逮捕された日」
2017年3月11日「貴兄が最高裁で、3月10日に、逆転無罪判決を勝ちとった事が、その翌日の3月11日の新聞で報道された…。」

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 以上、私を気遣ってくれる友人からのメールでしたが、成る程、そう言えば…。有り難うございました。
 しかし、今振り返っても、凄い闘いでした。ご支援下さった皆様のお蔭で、最高裁での、逆転無罪を勝ちとれ、無実が証明されました。感謝の気持ちで一杯ですが、そもそも、2012年10月11日(木)…あれから10年たちました。しかし、あの日の朝の出来事は、毎年、秋は巡って来るのですが、何年たっても、悔しくて、腹立たしくて…。

 10月11日の、私が逮捕された日の夕方(私は既に鉄格子の中)、あとで、家族や、知人から聞き、愕然としたものですが、広島の各テレビ局のニュースで、「元RCC中国放送アナウンサー煙石博、窃盗容疑で逮捕…」と報じられ、あるローカル放送局からは、翌朝、東京のTV局(キー局)へ、「のぼりニュース」と言いますが…関東圏にまで報じられた様です。そして、当然ながら、新聞報道もされました。
 これらの報道によって、私が、それまで、正直に、真面目に、長い間、積み重ねてつくり上げて来たつもりの人格、信用、信頼、そして、人との絆が一瞬に破壊されてしまい…恐ろしい事です。これで、全てを失ってしまいます。それによる心への衝撃も大きく、私の人生をすっかり変えられてしまいました。
 冤罪は人災、まさに、凶器無き殺人です。絶対にあってはなりません。

 しかし、残念ながら、日本は、えん罪大国…の様です。
 ぬれ衣をきせられて、無罪を勝ちとるまでの大きな精神的苦痛、重圧は勿論、相当な金銭的負担…さらに、家族はもとより、多くの皆さんにかけた、お金に変えがたい労苦は、計りしれないものがあります。
 しかも、無罪を勝ちとったとはいえ、もともと、無実なのですから、当然の事…虚しいものがあります。それに、返って来たお金は、僅かばかり…だったのが、真実です。
 えん罪を出した場合は、もっともっと高い賠償、ペナルティー補償を課せば抑止力になりはしないか等と、虚しい思いを巡らせたりします…。

 今も思い出すのですが、検察庁に行かされた時、検事が自信たっぷりに、「金を払ってすまさないと、裁判になって、日本の司法は、99%以上有罪になるんだ!!死ぬまで裁判する事になるぞ」と言った恐ろしい言葉を、今でも忘れる事ができません。これは、日本では、無実の人が、いかにたくさん有罪にされているかの、あかしでもありましょうか。

 ところで、10月後半の留置場でのメモを読み返すと、「朝から、秋祭りの子供みこしの太鼓や祭笛、子供達の弾んだ声が聞こえて来る…」とありました。 当時の独房吟です。

     天高し地に我が疑惑晴らすべく     ひろし

 寂しいブログになって、ゴメンナサイ。
     
        改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑮「ある日の食事メニュー」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)

 留置場に入れられ、金を盗ってもいないのに、示談、つまり、盗った事にして(盗ったと決めつけられた66,600円に、何故か+αの金額)、10万円を相手に支払えと言う、とても納得できる事ではありません。示談に応じると、金を盗っていないのに盗った事にされ、窃盗犯にされる訳です。
 自白、示談を執拗に強要され、負けそうになりながらも…盗っていないので、自分にウソをつきたくもありません。懸命に無実を主張し続けましたら、10日間の勾留後、さらに10日勾留が延長され、結局、この20日と、何故か、さらに8日勾留され、28日勾留されました。

 そんな中の10月23日のメモに、昼食のメニューを書いていました。 
 「コロッケ、ゴボウ、オスのシシャモ(子を持っていないシシャモ)、炒り玉子、厚揚げ、タクアン2切れ、それに、これは、毎食お決まりのパターンで、ごはんの真ん中に、小さな梅干しが添えられている古典的な?日の丸弁当スタイルの幕の内弁当。」
 又、11月4日のメモには「タクアン2切れ、おかず4品と、小さな梅干しが添えられた御飯」とありますが、、おかずのメニューが豊富で、毎食、工夫を凝らしてあり、辛く、悲しい日々にあって、3度の弁当が唯一の愉しみで、大変おいしく頂きました。
 三度の食事を、おいしく、きっちり頂いた28日でしたが、留置場をあとにする時の体重測定で、何と3キロ…痩せていました。 いかに過度なストレス、心労であったか…。

これは、刑務官が私に言った言葉です。「あんたが食べる幕の内は、ワシらが食べる弁当の、「おかず」が一品か二品、少ないだけじゃ。ありがとぅ~思おて食え。」
 ―― 次号へ続く ―― 皆様には、お元気で実りの秋を満喫されます様にと思います。                        

     川風に乗る鳥一羽天高し        ひろし
     酒一合まず酌み交はし走り蕎麦     ひろし
                            煙石 博

2022年9月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien