2022.3.1 住宅・ビル建築ラッシュの先は…。独房日記・備忘録⑨「刑務官も…怖い…。」

2022.3.1 住宅・ビル建築ラッシュの先は…。独房日記・備忘録⑨「刑務官も…怖い…。」

 コロナ禍のお陰で、相変わらず自粛疲れの日々を強いられていますが、私も、このところ、俳句の月例句会が、1月の新年句会に続いて、2月の句会も、お互いに高齢仲間と言う事で、用心の為、大事をとっての休会となり…モヤモヤ気分が残っています。

 どうも、句会が中止になった事で、何か無駄な時間が過ぎてしまった、惜しまれる時間の経過を感じると共に、これは、単に句会が休みになったという事だけでなく、私共にとって、いかに、人と人との交流や、そこでのコミュニケーションが大切であり、人間は、1人で生きているのでは無いと言う事を身をもって実感するところです。早く、人間らしい日常が戻って来る事を願うばかりです。

 ところで、これは、少し前から続いている事ですが、コロナ禍の中でも、相変わらずの建築ラッシュ…が続いています。家が建つ、ビルが建つ。広島の中心街、本通りも、長い間、店舗の建て替えを見る事がほとんどなく、いつも見馴れた商店街でしたが、最近になって、何ヶ所かのお店が、建て替えられているのを見掛けます。

 又、私の住んで居る南区の町内会でも、(私は、生まれた所に、ずっと住み続けている…考えてみると、原始人のままの様な気がして来ますが…)最近は、住宅の新築が目立ち、ところどころ、新しいビルも、ニョキ、ニョキと…下町の様子が少し変わって来つつあり、幼い頃から見馴れて来た町並みが姿を変えつつある事に気付き、ちょっぴり感傷的な思いもしています。
 そう言えば、広島の中心部も、基町の中央公園のサッカースタジアムの建設が始まったし、広島駅前の郵便局ビルも、かなり高階まで建設が進んでおり、戦後、幾度か姿を変えて来た広島駅ビルの新築工事も、順調に進められている気配…。

 この建築ラッシュの先にあるものは…。これは、何としても、大きく姿を変えつつある広島の、令和の新しい顔を見届けたいもの…。齢を重ねて行きますが、お互い、まだまだ、這いつくばって、頑張りたいものです。

 自然界も、草木の芽吹きシーズンを迎えます。

     酒を酌め起こしの雨ならむ   ひろし

 降る雨も、芽吹きを促す、優しい恵みの雨となりましょう。


          改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑨「刑務官も…怖い…」
        (これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいという思いから書き綴っています。)

 さて、訳もわからぬままに、広島市南区の広島県警南警察署の独房に叩き込まれて、薄暗く、不快な房の中で、不安と恐怖の為に、2晩、一睡も出来ず、昂奮の中にありましたが、さすが、三日目は疲れ果てて眠りに落ちました。しかし、その眠りは、ウト・ウトするのですが、2時間おきに目覚めるという浅い睡眠状態で…、これは、房の中に居た28日間、ず~っと続きました。

 以下の話は、独居房に入れられ、「13号」と呼ばれて…数日のちの事だったと思います。

 私は、現役のアナウンサー時代、40代の初め頃から、合気道の或る先生から、集中力を高めると言う心身統一の座行・座禅の様な呼吸法を教えて頂いて、出勤日の起床時、10分間位、座禅を組む事を習慣にしていました。

 その時の私は、気が動転して混乱状態にありましたが、苦しみの中で「はっ」と我に返り、ここは、心を鎮める為にと、独居房の中で、この呼吸法を取り入れた座禅を組む事で、自分を取り戻そうと思いました。
 起床は7時でしたが、たいがい6時前には目覚めていましたから、皆がまだ寝静まっている早朝6時前の10分間くらい、鉄格子の外の方に向かって、毎朝、あぐらをかき、腹式呼吸の、心身を統一をする座禅を組みました。

 座禅を組み始めた、最初の頃…のある朝、見回りをしていた若い刑務官が、まだ寝静まっている各房を、一室ずつ覗きながら、私の「13号」の前に近づいて来ました。
 私の房の前に来て、鉄格子の中を覗いた瞬間!!。私が毛布を掛けて寝ている事を想定して覗いたのでしょう…そこには、すぐ目の前に、大仏の様に半眼(はんがん)で、こちらを向いて座っている、気合いの入った私がいて、驚き!!、一・二歩あとずさりしたあと、こわごわ、身を守る体勢で固まって、私を見据えている格好になりました。余程、驚いたのでしょう。
 むべなるかな…考えてみれば、房の中に居る者は、犯罪人と言う想定で…おとなしい者ばかりではありません。ならず者も入っている訳で、夜の看守業務は、刑務官と言えども、本音のところ、恐ろしいと言う気持ちがあっても、おかしくは無い訳です。

 しばらく間があって、気を取り直したその刑務官は、再び私の鉄格子に近づいて…「何をしているんだ!!。おとなしく寝ていろ!!。起床時間は7時だ!!。」
 私も、穏やかならぬ気分でしたが、「申し訳ありません。座禅を組ませて頂いております…」。その時の若い刑務官の、慌てて、こわばった表情は…本当にお気の毒でした。
 刑務官も、夜の看守業務は、怖さと隣り合わせでしょう…。独房日記…「これも、怖い話」次号へ続く…。

 ところで、関西に春を告げる、奈良東大寺のお水取りは、3月1日(火)から始まって、クライマックスは3月13日(日)早朝。毎年、お水取りの前か、お水取りの頃は、春がやって来る前の、最後の寒さがやって来る事が多いようです。

     水取や瀬々せぜのぬるみもこの日より   蓼太

 3月は春への目覚めの月。身の周りの、目覚め始める春のエネルギーに気をとめれば、心優しく、暖かい、安らぎを得られる筈です。

     尾道の猫も恋する寺の屋根   ひろし
     芽柳や空いっぱいの川流る   ひろし

 穏やかな春の訪れを祈るばかりです。                  煙石 博

2022年3月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2022年2月1日は、旧暦1月1日で、旧正月、春初め。独房日記・備忘録⑧「お風呂はかけ流し」

2022年2月1日は、旧暦1月1日で、旧正月、春初め。独房日記・備忘録⑧「お風呂はかけ流し」
旧正月は、[寒さの中にも春が兆し始める頃で、「迎春」「初春」と言う表現がピッタリ。春の初めの氣が充ち初め、春初め、早春です。]

前回のブログ(12月28日)に書きましたが、昨年12月に、私の家内の母が、ご長寿でお元気だったのですが、11月に体調を崩され、96歳で亡くなりました。
 家内の父が亡くなった後、気丈に、ひとり暮らしを通されましたが、10年前、私の身に、突然、えん罪の悲劇が降りかかり、それから、最高裁、無罪判決までの5年間…長い間、大変なご心痛をおかけした事は、本当に申し訳なく、私のえん罪をつくり上げた関係の人達に対する怒りと、憤りと共に、お詫びのしようもありません。
 えん罪は、当事者だけでなく、いかに多くの人をも苦しめるかと言う事を、体験を通して痛い程知らされました。えん罪は絶対におこしてはいけません!あってはなりません!えん罪は、人災です‼ これは、私だけの事では無いと思いますから、敢えてブログに書かせて頂きました。

 そんな訳で、今年は、新年のブログを、年末(12月28日)のブログにして、年賀を失礼させて頂きました。
 96歳の長寿で、まぁ、歳に不足はないとも言われそうですが、この度、実感した事は、死と言う永遠の別れは、何歳で亡くなっても、辛く悲しく、無情なもので、命の重みが、何と大きなものであるかと言う事を教えられた事でもありました。
 残された私共も「生きている、生かされている」と言う、「今日を、今を」感謝しつつ、生きて行かなければいけないと言う思いです。
 40年余りも昔になりますが、私だけでなく、多くの人達から尊敬されながら逝かれた、私の人生の師であり、俳句の師のおひとりでもありました、人徳のあった名柄大学さんの、お亡くなりになる前の句を、今も思い出し、涙致します。

   覚えなき 善根功徳ぜんこんくどく冬の虹   大学
   先に逝くものの仕合わせ冬の虹   大学

 先に逝く者は辛い…しかし、残される者も辛い…。「大きな悲しみをかみしめて、小さなよろこびを育てよう」。…大学さんの言葉でした。

 ところで、何があろうと、移ろい行くのが世の習い、早くも1月が終わって、2月ですが、今年の2日1日(火)は、珍しく、丁度、旧暦の1月1日になりました。
旧暦とは、月の満ち欠けと、太陽の動きから計算された大陰太陽暦で、明治初め、世界共通の今の暦が日本に採用されてから旧暦とされた暦…等と、敢えて説明しますが、今年の2月1日が、近年、益々、忘れ去られて行く様な、旧暦の正月です。
 この旧正月の頃は、既に、陽射しが伸び始めており、陽の光にも力がこもり始めて、空が明るく、何となく春へと向かっている事に気づかされる頃です。「光の春」と言う嬉しい表現もありました。
 大変なコロナ禍の中ですが、春へ向かう光へ向かって、「一陽来福」を祈ります。

   立春の光に向かふ心かな   阿火
   鳥の来て揺れたる梅の影も香も   ひろし


          改めて・四畳半独房日記・補足・備忘録⑧「お風呂はかけ流し」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)

 三度・三度、差し入れられる「幕の内弁当」が、大変美味しかったと、昨年12月1日のブログに書きましたが、もうひとつ有難いものは、週2回、火曜日と金曜日に使わせて貰えた風呂でした。
 留置場に入ると、右手側に鉄格子の房が並んでいますが、その前が、少し広めの通路になっていて、この通路を歩かされ、それぞれの房に入れられます。この通路の向こう側の正面に、鉄格子のスペースがあって、その中が風呂場になっていました。風呂場と言っても、鉄格子の中に、シャワーとバスタブ(洋式の浴槽)が置いてある狭いスペースで、腰のあたりだけ見えない様にガード板がつけられていましたが、ほかは、鉄格子ですから、常に看視されている状態になっていました。

 風呂は、刑務官から、房の番号(私は13号)で呼ばれた順に、1人15分の時間制限で使いました。刑務官が決めた順に、朝食後すぐに、風呂時間となります。
初めての風呂時間の時、刑務官から「湯船には浸からず、シャワーと、かけ湯で体を洗う様に」と言われたと思いますが、他の者も、湯に浸かる者は居ませんでした。
 さて、バスタブの前に立った時、「ええっ!」と思った事に、湯船からは、常に湯が溢れ出て流れるままにしてあり…かけ流しの温泉?状態…。風呂を使ったあとで、老婆心ながら、刑務官に「水がもったいない様な気がするんじゃが…」と言うと、刑務官が「病気を持っとる奴がおっちゃぁいけんけぇのぉ~」と話してくれ、「そうか、成る程…」と、納得した事です。その時の私は、理不尽な濡れ衣を着せられて、やり場の無い精神状態にありましたので、湯船から溢れ出ている湯を洗面器いっぱいに汲み上げては、腹立たしい気持ちの捌け口(はけぐち)を求めるかの様に、頭から贅沢にかけ湯を使いまくりました。
 実は、湯船から溢れ出てゆく湯を惜しみなく汲み出して、かけ湯をすると…とても気分よろしく…不思議な満足感に浸れると言う事も知りました。留置場を出てからのち、あの快感を我が家でもと思う事もありますが、水道代の事を思うと…その勇気がありません。
 ところで、「刑務官も…怖い…」と言う話は…次号へ続く…。 

 暖かくなりかけたかと思うと、また寒さが戻って来る事を、冴返る(さえかへる)と言いますが、これからは冴返る日もありましょう。そして、もっと寒さが戻ると、凍て返る(いてかへる)、 さらに、それ以上に寒さが戻ると、これを… ひっくりかえる・・・・・・・?とは…言いません。

 何も彼も世は冴え返りウイルス禍   ひろし

 暦の上では春とは言え、関西では、奈良東大寺のお水取りが終わるまでは(今年は3月12日)…寒さへの油断は出来ません。

春近し 千辛万苦せんしんばんく越へ行かむ   ひろし

 立春大吉、「光の春」は、天からの恵み。 お身体ご自愛ください。
                                 煙石 博

2022年1月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien