コロナの事も気になりますが…銀行の防犯カメラ、1秒の空白は何…?

2020年5月30日 コロナの事も気になりますが…銀行の防犯カメラ、1秒の空白は何…?

 コロナウイルスと向き合う日々を余儀なくされる毎日が続き、色々な対策が講じられて来た中で、様々な事も見えた様な気がします。例えば、国と地方自治体の権限等のあり方も…それでいいのかどうか…。自粛の形や、経済対策…。又、心配される第2波・第3波の流行にどう備えるのか…。そして、近年、日本はオリンピックに向けて(1年延期となりましたが…)外国人観光客を当て込んで、経済面でも膨らんできた社会…それを当てにしていた業界、お店等がどうなって行くのかも心配されます。

 さらに、オリンピックが開催出来たとしても、世界中が、コロナウイルスという不安定要素を抱えてしまった中で、選手は勿論ですが、外国から多くの皆さんに来て頂けるのかどうか、そして、どうおもてなし出来るのか…。その前に、いつになれば、安心して外国人観光客を受け入れる事が出来、その対策をどうすればいいのか、どうすれば、コロナショックから立ち直れるのか、あれやこれやと憂慮される所です。

   雨粒の涙顔なる苔の花   ひろし

 そんな混乱のさなか、突然、降って湧いた、黒川検事を絡めての検察官の定年延長問題を巡る、不信一杯な話…「検察庁法改正案」は、検察OBや、一般世論の反対意見も高まり、結局、見送られましたが…。今回の事、とても良かれとは思えません。

 私は、定年過ぎて、人生の最後で冤罪と言う悲劇を体験し、「警察・司法の世界が壊れている」と言う、本当に嫌な事を身を持って知る事となりました。この体験から、他にも多くの冤罪被害が出ていて、日本の司法の有罪率99%以上と言う数字は、それを物語っていると言う事も知りました。黒川検事と検察官の定年延長を巡っての国会でのやり取りを見ているうち、広島地裁、広島高裁で、私が受けた信じられない、ひど過ぎる裁きを思い出しました。私も、そんな嫌な事は忘れたいのですが、警察・司法への不信感は拭いきれず、再び冤罪への怒りが込み上げて、やり場のない思いでいます。私が経験した警察・司法の許されない真実の一端を思い返してみます。これは、今のままだと、私だけでは無い、誰の身にも降りかかって来ると言う大問題で、絶対に、他人事(ひとごと)ではありません。
 まず、私の冤罪事件は、警察官が、善良なる一市民の私を、常識で考えても有り得ない、筋も通らない犯行ストーリーをデッチ上げて、逮捕状もなく、私を逮捕して手柄にした事から始まりました。警察官がデッチ上げた犯行ストーリーは次の通りです。

 ◎私の住んでいる町内の、いつも出入りしていた、広島銀行大河支店の狭いロビーの記帳台に、女性が置き忘れた?とする封筒を、私が盗って、数歩、歩いた場所で、中の66,600円(現金だけ)を抜き取り、そのあと、わざわざ元の記帳台まで歩いて行って、元の記帳台の同じ場所に、税金の納付書が残った封筒を戻したと言うものです。これらの事を、狭い銀行で、行員やお客さんのいる衆目の中で行ったというのです。

 ※お金を盗ろうとすれば、まず、発見した封筒を手にして中を覗いて、お金があると言う事を確認しなければ、盗ろうという動機は起きないのに、後に見せてもらった防犯カメラの映像には、勿論、そんな場面はありません。また、金を盗るのであれば、封筒ごと全部盗って帰るし、わざわざ証拠にもなる封筒を記帳台まで歩いて行って、戻して帰りません。しかも、その封筒には、私の指紋は、検出されていません。私は、その後、前もって払い出しをお願いしていた500万円を受け取って帰宅したというものです。

◎逮捕状も無く逮捕されて、広島県警南警察署の留置場に入れられましたが、取り調べは、とても取り調べと言うものでは無く、私が盗っていない事を、声がかれる程、一生懸命に説明し訴えましたが、全く耳を貸さず、刑事は「防犯カメラの映像に盗った所が映っている。証拠は沢山ある。」と、強調しながら、映像を私に見せる事なく、28日間も、留置場に入れて精神的苦痛を与え、机を叩き、威嚇して、ひたすら、盗っていないのに盗った事を強引に認めさせようと、自白を迫るばかりでした。

 ◎警察官は、初めから、盗ったお金を「左手で左胸のポケットにねじ込んだ。」としたが、銀行に着て行ったシャツは、左胸にポケットの無いシャツである事が、防犯カメラの映像で確認出来ました。結局、裁判では、盗ったお金を、どこにどうしたかについては、一切触れないで、初めから、警察官のデッチ上げたストーリーを鵜吞みに、論理矛盾を隠そうとするもので、非科学的で理屈の通らない有罪ストーリーを正しいと認め、有罪へのエスカレーターに乗せられた様な壊れたものでした。「警察・司法」の組織に自浄能力が無い事なのか…。こんな事はあってはなりません。悪い刑事の、卑劣で執拗な自白の強要に負けそうになりながら耐え、自白も、示談もしないで、裁判する事に決めた後、証拠の防犯カメラの映像の一部、数秒間の物を、数カット見せられましたが、何が何でも、自白させる(お金を盗っていない私に、盗ったと言わせる)為に、修正したのではないかと思える映像もありました。※盗った証拠も無いのに、私を犯人にデッチ上げようとした刑事、数名に、何のおとがめも無いと言うのも、納得出来ません‼

 ◎さらに、広島地検の検事には、私が盗っていない事を必死に訴えましたが、「煙石さん、お金を盗ったか盗らないかは別にして、66,600円にイロを付けて、10万円払えば済む事です。」(のちに、「きりのいいところで10万円払えば…」と、表現を変えた様にも思いますが…。)又、この検事は、「私は、何回も防犯カメラの映像を見ましたが、あなたは、お金を盗っています。」と、自信たっぷりに説明し、私には防犯カメラの映像を見せる事なく、示談を迫るばかりでした。しかも、この検事は、私に示談を迫ったあと、私の家族と接見し、家族にも、防犯カメラの映像を見せる事なく、(お金を盗っている映像は無いのに)「私は、何回も防犯カメラの映像を見ましたが、お金を盗っているのは間違いありません。」と、説明して、身振り手振りで、この様にしてお金を盗んでいますと、大ウソをついて騙し、示談する方向に誘導しました。
 ※後に、裁判になって、防犯カメラの映像を公開してもらいましたが、私がお金を盗っている確たる場面はありませんでしたから、見せなかったという事です。

◎結局、広島地裁では、防犯カメラの映像にお金を盗っている映像が無いので、封筒に私の指紋がついていないのは、「封筒に指紋がつかない事がある。」とし、「封筒があった記帳台の上面に触れたのは、被告人、煙石だけだから、煙石が、お金を盗ったと、強く推認する。」として、懲役1年執行猶予3年と言う、あり得ない有罪判決が出されました。怒り‼(※防犯カメラの映像は、後に弁護士さんが専門の鑑定会社に頼んで鑑定してもらうと、私が、封筒に触れていない事が証明されました。)

 ◎そして、広島高裁では、「防犯カメラの死角をついて金を盗った」として、地裁と同じ有罪判決。これについては、狭い銀行の、数台ある防犯カメラの、ⒶカメラからⒷカメラへ移動する間、なぜか、私の姿が映っていない1秒間があったのは確か…。しかし、専門会社が、狭い銀行内の防犯カメラを設置する時、そう言う空白は作らない様にすると思いますし、私が映っていない1秒の時間があった事に加えて、その1秒でお金を盗ったと推認された事が…腑に落ちません。しかし、1秒の空白がある映像でも、それを見ると、私は、ただ自然に歩いているだけの動作しかしておらず、この1秒に、金を盗って隠す様な仕草を推定する事は無理。とにかく、1秒では、お金を抜き盗って、隠す事は出来ません。

 話は、初めに戻りますが、コロナ問題で大変な時に提出された、黒川検事長を絡めての、検察官の定年を巡る問題は、不透明で、納得出来そうもなく…クローズアップされる形となった黒川検事長は、新聞記者と賭けマージャンをしていた事で、辞意を表明。これで幕を引く様な問題では無さそう…しかし、彼が、これまでにどんな仕事をして来たか、その一部を、新聞やTV、ネット記事で見ると…一般国民には納得し兼ねるものが幾つもあり、その大きな不信感に、冤罪の被害に遭って、人生も、多くの友人・知人を失った私も、憤りを覚える所です‼・・・いささか疲れました。マグマの様にたまっていた怒りが、又、又、爆発したもので…お許し下さい。
 最後に、新型コロナウイルスは、簡単には退治できない様で、ワクチンが出来る迄、当分、不自由な生活をしながら暮らしていかなければならないと言う事の様です。
 今はまず、コロナ対策ですが、同時に冤罪等を起こさない、司法を正す改革もお願い出来ませんでしょうか。

      憂い事あるやにバナナ湾曲す    ひろし
      フーテンの寅は昭和やバナナ買ひ  ひろし

 コロナウイルスには、まだまだ油断できず…。おん身ご大切に。共に頑張りましょう。
特筆 私の無罪判決が出た時の最高裁の裁判長、「鬼丸かおる」元最高裁判事が2020年春の叙勲で、「旭日大綬章」を受けられました。心よりお祝い申し上げます。

      旭日にかおるや富士は薫風裡(くんぷうり)  ひろし

煙石 博

2020年5月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

「朝の来ない夜は無い」 祈・コロナ終息。頑張りましょう。

2020年4月26日 「朝の来ない夜は無い」 祈・コロナ終息。頑張りましょう。

 新型コロナウイルスにすさむ世となって仕舞い、見えない敵との闘いが続きますが、そんな不安な日々の中、目に眩しい青葉若葉が、今年は、ひときわ、悔しくも、恨めしく燃え、季節は風薫る緑の五月へと…。

   コロナ禍(か)の大逆境の風若葉   ひろし

 このウイルスは、米粒の5万分の1という、電子顕微鏡でやっと確認できる程の超微粒子だそうで、質(たち)の悪い所が様々あり、飛沫や、付着した物から感染を拡げると言う、非常に強くて、厄介なマイクロウイルスだそうです。 あるお医者さんは、皮肉を込めて「とても、よく出来たウイルスです。」と表現していました。
 さらに、何も症状の無い無症状感染者が、知らないうちにウイルスを飛散させると言う大変厄介な敵で、大都市では(4月24日現在)市中感染が、かなり拡がっています。
 このウイルスは、自分が生きる為に、人から人へと取り付いて、急速に疫病が拡がって行くと言う、大変怖いものです。
 以下は、4月19日(日)のTVの報道番組で見た事で… 爆発的感染となったニューヨークで働く日本人男性医師(49歳)が、自らコロナに感染して、頭痛とものすごい倦怠感の末、限界を越えた様な熱と痛みと頭痛を伴って…死線をさ迷い、紙一重でこの世に生還した、思い返したくない恐怖体験として、日本の皆さんの為にと、まだ闘病やつれそのままの表情で話していらっしゃいました。この先生は、日本の私共に対して、

 ①酸素投与も受けていない軽症者だったのに…。
 ②「8割が軽症」と言う説明は、軽いカゼの様に思わせてしまうところがあって、余り良くないと思う。
 ③日本は大丈夫だろうと思っている方も、非常に沢山いらっしゃるんじゃないかと思いますが、本当に、経済も度外視して、みんなで家に閉じこもらないと、大変な事になる…もう既になって来ているのかもしれない…
(4月19日現在)

と言う、日本の私共に対して、鬼気迫る指摘をし、警鐘を鳴らしていらっしゃいました。

 今、日本は国難状況にありますが、私共が出来る事は、感染を拡げない為に努めて家を出ない事が、誰かの命を救う事にもなると言う事でしょう。 早く光が見えないものか…。
 これは、私が以前から思っていた、個人的で希望的な思いですが、日本は、アメリカやヨーロッパの国々には無い、雨の多い国で、これがコロナウイルスの狼藉を少しは弱めてくれるかも知れないと思ったりします。
 雨が降れば、飛散、浮遊して長く漂っているウイルスも、雨に洗われ地面に落ちて流されます。地面に落ちたウイルスが靴の底に付着したとしても、欧米では、外から帰って、靴をはいたまま部屋で生活しますから、靴底についたウイルスが部屋の中にまで入ってきますが、日本では、玄関で靴を脱いで家に上がりますので、そこでウイルスを防げます。そして、日本人は衛生観念が高く、清潔な生活習慣が日常的に身に着いていますし、挨拶も、握手ではなく、お辞儀です。欧米の様に、日常、ハグやフレンチキスをしませんし、とにかくしばらく、おとなしく謹んでいれば、何とか、おさまってくれるのではないか…。
 コロナ感染が、欧米の様なオーバーシュートしない事を切に願うばかりです。(4月24日現在)ここは、とに角、我慢と辛抱で乗り切りたいものです。

 そして、雨が味方をしてくれるかも知れないと言う私の思いは、特に、5月半ばを過ぎると、走り梅雨があって、6月は梅雨で雨の季節。(今年の梅雨は、恵みの雨をもたらす、優しい梅雨であってくれる事を祈ります。)
 私はコロナ籠りで、自粛生活。毎晩、家飲みでアルコール消毒していますが、先日のお昼、ウオーキング中に、チョウチョが2匹、縺(もつ)れる様に(濃厚接触?)飛んでいるのを、 足を止めて、しばらく見て居ました。

   コロナ禍(か)を知るや知らずや蝶(ちょう)縺(もつ)る   ひろし

 これは、4月の始め、ある方に電話をした時、話されたのですが「悔しいけど、今年はもう無かった事にしようと思った方がいい。改めて来年頑張ろうという気持ちでやりましょう。」と言われた事に何となく納得。 今年は、一点集中。コロナと向き合って、敵はコロナ‼ と気持ちを切り替えて、他の事は仕様がない…無理せずに生きた方が、気分が楽になる様な…。『生姜(しょうが)なければ茗荷(みょうが)で済ませ』仕様がなくても、何とかしましょう。知恵を出せば、何とかなるさ‼
   このコロナウイルスとの闘いが、早く良い方向に…終息してくれる事を祈ります。皆様も、ご用心され、呉々も、お身体ご自愛なさって下さい。          煙石 博

2020年4月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

ムーンライト・マスクマン…月光仮面…コロナはクルナ

2020.4.1 ムーンライト・マスクマン…月光仮面…コロナはクルナ‼

外に出ると、あちらも、こちらも、そして私も、マスク、マスク、マスク…。 世界中、コロナウイルスの脅威にさらされて、大変な4月になりました。
 そう言えば、私共の少年時代、TVに、「鞍馬天狗」「月光仮面(そのまま英訳すると、ムーンライト・マスクマン)」と言うヒーローがいて、どちらも、目を残して覆面で顔を覆っていました。このマスクマンは、正義の味方…立ち向かってくる悪者を倒してくれるヒーローでしたが、今の、我々マスク姿の人間は、目に見えない、悪い透明人間の様なウイルスとの闘いですから、始末が悪い。

     何も彼(か)も世は冴(さ)え返りウイルス禍   ひろし

 思えば、今年の旧正月(今年は例年より、ずいぶん早く、今の暦で1月25日)より前…その頃、どうも、中国の武漢という所で発生した新型コロナウイルスによる、咳(せき)を伴う熱と肺炎の感染症で、大変だと言うニュースが報じられてより、その後、よもや、世界中をこんなに震撼させる、大疫病騒ぎになろうとは…。
 そして、ダイヤモンドプリンセス号の乗客に罹患者が発見されてからの混乱…。その頃は、日本に暮らす私共には、これらの事は、まだ対岸の火事、この新型ウイルスは遠いもので、申し訳なくも、まだ、他人事(ひとごと)という感じでした。
 当時、行きつけの居酒屋に入店する時、ブラックな冗談で、「今、フカンショウ(不感症)?から来ました。」と言うと、馴染み客が、「そりゃ、武漢だろう…。」と、皆、笑ってくれていました。
 その後、プリンセス号の混乱が大きくなり、さらに、そののち日本での感染者が次々と出始める様になると、人前で、咳をするだけで、白い眼で見られる様にもなってしまいました。明治・大正時代の俳人で、のちに、寺男もして托鉢生活をし、自由律俳句の短律の特異な句境を開いた尾崎放哉(ほうさい)の、「咳をしてもひとり 放哉」という句がありましたが、それは、それこそ、「咳をしても白い眼 ひろし」…… そんな訳で、マスクも足りない騒ぎにもなりましたが、私共の世代にとっては、使い捨てのマスクをする様になったのは最近の事で、昔は、洗って使える布マスクをいくつか持っていて、それを洗って使っておりました。最近は、それに気づいてか、使い捨てではないマスクを持つ人も増えている様です。
 そのうち、感染は次第に世界各国にも拡がり、急激な感染拡大の為、外出禁止令も出てのゴーストタウン状態や、死者の数がニュースで伝えられる度に、不安が高まります。

  こちら、日本でも、春の訪れ等と共に、人の動きが活発になって、関東圏で、不要不急の外出以外は外に出ない様、自粛要請も出されましたが、当初、反応がにぶく、都心部で、昼・夜問わず、自粛しているとは思えない雑踏が、TVに映し出されていました。少し話が変わるかもしれませんが、つまり、これは日本人の心理の中に、今までに経験した事のないコロナウイルスに対して、まさか、自分は感染者にはならないだろう…と言う、まだ、「他人事(ひとごと)認識」がある事も、原因のひとつではなかったかとも思います。
 「他人事認識」と言いますと、私が身をもって経験した冤罪についても、ほぼ同じ事が言える様です。冤罪に対する一般の皆さんの認識は、その多くが、「あの人は、運悪く、たまたま冤罪に巻き込まれたのだろう。まさか、自分には、そんな事は起きないだろう」という、まだ「他人事認識」がある様です。
 このブログの最後に申し添えますと、逮捕・起訴されると、99.9%有罪と言う、日本の司法の有罪率は大問題なのですが、そもそも、国民の多くが、冤罪に対して、この「他人事認識」を持っているスキをついて、正しかるべき警察・司法が、論理的でなく、公正・中立・科学的でなくても、確たる証拠が無くても有罪と言う、信じられない間違った事をし、冤罪を出し続けるのだと言う事を、身をもって知らされました。私の体験から、そんな日本の警察・司法のあり方を正しく改めていかなければ、日本の冤罪は起こり続けると言う絶望的な思いを抱くばかりです。

     ウイルスの不安の空を燕来る       ひろし
     「考える人」も朧(おぼろ)のロダンの像   ひろし

 この、我々人間と、コロナウイルスとの闘いが、少しでも早く良い方向に…終息してくれる事を祈るばかりです。 皆様におかれましても、ご用心され、呉々も、お体ご自愛なさって下さい。
                                       煙石 博                              

2020年4月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

「光の春」よ、万物再生の兆しを…

2020年3月1日      「光の春」よ、万物再生の兆しを…

 世の中、コロナ…コロナ…で大変です。この冬は、大暖冬ではありましたが、例年、2月の立春から3月のお彼岸の頃に向けては、「光の春」と言われもして、寒さの中にも日の光に力がこもり始め、空が明るくなって、心弾む時期の筈ですが、今年は、コロナウイルスへの恐れと、厳戒態勢の中で、不安と厳しい緊張感に包まれています。何が何でも、この状況を乗り越え、新型肺炎の終息を願うばかりです。1日も早くコロナウイルスを封じ込めて、平和な日常が戻って来る事を祈ります。

 ところで、3月と言うと、私にとって、ひとたび命を絶たれた人生を取り戻す事が出来た月です。振り返れば、4年5ヶ月にわたった私の冤罪裁判で、3年前の、2017年3月10日午後3時からの、最高裁判所第2小法廷で、鬼丸かおる裁判長より、「広島地裁・広島高裁の判決(お金を盗った証拠も無いのに、懲役1年執行猶予3年の判決)を認めると、著しく正義に反するので、無罪‼」という正しい判断が下され、私の冤罪を晴らす事が出来ました。ご支援下さった多くの皆様に心からお礼を申し上げるばかりですが、私の冤罪事件に関わった、広島のひどい警察官、検察官、裁判官の不正義に「煙石は無実‼ ひとごとではない、明日は我が身」と立ち上がって下さった無罪を勝ちとる会の皆様、RCC中国放送OBの皆様、私の友人、知人、恩師…沢山の皆様のご支援に、お応えする事が出来た日です。

 その判決の日の様子を記したブログの一部抜粋したものを下記に添付します。

 2017年3月18日 最高裁傍聴席 「いー1」番に 二度座った男

 2月17日の最高裁弁論から3週間後の3月10日、新幹線で東京に向かう途中、車窓から雪をかぶったとても美しい富士山が見えました。いい判決がでますようにと祈りながら仰ぎ見る富士山へ、「白さも白し富士の白雪、私は無罪」と心の中で幾度もつぶやきました。
                     ・・・途中省略・・・           
 最高裁、第二小法廷には被告席はなく、弁論の時と同じく、最前列の「いー1」番の席に座りました。私の隣に家内と息子、そして支援者の傍聴者が続いて座り、判決を待ちました。
15時、鬼丸かおる裁判長を含め、4名の裁判官が入廷、この時、鬼丸裁判長の表情と雰囲気が、前回の弁論の時の固い雰囲気とは違い、柔和で温かいと感じて、「これは…無罪…判決…か」と、息を殺して裁判長を見つめながら、「私は本当にお金を盗っていないのですから、無罪…しか…ありません。」と念じ続けました。

 「主文 原判決及び第1審判決を破棄する。被告人は無罪。」と言われた瞬間、「そうです、そうです。正しい判断です。」と、心の中で繰り返していました。
 2012年10月11日に止まったままの、私の人生の時計が、再び動き始めた瞬間でした。

 閉廷後、久保豊年弁護士と、無罪を勝ちとる会の皆さんと共に南門へ出て、報道陣からインタビューやら…撮影やら…ここまで支えてくださった皆様に感謝、感謝、ただ感謝。
その後、霞が関の司法記者クラブでの共同記者会見を終え、すぐに帰途につきました。

 帰りの新幹線で、ほっとして無罪のうま酒を…しかし、ほっとする間もなく、次々と電話やメールが…家に帰っても、メールや留守電・電話で、嬉しいメッセージ等を頂きましたが、対応しきれなくて…申し訳ありませんでした。
 さらに、お便りもたくさん頂き、嬉しく拝読して元気を頂きましたが、これもお返事できず、お許しください。数々の失礼をお詫びいたします。

 何はともあれ、皆様のご支援のおかげで、無罪を頂き、ほっとしています。まだまだ整理をしないといけない事がたくさん残っていますが、一日も早く普段の私に戻れればと思います。
 長い間の皆様のご支援、心よりお礼申し上げます。          煙石 博

 あれから3年…。 冤罪は、冤罪が晴れても、失う物が大き過ぎて…壊されたグラスは、元には戻りません。
冤罪被害者が失う人生、人権の事を思うと、冤罪は絶対にあってはならない事で、逮捕・起訴されると99.9%有罪という数字は(最近99.4%有罪という数字も目にしましたが…)たくさんの冤罪が含まれているという事で…とても心が痛みます。

     理不尽な風が吹くなり目刺しの目         ひろし

     覆水(ふくすい)の返らざるまま春の水      ひろし

 広島中央通りの街路樹、白木蓮が、やけに咲き急ぎ、2月半ば過ぎから咲き始めて、ずい分早く白い花の通りを演出しました。この分だと、次の花の主役…桜の開花も…早そうです。光の春の中ですが、皆様、呉々もお体大事に、ご用心なさって下さい。                           煙石 博

2020年3月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

 「ウニホ―レン」はうまいが…涙とため息が出る…辛い話

2020年2月1日  「ウニホ―レン」はうまいが…涙とため息が出る…辛い話

 私のえん罪の事実を取材し、何回も記事にして、雪冤の支援をして下さった『冤罪ファイル』の最新号冬号が、 昨年の12月頃、書店に出て、私も買い求めましたが、すぐに売り切れ、追加注文があったようです。
 相変わらず、納得のいかない、あってはならない、えん罪があとをたたず、又又、腹立たしく暗い気持ちで怒りを覚える事です。

 ところで、振り返ってみると、私が忌まわしい、えん罪被害を体験してから後、銀行には、今でも一人で行きたくありませんが、その他の場合も、一人で行動するのが何となく不安と言う思いが残り、長らく、出来るだけ誰かと行動を共にする事が多くなっておりました。気がついてみると、家内と一緒に出掛ける事も多くなって来て、いつの間にか、それが習慣の様になっている様な気がします。
 ただ、私も古いタイプの日本の男で、夫婦二人で歩くと言うと、周囲の目が気になりもして、何か気恥ずかしいと言う様な気持ちがありましたが、そう言えば、戦後昭和時代に読んだ幾つかのエッセーでも、『日本では周囲を気にして、夫婦一緒に出歩く事を憚る夫婦がまだまだ多いが、欧米では、まず家庭、家族が第一で、昔から夫婦が一緒に歩く事は、自然で当たり前。周囲も、何の抵抗もなくそれを受け入れている…』とあった様に記憶しています。それを意識してみると、確かに、外国映画や、欧米を紹介するTV番組でも、夫婦が自然に連れだって歩くシーンをよく見かけ(仲がいいのかどうかは知る処ではないが…)、欧米の夫婦のスタイルに納得、『なるほど、ちぎる秋なすび(笑)』

 まあ、そんな訳で、昔はスーパーやお店に行くのは全て家内だけでしたが、えん罪以降のある時より、家内のお供をする様にもなり、夕食を何にするか、私の希望を入れながら買物をする事もありますが、それよりも、酒の肴を私が選んだ方がてっとり早く、家内も助かるのでは…という気持ちからです。

 さて、ここからは、私の恥を忍んで正直にお話をする事ですが…。私は、元々細かい金銭感覚がアバウトなところがあり、それが高いか安いかを判断するのが苦手。と言う訳で、たまに一人で出かけた帰り道に、酒の肴をと、お店に立ち寄った時は、目についた品を買う前に、家に居る家内に値段などを携帯電話(ガラ携…)でメールして判断を仰ぐ事もあります。ま、たいがい「買わなくてもいい…。」という我が家の財務大臣・家内のメールが返って来る事が多いのですが…。
 これは、去年の暮の事ですが、とても悲しく怖い目に会いました。
 たまたま、一人で用事を済ませた帰り道、時々、家内と立ち寄る何軒かの食料品店の一つのお店の前を通りかかりました。ふとよぎったのが「今夜の酒の肴を…」と、そのお店に入り、商品表示の中に、ほうれん草、特価○○円と言う値札が目に入りました。
 そう言えば、以前買っていたウニを食べなきゃという思いがよぎり、ほうれん草にウニをからめる「ウニホーレン」がいいかも…。昔、知る人ぞ知る、「ウニホーレン」がうまいと言う記事を何かで読んだ時、それを知らない私は、そりゃ~ないだろうと思いましたが、試してみなきゃ話はできないと、食してみると…これがイケるんです。酒の肴にもいい。 ほうれん草だけよりも「ウニホ―レン」で食べると結構、箸もすすみます。
その時目にしたほうれん草を、買おうか…どうしようか迷い、例によって、家に居る家内へ相談しようとメールをしていたら、突然、お店の男性が怒ったような声で、「お前はそう言う事をしよるけぇ警察に捕まるんじゃ!!…表へ出え!」。予期せぬ出来事で、何が何だか混乱する私。狭い店内ですが、数人の女性客もびっくりする前で…私は、「ほうれん草を買おうか、どうしようかと、家内にメールして相談しようと思ったんです。」と、こわごわ答えるのが精一杯でした。店の男は、改めて「表へ出え!!」さらに、立ってこちらに近づきながら、出入口の方を指さし、「表へ出え!」なぐりかかってでも来そうな殺気を感じ、私は、恐ろしくなって、それ以上説明する事も、抵抗する事も出来ず、追い払われる犬の様に「ゴメンナサイ。」と言って店を飛び出しました。
 どんな思いで何を勘違いされたのか…、私が、煙石博だという言う事と、私の事件の事を知っていての事でしょうが、私は、屈辱的で精神的なダメージを受け、とても心が痛み、今でも滅入ってしまいます。
 「私のえん罪は、私は、何も悪い事をしてないのに…、ボーッとしていた訳でもなく、証拠もないのに、犯人としてでっち上げられ、ぬれ衣をきせられた被害者なんですが…。」
 思いますに、悪い事をしていないのに逮捕され、容疑者の段階でひとたび名前が報道された多くの方が、のちに、そうではなかった事が明らかになっても、今回、私が味わった苦痛の種を背負っているのだろうと思います。

 私は、4年5ヶ月の闘いの後、最高裁で無罪判決は勝ちとりましたが、冤罪の被害者にしてみれば、無罪は当たり前の事で…失ったものは返ってこないと言う、苦しく辛い本音もあります。少し前に、ある人が「ほんまに(本当に)えかったのぉ(良かったのお)。ほいじゃが(しかし)、まだ事件の顛末(てんまつ)をよお(詳しく)知らん人も、よけえ(たくさん)おる。無罪になって良かっただけでは済まされん問題じゃ。あんた(貴兄)の身に起きた事は、ひとごとじゃあないし、明日は我が身なんじゃがのぉ~…。」身に沁みる言葉…。悔し涙が心の中にあふれます。

   白梅に酌むや偽りなき友と            ひろし
   風花(かざはな)や悲嘆に暮れし日も斯(か)くや   ひろし

煙石 博

2020年2月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2020.1.1 明けましておめでとうがんす(おめでとうがんすとは言いません)

2020年1月1日 明けましておめでとうがんす(おめでとうがんすとは言いません)

 何がお目出たい訳でなくても、年が明けて2020年、「明けましておめでとうございます」と言うあいさつを交わします。只、今年2020年と言う年は、私共の世代にとって二回目の東京オリンピックに出会うと言う事を思うと、何となく心が昂り、いつもとは違うお正月の様な…今年は、そんなメモリアルイヤーでしょう。
 私が高校三年生の秋でした。日本で初めて開かれた東京オリンピックに感動したのは…ついこの間の事の様に思えますが、あれから56年、半世紀余りも経ち、私は白髪の高齢者になって仕舞いました。当時、私らとほぼ同世代の、舟木一夫君の「高校三年生」「学園広場」がヒットし、三波春夫さんが 🎶トトンと、トトンと、顔と顔~🎶 日本が平和で元気でした。当時の、東京のシンボルは東京タワー。今はスカイツリー。…様々な事が思い起こされ、感慨深いものがありますが、今の世、将来を憂慮する事、余りに多し…。

 思えば、私の人生も、それからが長く、がむしゃらに生きて、「人生イロイロ、タコの足しゃ~イボイボ…」で大変でしたが、今となっては、あれもこれも、過去は遠霞むセピアの記憶となりました。
 只、晩年、真面目に勤め上げた会社を、60歳で定年退職して、ほっとしたのもつかの間、近所のいつも利用していた銀行で、盗った証拠も無いのに、66,600円を盗ったとされ、とんでもないぬれ衣を着せられて、冤罪と言う不幸な、まさに悲劇に見舞われ、積み重ねて来たものを一気に失ってしまいました。
忘れる事の出来ない、2012年10月11日の朝、突然やって来た2人の警察官に逮捕された時、私は、私の人権や人生も一気に失って、時間が止まってしまいました。そして4年5カ月、家族と共に、まさに朝の来ない夜の状態…となり、こんな事は許されない、あってはならないと言う怒りと絶望の真っ暗なお正月を5たび経験しました。
私がこんな冤罪被害にあったという事は、日本が壊れて来た事を証明する事かも知れません。
 私の体験から、日本では、警察や司法が正しく機能していない事が多くあり、逮捕・起訴されると99.9%が有罪と言う理不尽な数字が、たくさんの冤罪を生んでいる証だと言う事を知りました。という事は、今この時も、朝の来ない夜の日々を過ごし、真っ暗なお正月を過ごしている方が多くいらっしゃると言う事で、本当に心が痛みます。私の場合、ご支援頂いた多くの皆様のお陰で、冤罪地獄から抜け出せましたが、それでも失ったものは返ってきませんし、悔しさと憤りは、死んでも消える事はありません。

 日本の警察・司法が、少しでも、いい方向、正しい方向に流れを変えて、冤罪を一人でも出さない様に、何とかして頂きたいと願うばかりです。私共も、そういう出来事に対して鈍感であってはいけないと思っています。

      去年今年(こぞことし) 川一筋に 貫けり      ひろし

迎えた2020年が皆様にとって良い年であります様お祈りします。            煙石 博

今年の私の年賀状を添付します

2020年1月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2019年12月1日     世の中どうなっているんだという事多き中・・・

2019年12月1日     世の中どうなっているんだという事多き中・・・

 師走 師走と言うと、我々、団塊の世代は・・・古い奴だと思われるでしょうが、青春時代に流行った「君といつまでも」のせりふが浮かんできます。🎶(幸せだなァ…僕は君といる時が一番幸せなんだ…)🎶「師走だなァ…僕は12月になるといつも師走なんだ…」というジョークを思い出しますが、昭和は遠くなりにけり・・・。

 それにしても今年も、これでもか、これでもかと、不仕合わせな出来事が相次ぎました。私共が現役で働いていた頃はもっと平和で、悲惨な出来事も少なかったと思います。

 私も定年後、信じられない理不尽な出来事に遭い、地獄のどん底に突き落とされましたが、皆様の温かいご支援に励まされながら何とか頑張っております。 しかし、私の後にも、理不尽な出来事が色々あって、それを見聞きしますと、心が痛むばかりです。  私も、私の身に降りかかった理不尽な冤罪事件が、悔しくて、悔しくて、忘れる事が出来ません。 私は、神仏に誓って何も悪い事をしていないのに…防犯カメラに金を盗っている映像も無ければ、金を抜き取ったと決めつけた封筒にも私の指紋が無いのに、どうして金を盗ったと決めつけられ、よくも、よくも、逮捕・起訴出来たのか?怒り‼。

 そもそも、封筒に66,600円が入っていたのか?さらに、警察は、今も私の事件の犯人をなぜ逮捕しないのか・・・?

 最高裁で奇跡と言われた逆転無罪を勝ちとれたものの、起訴されてからの7年間・・・これまでに失ったものは、余りに大き過ぎ、その怒りは今でも収まりません。そして、とても心配な事は、清廉潔白な私がこの様にされたという事は、似た様なパターンで誰の身にも起こりうるという事を強く憂慮し、さらに、逮捕・起訴されると99.9%有罪と言う数字が、多くの冤罪を含んでいる事を物語っている事も大変憂慮されるところです。

 現に今年、愛媛県松山市の女子大生の窃盗容疑・取り調べ問題は、最初から女子大生を犯人と決めつけて自白を迫るという、私と同じパターンの被害で、今年の秋、被害者の女子大生が、勇気ある告白をされ、警察の許されない事件の対応ぶりの真実等が新聞で明らかにされて、又、又、憤りを覚えます。

 私の冤罪に関しては、昨年、TBSの「一番だけが~」で取り上げられましたが、今年6月に、テレビ東京が制作した「0.1%の奇跡!逆転無罪ミステリー」が、テレビ東京系列で放送されました。その時、この番組は、広島に系列局が無いため放送がありませんでしたが、広島では、11月8日の深夜、ホームテレビでやっと放送されました。

 又、今年11月には、NHKTVの「逆転人生」でも、逆転裁判!駐車違反で口論となり逮捕?ウソ暴いた法廷の闘い・・・と、警察官による信じられない横暴を放送していました。私のような冤罪の被害で人生を失う人が出ない事を願うばかりです。

 なお、私のホームページhttp://enseki. noor.jp/をご覧頂くと、これまでの経過や真実をご理解頂けます。 冤罪の被害者を出さない為にご覧頂き、多くの方に口コミで伝えて頂ければと思います。

      生くるべく山河大地の冬支度   ひろし

      立ち止まる事許されず十二月   ひろし

煙石 博

2019年11月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

10月の忌まわしい怒りの記憶

2019年10月25日   10月の忌まわしい怒りの記憶

 「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉がありますが、今や、「天災は忘れぬうちにもやって来る」のか…。9月の台風15号の悪夢の様な被害もまだ鮮明なのに、10月には、台風19号が、東日本に例のない広域水害をもたらし、これまでに経験した事もない大きな天災となりました。何と言う事か…
 例年、日本の10月は、台風による多少の被害はあれ、一年中で最も過ごしやすく、快適な月である筈ですが、今年の秋本番、天高しの季節は、とんでもない台風が、悲惨な大被害を残して行き…言葉もありません。只々一日も早く復興への道が開かれる事を祈るばかりです。

 ところで、前回の10月1日のブログに、あえて書かなかった事がありました。それは、10月は、思い出したくない、忌まわしい記憶があったから…そんな事は早く忘れてしまいたいからでしたが、あれから7年経っても、やはり、嫌な思いを消す事はできませんでした。どうしても、納得出来ないし、怒りが込み上げてくるばかりです。10月は今でも心が沈みます。

 7年前の2012年10月11日(木)の、朝9時過ぎ、刑事2人が我が家にやって来て、私は全く身に覚えがないのに、最初から私を犯人と決めつけ、「金を盗っていない。」と、必死に訴える私を、逮捕状の呈示もなく窃盗容疑で逮捕し、私は手錠をかけられて広島県警南警察署の留置場、鉄格子の中へ入れられました。

 その日から家族を巻き込んでの長い地獄の日々が始まったのですが、刑事は、家に来た時すでに、私を犯人に仕立て上げる為の段取りを考えていたとしか思えない、強引なやりとりでした。最初から私を犯人に仕立て上げる為の大ウソを言い、理屈の通らない奇妙な犯行ストーリーに沿う様に強引に誘導し、自白(盗ってもいないのに、盗った事にしろと言う…)を迫るばかり。私を犯人にする為に、ウソばかり言って自白を強要しました。何の罪もない私に・・・絶対に許せません。

 刑事は最初から、「客が置き忘れた封筒から金を盗って、左手で左胸のポケットにねじこんだんじゃ。‼」「防犯カメラの映像に金を盗っとる証拠があるんじゃ‼」と言うので、何度も、それを見せてくれと頼みましたが、その映像を見せてくれませんでした。見せられないのは、そんなシーンは全く無かったからでした。

 そもそも、刑事がデッチ上げた犯行ストーリーは、広島銀行大河支店の狭いロビーの、2台しかない記帳台の一つに、客が置き忘れたとする66,600円入り?の封筒を、私が持って7・8歩、歩いた所で、金だけ抜き盗った後、市・県民税の納入書(忘れた人の住所・氏名が書かれている)が入った封筒を、又、7・8歩、歩いて、わざわざ、元の記帳台の同じ位置に戻したと言う奇妙なストーリーです。

 しかし、どう考えても、金を盗るなら、その封筒ごと、そのまま家に持って帰るでしょう。証拠となる封筒を、わざわざ記帳台に戻したりはしないでしょう。
 そうでは無かった証拠に、封筒には、私の指紋がついていませんでしたし、防犯カメラの映像を鑑定した結果、私が封筒にさわっていない事が明らかになりました。

 しかも、金を盗る前には、まず封筒を発見し、それを取り上げて中を覗き、何が入っているかを確認して、金が入っている事に気がつかなければ、盗る動機も起きないのに、勿論、そんなシーンは、防犯カメラの映像には、全くありませんでした。

 さらには、刑事は、左手で左胸のポケットに金をねじこんだとしましたが、のちに、当日着ていたシャツは、防犯カメラの映像から、全くポケットの無いシャツだった事も確認されました。なのに、どうして私が犯人とされたのでしょうか⁈ 常識的にも論理的にも、犯人であり得ない条件が揃っているのに…。

 そんな、理不尽で納得のいかないあれこれが、忌まわしく思い出され、この冤罪によって、大きなものを失ったくやしさ、腹立たしさがおさまりません。私は、何も悪い事をしていないのに、今考えても、余りにも理不尽で、怒りがこみ上げるひどい話でした。私の様な被害者を、私の後に出さないで欲しいと願うばかりですが、最近も、8月25日のブログにも書きましたが、愛媛県松山市の女子大生の誤認逮捕事件を始め、警察による、犯罪に等しい事案がいくつかあり、こんな事があってはいけない‼と憤っております。

 ところで、私にとって嫌な日、先月10月11日(逮捕された日)は、今年は、たまたま、十三夜、後の月(のちのつき)だったのです。9月の、十五夜、仲秋の名月は、満月のお月見ですが、満ちたるものは必ず、欠けて行くので、仲秋の名月に対して、この10月の十三夜の月は、これから満月になると言う、明日への希望を託す様な、縁起の良い月で、日本生まれのお月見です。昔から、後の月、栗名月などとも言われています。

 広島の十三夜は、うす雲が出て、おぼろがかった様な月が見えました。

     怨讐(おんしゅう)の晴れずおぼろの十三夜   ひろし

 私の事件の犯人を、広島県警は、なぜ逮捕しないのか不可思議です。怒り‼
 冤罪を、一人たりとも出してはいけません。それを、最初に作る事になるのは、警察です。事件に対して、公正、中立に、科学的によく分析し、論理的で筋の通る、誰にも納得のできる対処を願ってやみません。・・・冤罪は、まさに人災です。

煙石 博

2019年10月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2019.10.1  秋風や・・・

2019.10.1 秋風や・・・

相変わらず、私共の身の周りの事から、日本も世界も、過激で、ぎくしゃくした出来事が相次ぎ、中々、穏やかな気持ちでいられない日々が続く様です。しかし、そんな中でも、激暑は去って涼しい秋が訪れ、いよいよ、これからが秋本番。

とは言え、先月、今までに無かった、怒り狂ったような台風の暴風雨、それに竜巻まで発生しての大被害(台風の竜巻なんて、今までに聞いた事が無い。)に、不安と、嘆きと、悲しみと…。しなやかな日本の気候も、これまでにない、優しさを失った異常な災害をもたらす事が多くなりました。何という諸行無情。神様仏様、どうか、これ以上私共を痛めつけないで下さい。せめて、季節が変わった今、そろそろ、穏やかで、静かな秋の日々をと願うばかりです。

しかし、そんな、不安と混乱した思いの中で、ふと、私の脳裏をよぎるのは、松尾芭蕉の「奥のほそ道」の書き出し、『月日は百代(はくたい)の過客(くゎかく)にして、行き交(か)ふ年も又旅人(たびびと)也(なり)』流れ行く時間も、時代も、人生も、全て漂泊の旅の様なものと…。

そういえば、芭蕉が漂泊の旅を始める前に、江戸・深川に転居して2年後、江戸の大火で芭蕉庵は類焼し、翌年、母の死…そんな悲しい体験などがあって「諸行無情の思いを抱き、形ある物は決して永遠ではないが、この世には「不易(いつの時代にも変わらぬ物)」と、「流行(時代と共に変化する物)」があり、それは別の物ではなく、表裏一体であるはずである…という思いで、不易流行の俳諧の新しい境地を開いて行きました。その後、41歳の「野ざらし紀行」に始まり~元禄2年(1689年)3月27日(太陽暦5月16日)に、「おくのほそ道」へ旅立ちました。

   行く春や鳥啼き魚の目は泪(なみだ)   芭蕉

その後、600里(2400キロ)150日の長い旅を続け、「おくのほそ道」の結びの地は、美濃(岐阜県)大垣でした。芭蕉は、門弟、知人に迎えられて、旅の荷を下ろしたのも束の間、2週間余り後には、「伊勢神宮の遷宮拝まんとして…」と、皆に送られて揖斐(いび)川を下り、また旅立ちました。別れの句は、

   蛤(はまぐり)のふたみにわかれ行く秋ぞ   芭蕉

「おくのほそ道」は、「行く春や」で始まり、「行く秋ぞ」で結ばれ、旅の終わりは、新たな旅の始まり…命ある限り人生は旅…と言う芭蕉のメッセージが心に沁みます。

話は、それこそ無情ですが、今、白髪高齢者の私にも、輝く青春時代がありました。そんな若い頃、俳句や絵などを嗜む趣味人が立ち寄る居酒屋で、俳句を「たし飲む?」いや、「たしなむ」先輩の酒友が、感動話を聞いた時言っていた常套句を思い出します。 「いや~泣かせますの~。酒の涙がしみますわい…。」 芭蕉は、「おくのほそ道」ですが、私共、凡人、市井の民は「のほそ道?」で、酒は「たし飲む?」ものでした。そんな私の若き日の一句がありました。

   何とかなる酒の愉(たの)しき夜長かな   ひろし

お酒と酒友と…よき社会勉強をさせて頂きました。 そういえば、その居酒屋のマッチ箱には「大きな悲しみかみしめて、小さな喜び育てよう」と書いてありました。これは、お店のお客さんに尊敬され、慕われた、知恵者の学長さん(俳号は大学)が考えられた人生支援の身に沁みる名言・金言であったのを思い出します。

話は変わりますが、今年は、広島では、浅野長晟(ながあきら)広島入城400年にあたり、関連の歴史イベントが沢山企画され、私も歴女(れきじょ)ならぬ、歴おじさん?になって、公民館主催の歴史講座に参加もしていますが、左右の耳が遠くなっているのに加え、風通しが良過ぎてすぐに忘れてしまいます…。

広島は、原爆で中心部が壊滅しましたが、今でも、毛利・福島・浅野時代の歴史を偲ばせる遺産・遺跡がまだまだ残っています。身近な、神社・仏閣を訪ねられても、歴史と文化にふれる事が出来、広島再発見の喜びがあるのではないかと思います。

その中の、ほんの一つが、本通りを中心に東西に続く道は、福島正則の時代に、広島城の南に作られた広島城下のメインストリートである西国街道です。そこにも、歴史の痕跡が今でも残っておりますし、猿猴川、京橋川、元安川、本川などを巡っても歴史の面影を偲ぶ事ができます。 おん身ご大切になさって、文化・芸術の秋を…、おっと、酒も、食も…元気にお過ごし下さい。

   破芭蕉(やればしょう)ここも宇宙のひとところ   ひろし
   秋風や末路晩年(まつろばんねん)日々覚悟     ひろし

煙石 博

2019年9月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2019.8.25 他人事ではありません。あなたの身にも…と言っても、「自分は大丈夫だろう」と思わないで!!

2019.8.25 他人事ではありません。あなたの身にも…と言っても、「自分は大丈夫だろう」と思わないで‼

女子大生(22歳)窃盗誤認逮捕問題(愛媛松山)は、私、煙石のケースと同じパターンの被害者です。

2019年8月2日(金)の朝日、毎日、読売の各紙に、この女子大生が、「自白の強要、許せない」として、全く取り調べではなかった警察の手法に対して、真実を訴える手記の一部が載せてありました。この手記は、被害者の女性は勿論、ご家族も大変な勇気を出されたもので、同じ様な被害者を出さないようにという強い願いで明らかにされたという思いが伝わります。

私の事件を支援してくれた知人が、8月1日(木)の愛媛新聞オンラインの記事を送ってくれました。まずは、これを掲載します。

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松山東署誤認逮捕問題
女性の手記 全文公開            2019年8月1日(木)(愛媛新聞)

タクシーから現金入りのセカンドバッグを盗んだとして松山東署が7月に窃盗容疑で松山市の20代の女性を誤認逮捕していた問題で、女性の代理人の安藤陽介弁護士が1日、県庁で会見し、女性の手記を公表した。 女性の手記は次の通り。

今年1月に松山市内で発生したタクシー内での窃盗事件で私が誤認逮捕された件について、警察や検察からの発表のみでは伝わらない部分も多々あるかと思い、今回コメントを発表させていただきます。

この事件の捜査では、決して適切とは言えない対応を警察から繰り返されました。そのため私は、取り調べが終わるたび、すぐに全てを日記に付けて記録してきました。ドライブレコーダーに写っている女と私が似ていたこと、その女と私が同じアパートに住んでいたことなど悪い偶然が重なり、私が容疑者になってしまうことは仕方がないのかもしれません。しかし、私は一番初めの取り調べから一貫して容疑を否認し、その女と私が別人であることを何度も訴えてきました。にもかかわらず、捜査に関わった刑事全員が私の話に耳を傾けることはありませんでした。

取調官は、私が「本当の犯人を捕まえてください。こんなの何の解決にもならない」と言えば、「犯人なら目の前にいるけど」と言い、初めから私を犯人だと決めつけていました。他にも「やってないことを証明できないよね?」「タクシーに乗った記憶ないの?二重人格?」「いつ(自分がやったと)言うのか待ってるんだけど」「罪と向き合え」など、耳を疑うようなことを次から次へと言われました。

また、自白を強要するかのような言葉を執拗(しつよう)に言われました。「就職も決まってるなら大ごとにしたくないよね?」「君が認めたら終わる話」「こんなに時間のかかるものじゃない」「ごめんなさいをすれば済む話」「懲役刑とか罰金刑とか人それぞれだけど早く認めたほうがいいよ」「認めないからどんどん悪い方へ行ってるよ」「今の状況は自分が認めないからこうなってるんだ」「また取り調べか、とか思ってるんだろう。認めないと終わらないよ」など、挙げればきりがありません。逮捕された後は、弁護人の助言で警察の取り調べに対しては黙秘していたのですが、「弁護士に言われたから黙秘するのではなく自らの意思で話せ」と言われました。

本当に悔しかったです。自分たちが正しいと過信している警察には何を言っても無駄だと気付き、ただひたすら真犯人が出てくることを祈るしかありませんでした。  そもそも、私は取り調べの他にも指紋採取やポリグラフ検査、3D画像の撮影など、全ての任意捜査に素直に応じてきました。朝の10時ごろから夕方17時ごろまでかかることもあり、体力的にも精神的にもつらかったですが、素直に応じました。そうすることで身の潔白を証明できると信じていたからです。

しかし、最後の取り調べから1カ月以上たってから突然家宅捜索に入られ、そのまま逮捕されてしまいました。幸いにして、勾留請求は認められず釈放されましたが、逮捕直後、もし勾留されたら取り調べに耐え切れずにやっていないことを認めてしまうかもしれないという不安な気持ちがあったのも事実です。

誤認逮捕であることが分かった後、警察からは「真相の解明に必要な逮捕だった」と説明を受けましたが、到底納得できるものではありません。3D画像はきちんと解析したのか、ポリグラフ検査の結果はどうだったのかという私からの質問に対しては、はっきりした回答を得ることができませんでした。担当刑事からの直接の謝罪はいまだにありません。

5月27日から7月19日という期間は私にとってはとても長く、不安、恐怖、怒り、屈辱といった感情が常に襲い、ぴったりと当てはまる言葉が見つからないほど耐え難いものでした。手錠をかけられたときのショックは忘れたいのに忘れることができず、今でもつらいです。

私には前歴・前科もなく、本当に真面目に生きてきたつもりです。このような事件に巻き込まれ、犯人と決めつけて自白を強要するかのような取り調べを受け続け、実名報道までされたことを絶対に許すことはできません。今回の誤認逮捕は、適正な捜査を行っていれば起こらないはずでした。私のような思いをする人を二度と出さないためにも、口先だけの謝罪で済ませるのではなく、今後どのような指導を行い再発防止に努めるのか具体的に公表してほしいです。

なお、報道関係者各位におかれましては、自宅および大学周辺、家族、友人などへのこれ以降の取材はお控えいただきますようお願いいたします。  2019年7月29日 匿名希望

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愛媛新聞社は今回の誤認逮捕の報道につき検証を続けてまいります。   (愛媛新聞オンライン)
(元サイトはコチラ → https://www.ehime-np.co.jp/article/news201908010206

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以上を読んで、私が警察にされたことと同じような理不尽なパターンである事を知り、この女子大生は勿論、ご家族もそうでしょう、その憤りがよく理解でき、私も、またまた、怒りが込み上げてきました。

私の場合も何も悪い事をしていないのに、はじめから私を犯人と決めつけて、逮捕状の呈示も無く、強引に広島南警察署に連れて行き、28日間も屈辱的な勾留をし、留置場での、取り調べではない取り調べで、お金を盗ってもいないのに盗った事にしろという、大変、乱暴な、犯罪に等しいやり方で、私を犯人に仕立て上げるよう誘導された事。全く、この愛媛の女子大生が被害にあったパターンとよく似ておりました。私も、彼女と同じく実名報道され、取り返しのつかない被害を受けました。

警察が私に言った言葉

「防犯カメラの映像に全部映っとる!!あなたは犯人‼」と、決めつけて自信たっぷりに言う。 「証拠はあるんじゃ!! 防犯カメラの映像には誰が見てもお前が金を盗っているところが映っとる!!」 「お前がやった事を認めなかったら、裁判になって、法廷で防犯カメラの映像をみんなで見て、その防犯カメラの映像がニュースで流されてお前は恥をかくんじゃ!!」等と言うばかりで、映像を、私にも、弁護士にも見せてくれない。

「金を盗ったと認めれば、ここをすぐに出られる。窃盗は大したことではない。初犯だから刑も軽い。人の噂も75日、みんなすぐ忘れる。すぐに社会復帰できる。」と自白を誘導し、私がお金を盗っていない事を主張すると、「聞くだけ聞いてやる。勝手に言いなさい。」と言って聞き流し、「それだけ言いたいことを言うたら、ちいたあ(少しは)すっきりしたろう。お前はウソを言うとる。(言っている)」と言って調書にその事を全く書いてくれなかった。

さらには、「マスコミが報道したから、世間は、みんなお前を窃盗犯だと思っているんだ!!」「お前は頭がおかしいと思われるよ。」と何度も言ったり、大声でおどし、強く机を叩き、ぐっと顔を近づけてにらみ、時にはすごみ……。常人では考えられない形相で自白を強要され、非常にこわかった。取り調べのあった日の夜は、恐怖と怒りと不安で辛く、ほとんど眠れなかったと、メモに残している。

最初から私を犯人と決めつけ、恫喝し、高圧的でこちらの話を聞かない、無茶苦茶で、取り調べとは言えない取り調べだった。

さらには、私の場合、その後、正しかるべき検察で、検事に「金を盗ったか盗らないかは別にして、66,600円にイロをつけて、10万円払えば済む事です。」と言われた事にも驚いた。検事は、後で、まずいと思ったのか「きりのいい所で、10万円位払えば済む事です。」と、金を払って済ますよう強く勧め、さらに「盗っていないと主張して裁判をしても、99.9%は有罪になる‼」と、豪語して脅迫し、「裁判をすると、死ぬまで裁判をする事になります。それで人生をダメにした人がたくさんいます。」等と言った。

私は、検事の発言に日本の警察・検察に対して絶望的な思いを持ち、背筋が凍る思いがしたとメモに残しています。私は本当にお金を盗っていないし、間違った事をしていないので、どうしても納得がいかず、裁判をする事にしたものです。

辻褄が合わない事ばかり

◎私は2012年9月24日(月)、家の近くの広島銀行大河支店に500万円を下ろしに行っただけで、防犯カメラに証拠が映っているとして逮捕されましたが、事件があったとする、2週間余りも後の、10月11日(木)に逮捕とは…何をしていたのか時間が空き過ぎて不可解。

◎刑事に「置き忘れたという金はいくらで、何の金ですか。」と聞くと、「なんぼう(いくら)入っとったかは言えん(言えない)。年寄から集めた金だ。」と言ったのに、裁判になってわかった事は、置き忘れたとする封筒には、市・県民税の納付書2枚(これで置き忘れたという人の名前がわかる)で、刑事はなぜ、私にそんな嘘を言わなければならなかったのか・・・?

◎しかも、私が手に持ったと決めつけられた封筒に、私の指紋がついていなかった。

◎突然、家に来た刑事が、何も悪い事をしていない私に、広島銀行大河支店で、客が置き忘れたとする封筒から金を(66,600円)を抜き取り、「左手で左胸のポケットに、金をねじこんだんじゃ‼」と、常識では考えにくい奇妙な犯行ストーリーをおしつけて、「防犯カメラに証拠がうつっているんだ‼」と言って、私を最初から犯人だと決めつけ、逮捕状の呈示も無く、強引に広島南警察署に勾留し、広島地裁に起訴されました。

◎防犯カメラの映像から、私は左胸にポケットの無いシャツを着ていた事がわかったのに、広島地裁で無視され、懲役1年執行猶予3年という有罪判決。

◎広島高裁では、防犯カメラの映像を、専門の会社に鑑定してもらうと、私が封筒に触れていないことが鑑定されたのに、防犯カメラの死角で金を盗った可能性もあるとして有罪⁈ (防犯カメラの映像に1秒のブランクがあるも、これは、AカメからBカメに移動する間の1秒で、私は、この1秒でも、あやしい動きは無く、ゆっくり歩いて行く自然な映像が残っているだけで、金を抜き取るような動きはありません。しかも、1秒では金は盗れない。

◎2017年3月10日、最高裁で無罪判決が確定した後、絶対に納得がいかないのは、多くの人から言われても来ましたが、「煙石さんが犯人ではないのだから、警察は、なぜ本当の犯人を逮捕しないのか・・・。」なぜなのか、全く納得できません‼

こんな信じられない事が、多くの人が知らない所で、まかり通ってきたのだと思うと、絶対に許されません。善良なる市民を、これ以上、被害者にしないでほしいという願いから、私の思いをブログに綴りましたが、愛媛の女子大生や私のケースを見ても、これは私共だけの問題ではなく、このままでは、明日はあなたの身にも、誰の身にもあり得る事です・・・と言っても、「まさか自分の身には降りかからない・・・」と思わないで下さい。 ・・・大変憂慮しているところです。

日本の司法が壊れている事を身をもって経験した事を思い出します。警察・検察・裁判官の皆様に、神様、仏様の前でも、恥ずかしくない仕事をして頂きたいと願うばかりです。

私の事件の経過は、私のホームページに掲載されています。ご覧下さい。
(私のホームページはコチラ → http://enseki.noor.jp/)

煙石 博

2019年8月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien