煙石博のブログ

煙石博さんはある日突然に謂われなき罪に問われ、苦しんでいます
この苦しみは彼一人だけではなく、家族の皆さんも地獄の苦しみを
味わっています
このブログでは、その時々の彼の思いを綴っています

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どれだけ記憶に残っていますか・・・

2018年12月1日  どれだけ記憶に残っていますか・・・
Youtube煙石博冤罪事件の視聴回数が32万回を超えました

 今年は戌(犬)年、とり年でもないのにバタバタ?しているうちに、早くも1年が終わろうとしています。振り返ってみると、まさに、多事多難の1年で、記憶のキャパを超える程の激難の1年でした。
私の日記を拾い読みしながら振り返ります。どれだけご記憶でしょうか…。

 2017年(去年)12月13日に、俳句の会に出席する為に行った公民館の3階テラスで、普通3月か4月に咲く菜の花が、盛んに咲いていました。

そして新年早々、2018年1月7日に大寒波が襲来。東日本、山陰、西日本各地が大雪に見舞われ、広島でも県北部を中心に、北広島122センチ、庄原76センチの積雪…。また、沖縄にも、みぞれやあられが…。長崎、熊本でも、まとまった雪が降ったと、記しています。

さらに、2月7日には、福井で大雪。4月には、鳥取県で、桜が満開の景色の中に、数センチもの積雪。

5月の半ばに、私の家の近くで、早くもアジサイが咲いているのを見て驚き、例年より、2週間くらい季節が早く進んでいると思いましたが、毎年、秋に咲く、我が家の野紺菊(のこんぎく)が、季節を間違えて、5月に何輪か花を咲かせていました。そして5月26日、奈良・京都・広島で、早くも真夏日。

 海外では、5月に、ハワイのキラウエア火山大噴火。6月初めグアテマラ火山、大噴火。 国内では、6月18日、大阪で、震度6弱の地震が起き、大きな被害が出ました。

 ところで、東京では、これまでで最も早く6月に梅雨が明け、一方で梅雨のない北海道に、梅雨前線が停滞し、大水禍。これまで経験した事の無い異常気象…私どもの時代にはなかった竜巻が、近年ちょこちょこ発生していますが、今年も、大きなものでは、6月に、沖縄で過去最大級の竜巻があり、6月末には、滋賀県の米原市でも巨大竜巻が発生して、大きな被害が出ました。

 7月には、西日本豪雨があり、6日、7日の集中豪雨では、広島市、呉市でも、大変な水害被害、山津波の恐ろしさを見せつけられました。

 7月8日の梅雨明け後、いきなりの猛暑で、一週間連続の真夏日。そして7月・8月は、命に係わる程の暑さという表現の激暑が続き、記録的猛暑に痛めつけられました。
また、台風も、記録的な数と、これまでにない勢力で、大きな被害が出ました。中には、普通、東にカーブを描くように日本列島を通過する台風が、全く反対に、東から西へカーブするという、奇妙なコースを辿りました(台風12号)。この台風は、日本列島の東の太平洋から、中部地方に上陸し、紀伊半島から瀬戸内海を通過して、九州北部に上陸した後、南下して九州沖へ向かって停滞し、その後西へと…。

さらに、9月6日には、北海道の厚真町に大きな被害を出した、震度7の大地震がありました。

思えば、地球が病んでいるかのような荒々しい天気と天変地異の1年…天災オンパレードの忌まわしい1年でした。優しいはずの、春夏秋冬の日本の四季が牙をむいたような過酷な1年…。本当に辛く悲しい事が多い1年でした。

 ところで、高島易の暦を見ると、今年の11月は一の酉(とり)、二の酉、三の酉とあり、三の酉まである年は、活気がありすぎて、火事が多いと言い伝えられているとあります。そういえば、各地で、大きな火事のニュースが伝えられ、火事が多いような…火の取り扱いにも、充分お気を付け下さい。
ご健康で、幸多き来年をお迎えになりますようにお祈りします。

   山茶花(さざんか)の散りて咲き継ぎ咲き勝り   ひろし
   立ち止まる事許されず十二月           ひろし

※Youtubeの煙石博冤罪事件の視聴回数が11月29日に32万回を超えました。私のような被害者が一人でも出ない為にも、多くの皆さんにご覧頂きたいと思います。(Youtubeのページはコチラ

※2018年3月に、作家の見延典子さん(「もう頬づえはつかない」、頼山陽関連の著書、近作では、紀行エッセイ「私のルーツ」等の作品があります。)に、ばったりお会いして、私のニュースを差し上げ、限られた短い時間でしたが、私の冤罪をお話しましたら、たちどころに、切れ味のいい文章にしてインターネットにアップし、ご支援下さっていました。迂闊にも、それに気がついたのは10月頃でした。先生のご支援に感謝しております。

※今年も、年賀状欠礼のハガキを何枚か頂き、大変寂しい思いをしています。
死んでいく者は悲しい。生き残った者も、寂しく、そして辛い…」おん身ご大切に。

皆様方のご支援に心よりお礼を申し上げます。
                                            煙石 博

2018年12月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

そういえば、今日は6年前に保釈された日でした

2018年11月7日   そういえば、今日は6年前に保釈された日でした

Youtubeの「1番だけが知っている・煙石博冤罪事件」の視聴回数が、11月6日に29万回を超えました。私の様な被害者を出さない為、クチコミで広めて下さい。(Youtubeのページはコチラ

 

夜、家で晩酌をしている時、無罪を勝ちとる会のメンバーだった或る方から電話がありました。1つは、Youtubeの視聴回数が、29万回を超えた事。もう1つは、南警察署の留置場から保釈されたのが、確か11月の7日でしたね~。という電話の内容でした。記録を見ると、確かに2012年11月7日に保釈請求3回目で、ようやく保釈許可。(28日間拘束)とありました。

あの時の事を回想してみますと、何が何だかわからないまま、やっと留置場から出られる…と、ただただ、安堵ばかりの思いでした。(私は、この時点でも、裁判では「お金を盗っていないのだから、正直に申し述べれば、真実に沿った正しい判決が出て、必ず勝てる。」と、まだ司法を信じておりました。しかし、日本の司法は、こわれていたので、広島地裁・広島高裁で有罪というとんでもない判決を受けました…。)

さて、保釈された日、我が家は、広島県警南警察署の近くで、家内が迎えに来てくれて、家まで10分位一緒に歩いて帰りました。

ところで、留置場の28日間、ヒゲは全く剃りませんでした。というのは、自分の電気カミソリは持ち込めず(凶器に使われる可能性があるからでしょう)、留置場専用の、共用の電気カミソリがあって、前の人が使った後、自分で、消毒液で洗って使うようになっていたからです。…であれば、ヒゲを伸ばしっぱなしにして居ようと…それでいいと思いました。

保釈されて家に帰った時、ヒゲは伸び放題でしたが、私は、高校の放送部の時から、森繫久彌さんが好きで尊敬していましたから、その森繫さんが、晩年ヒゲをたくわえていたので、「このままヒゲを剃らずにおこうか。」と家族に言ったら、「世間の人は、TVニュースや新聞を見て、お父さんが、お金を盗った窃盗犯だと思っているので、胡散臭いヒゲは、剃った方がいい。」と言われて、剃り落としました。

その翌日から、家族が言っていた様に、世間の人の私を見る目が、すでに違っている事を感じました。近所の人を始め、多くの人が私から遠ざかっており、絶望の思いを知らされる日々が始まりました。

考えてみると、盗ったのではないか(窃盗容疑で逮捕)とマスコミが伝えた時点から、私は、冷たい世間の目にさらされ、胡散臭い人間と見られている事に気がつくのですが、私がこれまで積み重ねてきた「信用と信頼」はすべて壊されておりました

そういえば、留置場はとんでも無い所で、思い出せば色々な事がありました。その事を時々ブログに一人言で…書きましょう。
                                
11月7日は、立冬、暦の上で冬の始まりです。私を支援して下さった皆様のご恩に感謝の日々です。お体お大事に、おん身ご大切になさって下さい。

番号で呼ぶ開錠の鉄の冷え    ひろし(2012.11.5)
 
房狭き掃き取るは皆木(こ)の葉髪(はがみ)   ひろし(2012.11.5)

 ※留置場では、部屋の掃除もトイレ掃除も、ほうき・ちりとり・雑巾を渡され、毎朝、自分でさせられました。

これは6年前、保釈されて帰宅、ヒゲを剃り落とす前に撮った写真です。


          

                                    煙石 博

2018年11月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

アクリル板をけ破るなんて・・・

2018年11月1日 アクリル板をけ破るなんて・・・

 大阪府警富田林警察署の留置場面会室のアクリル板をけ破って逃げた某氏が、世間を騒がせましたが、私も広島県警南警察署の留置場に28日間入っていた体験者として、あそこからは、とても(ネジがどうのこうのと伝えられていましたが・・・?)け破って逃げ出せるようなものではないように思います。しかし、あの出来事で、計らずも、留置されていた6年前の事が思い出される事です。

 南署の留置場は、6室か7室あり、4号室は欠番で、私は、中ほどに近い13号の独居房に入れられました。天井が高く薄暗い長方形のコンクリートの打ち抜きの部屋で、そこに、ネチネチした肌触りのビニル畳が縦に4枚敷かれ、奥の半畳に、さらにじめっとして薄気味悪い、下半身だけ見えないようになっている和式トイレの部屋。房の前は通路、その向こうに留置場警察官の机がこちら向きにいくつかありました。

 留置場に入れられる時は、手錠を外されて、毛布1枚と、芯のないトイレットペーパー1巻だけ持たされますが、枕は与えられませんし、タオル類は持ち込めません。(自殺させない為だろうと思う。)当然ですが、部屋に私物は持ち込めず、机も、他の物も全くありません。もちろん、携帯も没収されて外界と全く連絡はとれません。
 面会室に連れて行かれる時は、まず、「13号!」と番号で呼ばれて、鉄格子が開けられ、通路に出されますが、そこで手錠をかけられます。

   「13号」と呼ばれ時雨(しぐ)るる鉄格子   ひろし

 そして、少し先の出入り口まで歩いて、再び鉄扉が開けられて通路を歩き、面会室の前で手錠を外され、部屋に入ります。

面会は、弁護士の場合は何時でも可能ですが、他は、警察官立ち合いの元、1日に15分間だけで、しかも、土日の面会は許されず、週末の土日は、本当に心細く、月曜日の朝の面会までが随分長く辛い時間だった事を思い出します。

 その当時のメモの一部を振り返って見ていると…『10月17日(水)勾留6日、頭が朦朧』とあり、思考力も衰えて来たようです。『~考えてみれば、事件があったとする9月24日は、逮捕された日の2週間以上も前の話で、記憶は定かでない。私がお金を盗っていないのに、T刑事は、金を盗っている、金を盗っている。と責め立てて、刑事が作った、ありもしない、私の銀行内での犯行ストーリーを認めさせようとする~。私は、銀行内での行動内容は覚えていない。全て自信がない。確かなのは、(自信があるのは)お金を盗った記憶がないだけで、あとは刑事の問い詰め方に乗せられていったような…』とあります。また、『この調べは、私が金を盗ったと決めつけた事から始まっている…⁈』ともありました
 『10月19日(金)検察庁へ…N検事と接見。私がお金を盗っていない事を懸命に説明したが、検事から「ゆうべ何回も防犯カメラの映像を見たが、お金を盗ったのは、あなたに間違いない。」と言われる。しかし、この時点でも証拠の防犯カメラの映像を私に見せてくれない。それどころか「お金を盗ったか盗らないかは別にして、被害者?に金を払えば済む事です。」と言われて愕然とし、示談ばかりを勧める検事が「裁判しても、日本の司法は、99%有罪だ。」と豪語。「死ぬまで裁判する事になって、人生を棒に振った者がたくさんいる。」と脅し、示談を強要するばかりで、検事も公正・中立に、事件の内容をよく見て判断してくれなかった』とメモしていました。 思い出しても、今でも憤りと怒りが込み上げて気分が悪くなります。

 10月の何日なのか、数日いい天気が続いていた様で…『秋祭りの子ども神輿の声が弾んでいた。』とあり、『夜中にいつも何回か目が覚めるが、朝4時頃目が覚め、うす暗闇の中で俳句が浮かんだが、紙と筆記用具がない。(夜9時から、メモ用紙と筆記用具、更に、眼鏡も毎晩取り上げられている)思いついたのは、トイレットペーパーを細いこよりにして、ちぎり、それをカタカナ文字にし、警察官に見つからない様に房前面の小さな死角スペースに並べた。それを、昼に紙と筆記用具をもらって、記録』

   天高し地に我が疑惑晴らすべく   ひろし

 朝早く、2階屋外の細長く狭い通路を、一人20分位左右に歩ける運動の折…

   秋の空うそ偽りのなき高さ   ひろし

そして雨の日…

   秋雨や窃盗容疑晴れぬ日々   ひろし
このあいだ、道に何か落ちていると思い、拾おうとしたら、「歳(とし)…」でした。そうか…11月2日は、私の誕生日…「61歳だったか、62歳だったか…いや、71歳だったか、72歳だったか、何歳だったか・・・危うい?」そういえば6年前の誕生日は、留置場の中で迎えた…。その数日後、大学の何周年かの記念同窓会へ出席できず、私は窃盗の汚名を着せられて留置場の中。同窓の知り合いは私の事をどう思っているだろうと屈辱的な思いに沈んだ事を思い出しました。

   晩秋の音冴え冴えと独居房     ひろし

  「施錠よし」と房の復唱冬隣(ふゆどなり)    ひろし

 

動画投稿サイト「Youtube」に「1番だけが知っている」の煙石事件の投稿がありましたのでご参考までに・・・多くの方々から関心が寄せられています。

             

           (Youtubeサイトはこちらをクリック →  クリック )

 よろしかったら、ご覧になって下さい。(※2018年10月31日時点での再生回数 28万0292回

私の事件は、私だけの問題ではありません。私のような被害者が、私の後に出ない為にも、一人でも多くの皆様に真実を知って頂きたいと思っています。

                                            煙石 博

2018年11月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2018年10月11日  あれから6年、激白 忘れる事のできない忌まわしい逮捕の朝・・・。

2018年10月11日  あれから6年、激白!忘れる事のできない忌まわしい逮捕の朝・・・。

下記は、一部加筆した新しいブログです。(2018年10月19日修正)

 私が窃盗の濡れ衣を着せられた冤罪事件があったとされるのが、2012年9月24日(月)。――突然の逮捕は、なぜか半月余りも後の、10月11日(木)朝。

 刑事二人が、突然、我が家にやって来て、私が近所の銀行のロビーで、お金を盗ったという、身に覚えのない窃盗容疑をかけました。(むしろ、すでに窃盗犯と決めつけて来たのだと確信します。)

 刑事が「防犯カメラに証拠が映っている‼」「~左手で左胸のポケットに、金をねじこんだんじゃ‼」と、自信たっぷりに言うので、私は「そんな事をする訳がない。お金を盗ったと言うんなら、証拠という防犯カメラの映像を、ここに持って来て、見せてくれ。」と、何度も頼みましたが、刑事は「見せるわけにはいかない。」と言って、見せてくれませんでした。(後で、防犯カメラの映像から、着ていたシャツは、胸ポケットのないシャツだったという事がわかり、私が封筒からお金を盗っている所や、封筒を手にしている映像はありませんでした。また、持ったとされた封筒に、私の指紋は、ついておらず、私が、封筒にふれていない事も鑑定されました。つまり、盗った証拠が無いのに、私が記帳台に近づいたという事をもって、私を犯人と決めつけていたのです。)

 盗った、盗らないで、刑事と激しいやり取りが2時間余り・・・。昼前に、逮捕状の呈示もなく、家の近くの広島県警南警察署に連行されました。警察のワゴン車の中で、降りる前に手錠をかけられ、そのまま署内に連れて行かれましたが、かなりの署員の視線を浴び、気が動転して、頭は混乱状態になりました。

 取り調べ室で(取り調べ室と言っても、あんなの取り調べではない、最初から私を犯人と決めつけて、お金を盗ってもいないのに、盗ったと自白させるための部屋でした。)しばらくあって、頭が混乱している私の前で、刑事が、外に向かって大きな声で、「報道(マスコミ)は来とるか‼」と言ったので、「ちょっと待って下さい。私は犯人ではありません。マスコミには、まだ発表しないで、よく調べてからにして下さい。報道はそれからにして下さい。」と、懇願しても聞き入れてもらえませんでした。

今でも鮮明に記憶しているのは、刑事が「マスコミは、ニュースを欲しがっとるんじゃ。‼」「マスコミは、わしの言うのを、そのまま、垂れ流すんじゃ‼」と、脅しの様な言葉。何とも無茶苦茶で、その刑事の方が犯罪者だと、今でも怒りが込み上げてきます。

 マスコミ報道は、テレビが、逮捕されたその日の夕方に、私が窃盗容疑者として逮捕されたと報じ、翌日の朝刊各紙も、取り調べもしないひどい警察発表を、刑事が言った通り、そのまま報じました。
この時から私は、窃盗犯として、白い目で見られ、後ろ指を差される人となって、人権も、人生も一気に失ってしまいました。取り返しのつかない恐ろしい事です。

 私は、社会に出てこれまで、人に迷惑をかけないように、信用、信頼を大切にという物差しで、正直に生きてきた人間ですから、最も苦痛な事でした。

 取り調べでない取り調べの中で、刑事は「マスコミが報道したけえ、もうみんなが、お前を窃盗犯じゃ思うとるんじゃ‼」と、何度も脅迫する様に言い、自白を迫りました。

 さらに「窃盗を認めりゃぁ、ここ(留置場)を出られる。人の噂も75日、世間はすぐに忘れる、すぐに社会復帰できる~」と言って、強引に、自白へと誘導していきます。(やってないのに、やったと認めると、やったという作り話を作文されて、ニュースで報道されるという訳です。社会復帰は、まず不可能です。)今思えば、これは刑事による大きな犯罪です。私は何も悪い事をしていません。

 思い出すのもおぞましい、6年経っても、気分が滅入ってしまう記憶で、忘れる事も出来ない事です。思い出すと今でもはらわたが煮えくり返ります。

 こんな事は、私の後に絶対にあってはいけません。私のような被害者が出ないことを願うばかりです。私の事件を忘れないで下さい。政治家の先生方も、思想信条を超えて、超党派でこの改革をして頂きたい事だと、私の悲劇から訴えたい思いです。

最近思うのですが、今の時代の私共は、世の中が、余りに多事多難過ぎ、1つの出来事に、いつまでもこだわっておれない、次々と、大変な事が起きるものだから、過去はすぐに、忘却の彼方へ・・・。時の流れが早過ぎるような、極端に言えば、ひと月前の出来事が、昔の1年前の出来事のような感覚で、・・・。しかし、私が体験した悲劇は、忘れる事はありません。

どなたかがYoutubeにアップして下さった『煙石博さん冤罪事件』の視聴回数は、9月23日(日)に23万回を超えました。
10月10日(水)21:30現在の視聴回数は、23万9478回です。
パソコンやスマホで視聴できるので、知り合いの方にさらに拡散して頂けると有難いです。

☆10月19日(金)AM7:00現在の視聴回数は26万0712回です。
                                         煙石 博

2018年10月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2018年10月1日   お月様は見ていらっしゃる

2018年10月1日   お月様は見ていらっしゃる

皆様には多大なるご支援を頂き、有り難うございます。Youtube「煙石博さん冤罪事件」の視聴回数は6月27日には2万4728回でしたが、9月28日には、23万回を超えました。パソコンやスマホで視聴できるので、知り合いの方にさらに拡散して頂けると有り難いです。

今年の夏は、これまで経験した事の無い暑さ、激暑が長く続き、やっと迎えたという感じの秋でしたが、どっと夏の疲れが出ました。皆様におかれましても、呉々もお体ご自愛なさって下さい。

  天災の多く悲嘆の虹と遭ひ     ひろし

それにしても、今年は、天災に次ぐ天災。6月・7月は、例年の梅雨とは違った、怒りのこもったような荒々しい天候で、梅雨末期の送り梅雨は、西日本豪雨となって、各地に大洪水の被害が出ました。梅雨は早く明けたのですが、いきなりの猛暑・激暑に熱中症続出・・・。
本当に何かが壊れてしまったような激暑の日々。おまけに、台風シーズンではない時期に台風の襲来・・・しかも、これまで見た事もない、東から西へと逆方向に向かう奇妙なコースを辿ったり、スケールも、これまでのものとは違う異常さを感じるものでした。水害、台風、そして地震・・・何か日本が、いや、日本だけではない、地球が病んでいるかのような天災が続きます。これ以上、天災が無いよう、願うばかりです。
そんな中、私共の現実社会に目をやると、人間が、変な事ばかりやっていて、無茶苦茶な事が多すぎます。次から次へ理不尽な事が明らかになり、私共の常識では許されない事が、あまりにもあり過ぎます。そこには、人としてやってはならないでしょうと思うような、良心の無い、常識を失った傲慢な考え方や、やり方がまかり通っていて、怒りを覚える事ばかり・・・。私の冤罪事件に関わった刑事・広島地裁・広島高裁の検事・裁判官においても、その一例だったと思います。私は神仏に誓っても間違った事はしておりません。

私共の先祖は、大自然には神が宿り、天災等が続くと、天の怒り、神の怒りではとも受け止めて、自らを律し、戒め、自然からも謙虚な心を学んだのではないかと思いますが、今の世に、それは・・・。

ところで、10月は、後の月という名残の月をめでる十三夜(栗名月・豆名月)の月見の月です。今年は10月21日土曜日(旧暦9月13日)です。昔の人々は、地球を見続けてきたこのお月様を、神仏をあがめるように、尊く見上げていた事でしょう。穏やかな実りの秋が深まってゆきますように・・・。 

  夜半の秋宇宙の果ては星の闇   ひろし
  秋天に宇宙を背負ふ水の星    ひろし

煙石 博     

2018年10月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien