煙石博のブログ

煙石博さんはある日突然に謂われなき罪に問われ、苦しんでいます
この苦しみは彼一人だけではなく、家族の皆さんも地獄の苦しみを
味わっています
このブログでは、その時々の彼の思いを綴っています

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コロナの事も気になりますが…銀行の防犯カメラ、1秒の空白は何…?

2020年5月30日 コロナの事も気になりますが…銀行の防犯カメラ、1秒の空白は何…?

 コロナウイルスと向き合う日々を余儀なくされる毎日が続き、色々な対策が講じられて来た中で、様々な事も見えた様な気がします。例えば、国と地方自治体の権限等のあり方も…それでいいのかどうか…。自粛の形や、経済対策…。又、心配される第2波・第3波の流行にどう備えるのか…。そして、近年、日本はオリンピックに向けて(1年延期となりましたが…)外国人観光客を当て込んで、経済面でも膨らんできた社会…それを当てにしていた業界、お店等がどうなって行くのかも心配されます。

 さらに、オリンピックが開催出来たとしても、世界中が、コロナウイルスという不安定要素を抱えてしまった中で、選手は勿論ですが、外国から多くの皆さんに来て頂けるのかどうか、そして、どうおもてなし出来るのか…。その前に、いつになれば、安心して外国人観光客を受け入れる事が出来、その対策をどうすればいいのか、どうすれば、コロナショックから立ち直れるのか、あれやこれやと憂慮される所です。

   雨粒の涙顔なる苔の花   ひろし

 そんな混乱のさなか、突然、降って湧いた、黒川検事を絡めての検察官の定年延長問題を巡る、不信一杯な話…「検察庁法改正案」は、検察OBや、一般世論の反対意見も高まり、結局、見送られましたが…。今回の事、とても良かれとは思えません。

 私は、定年過ぎて、人生の最後で冤罪と言う悲劇を体験し、「警察・司法の世界が壊れている」と言う、本当に嫌な事を身を持って知る事となりました。この体験から、他にも多くの冤罪被害が出ていて、日本の司法の有罪率99%以上と言う数字は、それを物語っていると言う事も知りました。黒川検事と検察官の定年延長を巡っての国会でのやり取りを見ているうち、広島地裁、広島高裁で、私が受けた信じられない、ひど過ぎる裁きを思い出しました。私も、そんな嫌な事は忘れたいのですが、警察・司法への不信感は拭いきれず、再び冤罪への怒りが込み上げて、やり場のない思いでいます。私が経験した警察・司法の許されない真実の一端を思い返してみます。これは、今のままだと、私だけでは無い、誰の身にも降りかかって来ると言う大問題で、絶対に、他人事(ひとごと)ではありません。
 まず、私の冤罪事件は、警察官が、善良なる一市民の私を、常識で考えても有り得ない、筋も通らない犯行ストーリーをデッチ上げて、逮捕状もなく、私を逮捕して手柄にした事から始まりました。警察官がデッチ上げた犯行ストーリーは次の通りです。

 ◎私の住んでいる町内の、いつも出入りしていた、広島銀行大河支店の狭いロビーの記帳台に、女性が置き忘れた?とする封筒を、私が盗って、数歩、歩いた場所で、中の66,600円(現金だけ)を抜き取り、そのあと、わざわざ元の記帳台まで歩いて行って、元の記帳台の同じ場所に、税金の納付書が残った封筒を戻したと言うものです。これらの事を、狭い銀行で、行員やお客さんのいる衆目の中で行ったというのです。

 ※お金を盗ろうとすれば、まず、発見した封筒を手にして中を覗いて、お金があると言う事を確認しなければ、盗ろうという動機は起きないのに、後に見せてもらった防犯カメラの映像には、勿論、そんな場面はありません。また、金を盗るのであれば、封筒ごと全部盗って帰るし、わざわざ証拠にもなる封筒を記帳台まで歩いて行って、戻して帰りません。しかも、その封筒には、私の指紋は、検出されていません。私は、その後、前もって払い出しをお願いしていた500万円を受け取って帰宅したというものです。

◎逮捕状も無く逮捕されて、広島県警南警察署の留置場に入れられましたが、取り調べは、とても取り調べと言うものでは無く、私が盗っていない事を、声がかれる程、一生懸命に説明し訴えましたが、全く耳を貸さず、刑事は「防犯カメラの映像に盗った所が映っている。証拠は沢山ある。」と、強調しながら、映像を私に見せる事なく、28日間も、留置場に入れて精神的苦痛を与え、机を叩き、威嚇して、ひたすら、盗っていないのに盗った事を強引に認めさせようと、自白を迫るばかりでした。

 ◎警察官は、初めから、盗ったお金を「左手で左胸のポケットにねじ込んだ。」としたが、銀行に着て行ったシャツは、左胸にポケットの無いシャツである事が、防犯カメラの映像で確認出来ました。結局、裁判では、盗ったお金を、どこにどうしたかについては、一切触れないで、初めから、警察官のデッチ上げたストーリーを鵜吞みに、論理矛盾を隠そうとするもので、非科学的で理屈の通らない有罪ストーリーを正しいと認め、有罪へのエスカレーターに乗せられた様な壊れたものでした。「警察・司法」の組織に自浄能力が無い事なのか…。こんな事はあってはなりません。悪い刑事の、卑劣で執拗な自白の強要に負けそうになりながら耐え、自白も、示談もしないで、裁判する事に決めた後、証拠の防犯カメラの映像の一部、数秒間の物を、数カット見せられましたが、何が何でも、自白させる(お金を盗っていない私に、盗ったと言わせる)為に、修正したのではないかと思える映像もありました。※盗った証拠も無いのに、私を犯人にデッチ上げようとした刑事、数名に、何のおとがめも無いと言うのも、納得出来ません‼

 ◎さらに、広島地検の検事には、私が盗っていない事を必死に訴えましたが、「煙石さん、お金を盗ったか盗らないかは別にして、66,600円にイロを付けて、10万円払えば済む事です。」(のちに、「きりのいいところで10万円払えば…」と、表現を変えた様にも思いますが…。)又、この検事は、「私は、何回も防犯カメラの映像を見ましたが、あなたは、お金を盗っています。」と、自信たっぷりに説明し、私には防犯カメラの映像を見せる事なく、示談を迫るばかりでした。しかも、この検事は、私に示談を迫ったあと、私の家族と接見し、家族にも、防犯カメラの映像を見せる事なく、(お金を盗っている映像は無いのに)「私は、何回も防犯カメラの映像を見ましたが、お金を盗っているのは間違いありません。」と、説明して、身振り手振りで、この様にしてお金を盗んでいますと、大ウソをついて騙し、示談する方向に誘導しました。
 ※後に、裁判になって、防犯カメラの映像を公開してもらいましたが、私がお金を盗っている確たる場面はありませんでしたから、見せなかったという事です。

◎結局、広島地裁では、防犯カメラの映像にお金を盗っている映像が無いので、封筒に私の指紋がついていないのは、「封筒に指紋がつかない事がある。」とし、「封筒があった記帳台の上面に触れたのは、被告人、煙石だけだから、煙石が、お金を盗ったと、強く推認する。」として、懲役1年執行猶予3年と言う、あり得ない有罪判決が出されました。怒り‼(※防犯カメラの映像は、後に弁護士さんが専門の鑑定会社に頼んで鑑定してもらうと、私が、封筒に触れていない事が証明されました。)

 ◎そして、広島高裁では、「防犯カメラの死角をついて金を盗った」として、地裁と同じ有罪判決。これについては、狭い銀行の、数台ある防犯カメラの、ⒶカメラからⒷカメラへ移動する間、なぜか、私の姿が映っていない1秒間があったのは確か…。しかし、専門会社が、狭い銀行内の防犯カメラを設置する時、そう言う空白は作らない様にすると思いますし、私が映っていない1秒の時間があった事に加えて、その1秒でお金を盗ったと推認された事が…腑に落ちません。しかし、1秒の空白がある映像でも、それを見ると、私は、ただ自然に歩いているだけの動作しかしておらず、この1秒に、金を盗って隠す様な仕草を推定する事は無理。とにかく、1秒では、お金を抜き盗って、隠す事は出来ません。

 話は、初めに戻りますが、コロナ問題で大変な時に提出された、黒川検事長を絡めての、検察官の定年を巡る問題は、不透明で、納得出来そうもなく…クローズアップされる形となった黒川検事長は、新聞記者と賭けマージャンをしていた事で、辞意を表明。これで幕を引く様な問題では無さそう…しかし、彼が、これまでにどんな仕事をして来たか、その一部を、新聞やTV、ネット記事で見ると…一般国民には納得し兼ねるものが幾つもあり、その大きな不信感に、冤罪の被害に遭って、人生も、多くの友人・知人を失った私も、憤りを覚える所です‼・・・いささか疲れました。マグマの様にたまっていた怒りが、又、又、爆発したもので…お許し下さい。
 最後に、新型コロナウイルスは、簡単には退治できない様で、ワクチンが出来る迄、当分、不自由な生活をしながら暮らしていかなければならないと言う事の様です。
 今はまず、コロナ対策ですが、同時に冤罪等を起こさない、司法を正す改革もお願い出来ませんでしょうか。

      憂い事あるやにバナナ湾曲す    ひろし
      フーテンの寅は昭和やバナナ買ひ  ひろし

 コロナウイルスには、まだまだ油断できず…。おん身ご大切に。共に頑張りましょう。
特筆 私の無罪判決が出た時の最高裁の裁判長、「鬼丸かおる」元最高裁判事が2020年春の叙勲で、「旭日大綬章」を受けられました。心よりお祝い申し上げます。

      旭日にかおるや富士は薫風裡(くんぷうり)  ひろし

煙石 博

2020年5月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

「朝の来ない夜は無い」 祈・コロナ終息。頑張りましょう。

2020年4月26日 「朝の来ない夜は無い」 祈・コロナ終息。頑張りましょう。

 新型コロナウイルスにすさむ世となって仕舞い、見えない敵との闘いが続きますが、そんな不安な日々の中、目に眩しい青葉若葉が、今年は、ひときわ、悔しくも、恨めしく燃え、季節は風薫る緑の五月へと…。

   コロナ禍(か)の大逆境の風若葉   ひろし

 このウイルスは、米粒の5万分の1という、電子顕微鏡でやっと確認できる程の超微粒子だそうで、質(たち)の悪い所が様々あり、飛沫や、付着した物から感染を拡げると言う、非常に強くて、厄介なマイクロウイルスだそうです。 あるお医者さんは、皮肉を込めて「とても、よく出来たウイルスです。」と表現していました。
 さらに、何も症状の無い無症状感染者が、知らないうちにウイルスを飛散させると言う大変厄介な敵で、大都市では(4月24日現在)市中感染が、かなり拡がっています。
 このウイルスは、自分が生きる為に、人から人へと取り付いて、急速に疫病が拡がって行くと言う、大変怖いものです。
 以下は、4月19日(日)のTVの報道番組で見た事で… 爆発的感染となったニューヨークで働く日本人男性医師(49歳)が、自らコロナに感染して、頭痛とものすごい倦怠感の末、限界を越えた様な熱と痛みと頭痛を伴って…死線をさ迷い、紙一重でこの世に生還した、思い返したくない恐怖体験として、日本の皆さんの為にと、まだ闘病やつれそのままの表情で話していらっしゃいました。この先生は、日本の私共に対して、

 ①酸素投与も受けていない軽症者だったのに…。
 ②「8割が軽症」と言う説明は、軽いカゼの様に思わせてしまうところがあって、余り良くないと思う。
 ③日本は大丈夫だろうと思っている方も、非常に沢山いらっしゃるんじゃないかと思いますが、本当に、経済も度外視して、みんなで家に閉じこもらないと、大変な事になる…もう既になって来ているのかもしれない…
(4月19日現在)

と言う、日本の私共に対して、鬼気迫る指摘をし、警鐘を鳴らしていらっしゃいました。

 今、日本は国難状況にありますが、私共が出来る事は、感染を拡げない為に努めて家を出ない事が、誰かの命を救う事にもなると言う事でしょう。 早く光が見えないものか…。
 これは、私が以前から思っていた、個人的で希望的な思いですが、日本は、アメリカやヨーロッパの国々には無い、雨の多い国で、これがコロナウイルスの狼藉を少しは弱めてくれるかも知れないと思ったりします。
 雨が降れば、飛散、浮遊して長く漂っているウイルスも、雨に洗われ地面に落ちて流されます。地面に落ちたウイルスが靴の底に付着したとしても、欧米では、外から帰って、靴をはいたまま部屋で生活しますから、靴底についたウイルスが部屋の中にまで入ってきますが、日本では、玄関で靴を脱いで家に上がりますので、そこでウイルスを防げます。そして、日本人は衛生観念が高く、清潔な生活習慣が日常的に身に着いていますし、挨拶も、握手ではなく、お辞儀です。欧米の様に、日常、ハグやフレンチキスをしませんし、とにかくしばらく、おとなしく謹んでいれば、何とか、おさまってくれるのではないか…。
 コロナ感染が、欧米の様なオーバーシュートしない事を切に願うばかりです。(4月24日現在)ここは、とに角、我慢と辛抱で乗り切りたいものです。

 そして、雨が味方をしてくれるかも知れないと言う私の思いは、特に、5月半ばを過ぎると、走り梅雨があって、6月は梅雨で雨の季節。(今年の梅雨は、恵みの雨をもたらす、優しい梅雨であってくれる事を祈ります。)
 私はコロナ籠りで、自粛生活。毎晩、家飲みでアルコール消毒していますが、先日のお昼、ウオーキング中に、チョウチョが2匹、縺(もつ)れる様に(濃厚接触?)飛んでいるのを、 足を止めて、しばらく見て居ました。

   コロナ禍(か)を知るや知らずや蝶(ちょう)縺(もつ)る   ひろし

 これは、4月の始め、ある方に電話をした時、話されたのですが「悔しいけど、今年はもう無かった事にしようと思った方がいい。改めて来年頑張ろうという気持ちでやりましょう。」と言われた事に何となく納得。 今年は、一点集中。コロナと向き合って、敵はコロナ‼ と気持ちを切り替えて、他の事は仕様がない…無理せずに生きた方が、気分が楽になる様な…。『生姜(しょうが)なければ茗荷(みょうが)で済ませ』仕様がなくても、何とかしましょう。知恵を出せば、何とかなるさ‼
   このコロナウイルスとの闘いが、早く良い方向に…終息してくれる事を祈ります。皆様も、ご用心され、呉々も、お身体ご自愛なさって下さい。          煙石 博

2020年4月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

ムーンライト・マスクマン…月光仮面…コロナはクルナ

2020.4.1 ムーンライト・マスクマン…月光仮面…コロナはクルナ‼

外に出ると、あちらも、こちらも、そして私も、マスク、マスク、マスク…。 世界中、コロナウイルスの脅威にさらされて、大変な4月になりました。
 そう言えば、私共の少年時代、TVに、「鞍馬天狗」「月光仮面(そのまま英訳すると、ムーンライト・マスクマン)」と言うヒーローがいて、どちらも、目を残して覆面で顔を覆っていました。このマスクマンは、正義の味方…立ち向かってくる悪者を倒してくれるヒーローでしたが、今の、我々マスク姿の人間は、目に見えない、悪い透明人間の様なウイルスとの闘いですから、始末が悪い。

     何も彼(か)も世は冴(さ)え返りウイルス禍   ひろし

 思えば、今年の旧正月(今年は例年より、ずいぶん早く、今の暦で1月25日)より前…その頃、どうも、中国の武漢という所で発生した新型コロナウイルスによる、咳(せき)を伴う熱と肺炎の感染症で、大変だと言うニュースが報じられてより、その後、よもや、世界中をこんなに震撼させる、大疫病騒ぎになろうとは…。
 そして、ダイヤモンドプリンセス号の乗客に罹患者が発見されてからの混乱…。その頃は、日本に暮らす私共には、これらの事は、まだ対岸の火事、この新型ウイルスは遠いもので、申し訳なくも、まだ、他人事(ひとごと)という感じでした。
 当時、行きつけの居酒屋に入店する時、ブラックな冗談で、「今、フカンショウ(不感症)?から来ました。」と言うと、馴染み客が、「そりゃ、武漢だろう…。」と、皆、笑ってくれていました。
 その後、プリンセス号の混乱が大きくなり、さらに、そののち日本での感染者が次々と出始める様になると、人前で、咳をするだけで、白い眼で見られる様にもなってしまいました。明治・大正時代の俳人で、のちに、寺男もして托鉢生活をし、自由律俳句の短律の特異な句境を開いた尾崎放哉(ほうさい)の、「咳をしてもひとり 放哉」という句がありましたが、それは、それこそ、「咳をしても白い眼 ひろし」…… そんな訳で、マスクも足りない騒ぎにもなりましたが、私共の世代にとっては、使い捨てのマスクをする様になったのは最近の事で、昔は、洗って使える布マスクをいくつか持っていて、それを洗って使っておりました。最近は、それに気づいてか、使い捨てではないマスクを持つ人も増えている様です。
 そのうち、感染は次第に世界各国にも拡がり、急激な感染拡大の為、外出禁止令も出てのゴーストタウン状態や、死者の数がニュースで伝えられる度に、不安が高まります。

  こちら、日本でも、春の訪れ等と共に、人の動きが活発になって、関東圏で、不要不急の外出以外は外に出ない様、自粛要請も出されましたが、当初、反応がにぶく、都心部で、昼・夜問わず、自粛しているとは思えない雑踏が、TVに映し出されていました。少し話が変わるかもしれませんが、つまり、これは日本人の心理の中に、今までに経験した事のないコロナウイルスに対して、まさか、自分は感染者にはならないだろう…と言う、まだ、「他人事(ひとごと)認識」がある事も、原因のひとつではなかったかとも思います。
 「他人事認識」と言いますと、私が身をもって経験した冤罪についても、ほぼ同じ事が言える様です。冤罪に対する一般の皆さんの認識は、その多くが、「あの人は、運悪く、たまたま冤罪に巻き込まれたのだろう。まさか、自分には、そんな事は起きないだろう」という、まだ「他人事認識」がある様です。
 このブログの最後に申し添えますと、逮捕・起訴されると、99.9%有罪と言う、日本の司法の有罪率は大問題なのですが、そもそも、国民の多くが、冤罪に対して、この「他人事認識」を持っているスキをついて、正しかるべき警察・司法が、論理的でなく、公正・中立・科学的でなくても、確たる証拠が無くても有罪と言う、信じられない間違った事をし、冤罪を出し続けるのだと言う事を、身をもって知らされました。私の体験から、そんな日本の警察・司法のあり方を正しく改めていかなければ、日本の冤罪は起こり続けると言う絶望的な思いを抱くばかりです。

     ウイルスの不安の空を燕来る       ひろし
     「考える人」も朧(おぼろ)のロダンの像   ひろし

 この、我々人間と、コロナウイルスとの闘いが、少しでも早く良い方向に…終息してくれる事を祈るばかりです。 皆様におかれましても、ご用心され、呉々も、お体ご自愛なさって下さい。
                                       煙石 博                              

2020年4月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

「光の春」よ、万物再生の兆しを…

2020年3月1日      「光の春」よ、万物再生の兆しを…

 世の中、コロナ…コロナ…で大変です。この冬は、大暖冬ではありましたが、例年、2月の立春から3月のお彼岸の頃に向けては、「光の春」と言われもして、寒さの中にも日の光に力がこもり始め、空が明るくなって、心弾む時期の筈ですが、今年は、コロナウイルスへの恐れと、厳戒態勢の中で、不安と厳しい緊張感に包まれています。何が何でも、この状況を乗り越え、新型肺炎の終息を願うばかりです。1日も早くコロナウイルスを封じ込めて、平和な日常が戻って来る事を祈ります。

 ところで、3月と言うと、私にとって、ひとたび命を絶たれた人生を取り戻す事が出来た月です。振り返れば、4年5ヶ月にわたった私の冤罪裁判で、3年前の、2017年3月10日午後3時からの、最高裁判所第2小法廷で、鬼丸かおる裁判長より、「広島地裁・広島高裁の判決(お金を盗った証拠も無いのに、懲役1年執行猶予3年の判決)を認めると、著しく正義に反するので、無罪‼」という正しい判断が下され、私の冤罪を晴らす事が出来ました。ご支援下さった多くの皆様に心からお礼を申し上げるばかりですが、私の冤罪事件に関わった、広島のひどい警察官、検察官、裁判官の不正義に「煙石は無実‼ ひとごとではない、明日は我が身」と立ち上がって下さった無罪を勝ちとる会の皆様、RCC中国放送OBの皆様、私の友人、知人、恩師…沢山の皆様のご支援に、お応えする事が出来た日です。

 その判決の日の様子を記したブログの一部抜粋したものを下記に添付します。

 2017年3月18日 最高裁傍聴席 「いー1」番に 二度座った男

 2月17日の最高裁弁論から3週間後の3月10日、新幹線で東京に向かう途中、車窓から雪をかぶったとても美しい富士山が見えました。いい判決がでますようにと祈りながら仰ぎ見る富士山へ、「白さも白し富士の白雪、私は無罪」と心の中で幾度もつぶやきました。
                     ・・・途中省略・・・           
 最高裁、第二小法廷には被告席はなく、弁論の時と同じく、最前列の「いー1」番の席に座りました。私の隣に家内と息子、そして支援者の傍聴者が続いて座り、判決を待ちました。
15時、鬼丸かおる裁判長を含め、4名の裁判官が入廷、この時、鬼丸裁判長の表情と雰囲気が、前回の弁論の時の固い雰囲気とは違い、柔和で温かいと感じて、「これは…無罪…判決…か」と、息を殺して裁判長を見つめながら、「私は本当にお金を盗っていないのですから、無罪…しか…ありません。」と念じ続けました。

 「主文 原判決及び第1審判決を破棄する。被告人は無罪。」と言われた瞬間、「そうです、そうです。正しい判断です。」と、心の中で繰り返していました。
 2012年10月11日に止まったままの、私の人生の時計が、再び動き始めた瞬間でした。

 閉廷後、久保豊年弁護士と、無罪を勝ちとる会の皆さんと共に南門へ出て、報道陣からインタビューやら…撮影やら…ここまで支えてくださった皆様に感謝、感謝、ただ感謝。
その後、霞が関の司法記者クラブでの共同記者会見を終え、すぐに帰途につきました。

 帰りの新幹線で、ほっとして無罪のうま酒を…しかし、ほっとする間もなく、次々と電話やメールが…家に帰っても、メールや留守電・電話で、嬉しいメッセージ等を頂きましたが、対応しきれなくて…申し訳ありませんでした。
 さらに、お便りもたくさん頂き、嬉しく拝読して元気を頂きましたが、これもお返事できず、お許しください。数々の失礼をお詫びいたします。

 何はともあれ、皆様のご支援のおかげで、無罪を頂き、ほっとしています。まだまだ整理をしないといけない事がたくさん残っていますが、一日も早く普段の私に戻れればと思います。
 長い間の皆様のご支援、心よりお礼申し上げます。          煙石 博

 あれから3年…。 冤罪は、冤罪が晴れても、失う物が大き過ぎて…壊されたグラスは、元には戻りません。
冤罪被害者が失う人生、人権の事を思うと、冤罪は絶対にあってはならない事で、逮捕・起訴されると99.9%有罪という数字は(最近99.4%有罪という数字も目にしましたが…)たくさんの冤罪が含まれているという事で…とても心が痛みます。

     理不尽な風が吹くなり目刺しの目         ひろし

     覆水(ふくすい)の返らざるまま春の水      ひろし

 広島中央通りの街路樹、白木蓮が、やけに咲き急ぎ、2月半ば過ぎから咲き始めて、ずい分早く白い花の通りを演出しました。この分だと、次の花の主役…桜の開花も…早そうです。光の春の中ですが、皆様、呉々もお体大事に、ご用心なさって下さい。                           煙石 博

2020年3月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

 「ウニホ―レン」はうまいが…涙とため息が出る…辛い話

2020年2月1日  「ウニホ―レン」はうまいが…涙とため息が出る…辛い話

 私のえん罪の事実を取材し、何回も記事にして、雪冤の支援をして下さった『冤罪ファイル』の最新号冬号が、 昨年の12月頃、書店に出て、私も買い求めましたが、すぐに売り切れ、追加注文があったようです。
 相変わらず、納得のいかない、あってはならない、えん罪があとをたたず、又又、腹立たしく暗い気持ちで怒りを覚える事です。

 ところで、振り返ってみると、私が忌まわしい、えん罪被害を体験してから後、銀行には、今でも一人で行きたくありませんが、その他の場合も、一人で行動するのが何となく不安と言う思いが残り、長らく、出来るだけ誰かと行動を共にする事が多くなっておりました。気がついてみると、家内と一緒に出掛ける事も多くなって来て、いつの間にか、それが習慣の様になっている様な気がします。
 ただ、私も古いタイプの日本の男で、夫婦二人で歩くと言うと、周囲の目が気になりもして、何か気恥ずかしいと言う様な気持ちがありましたが、そう言えば、戦後昭和時代に読んだ幾つかのエッセーでも、『日本では周囲を気にして、夫婦一緒に出歩く事を憚る夫婦がまだまだ多いが、欧米では、まず家庭、家族が第一で、昔から夫婦が一緒に歩く事は、自然で当たり前。周囲も、何の抵抗もなくそれを受け入れている…』とあった様に記憶しています。それを意識してみると、確かに、外国映画や、欧米を紹介するTV番組でも、夫婦が自然に連れだって歩くシーンをよく見かけ(仲がいいのかどうかは知る処ではないが…)、欧米の夫婦のスタイルに納得、『なるほど、ちぎる秋なすび(笑)』

 まあ、そんな訳で、昔はスーパーやお店に行くのは全て家内だけでしたが、えん罪以降のある時より、家内のお供をする様にもなり、夕食を何にするか、私の希望を入れながら買物をする事もありますが、それよりも、酒の肴を私が選んだ方がてっとり早く、家内も助かるのでは…という気持ちからです。

 さて、ここからは、私の恥を忍んで正直にお話をする事ですが…。私は、元々細かい金銭感覚がアバウトなところがあり、それが高いか安いかを判断するのが苦手。と言う訳で、たまに一人で出かけた帰り道に、酒の肴をと、お店に立ち寄った時は、目についた品を買う前に、家に居る家内に値段などを携帯電話(ガラ携…)でメールして判断を仰ぐ事もあります。ま、たいがい「買わなくてもいい…。」という我が家の財務大臣・家内のメールが返って来る事が多いのですが…。
 これは、去年の暮の事ですが、とても悲しく怖い目に会いました。
 たまたま、一人で用事を済ませた帰り道、時々、家内と立ち寄る何軒かの食料品店の一つのお店の前を通りかかりました。ふとよぎったのが「今夜の酒の肴を…」と、そのお店に入り、商品表示の中に、ほうれん草、特価○○円と言う値札が目に入りました。
 そう言えば、以前買っていたウニを食べなきゃという思いがよぎり、ほうれん草にウニをからめる「ウニホーレン」がいいかも…。昔、知る人ぞ知る、「ウニホーレン」がうまいと言う記事を何かで読んだ時、それを知らない私は、そりゃ~ないだろうと思いましたが、試してみなきゃ話はできないと、食してみると…これがイケるんです。酒の肴にもいい。 ほうれん草だけよりも「ウニホ―レン」で食べると結構、箸もすすみます。
その時目にしたほうれん草を、買おうか…どうしようか迷い、例によって、家に居る家内へ相談しようとメールをしていたら、突然、お店の男性が怒ったような声で、「お前はそう言う事をしよるけぇ警察に捕まるんじゃ!!…表へ出え!」。予期せぬ出来事で、何が何だか混乱する私。狭い店内ですが、数人の女性客もびっくりする前で…私は、「ほうれん草を買おうか、どうしようかと、家内にメールして相談しようと思ったんです。」と、こわごわ答えるのが精一杯でした。店の男は、改めて「表へ出え!!」さらに、立ってこちらに近づきながら、出入口の方を指さし、「表へ出え!」なぐりかかってでも来そうな殺気を感じ、私は、恐ろしくなって、それ以上説明する事も、抵抗する事も出来ず、追い払われる犬の様に「ゴメンナサイ。」と言って店を飛び出しました。
 どんな思いで何を勘違いされたのか…、私が、煙石博だという言う事と、私の事件の事を知っていての事でしょうが、私は、屈辱的で精神的なダメージを受け、とても心が痛み、今でも滅入ってしまいます。
 「私のえん罪は、私は、何も悪い事をしてないのに…、ボーッとしていた訳でもなく、証拠もないのに、犯人としてでっち上げられ、ぬれ衣をきせられた被害者なんですが…。」
 思いますに、悪い事をしていないのに逮捕され、容疑者の段階でひとたび名前が報道された多くの方が、のちに、そうではなかった事が明らかになっても、今回、私が味わった苦痛の種を背負っているのだろうと思います。

 私は、4年5ヶ月の闘いの後、最高裁で無罪判決は勝ちとりましたが、冤罪の被害者にしてみれば、無罪は当たり前の事で…失ったものは返ってこないと言う、苦しく辛い本音もあります。少し前に、ある人が「ほんまに(本当に)えかったのぉ(良かったのお)。ほいじゃが(しかし)、まだ事件の顛末(てんまつ)をよお(詳しく)知らん人も、よけえ(たくさん)おる。無罪になって良かっただけでは済まされん問題じゃ。あんた(貴兄)の身に起きた事は、ひとごとじゃあないし、明日は我が身なんじゃがのぉ~…。」身に沁みる言葉…。悔し涙が心の中にあふれます。

   白梅に酌むや偽りなき友と            ひろし
   風花(かざはな)や悲嘆に暮れし日も斯(か)くや   ひろし

煙石 博

2020年2月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien