「夕凪の街 桜の国」漫画家:こうの史代さんの講演

2017年4月23日           「夕凪の街 桜の国」漫画家:こうの史代さんの講演

 私の無罪が確定した間無し、3月15日の「ひろしま市民と市政」で、広島のまんが図書館の20周年を記念して、今や映画にもなり、全国区の漫画家になったこうの史代さんの講演会の告知が目にとまって、応募しましたら、運よく抽選に当たりました。
 こうの史代さんには一度もお会いした事はありませんが、ひょっとすると、お父さんは、随分昔の私の酒友(私より年配で、いいお仕事をされている方だったので、酒の友と言うのは失礼ですが・・・)のお嬢さんではないかと思っておりました。その方は建築関係のお仕事をされていて、趣味は写真撮影(プロ並みの腕の持ち主)、何事にも一家言お持ちの、愉しいお酒を飲まれる方で、大変人柄の良い、おもしろくて、真面目な方でした。酒席の座が盛り上がると、とてもいい声で春日八郎の「山のつり橋」を歌われ、居酒屋の人気者の一人でした。若かった私や、別の酒友が、それをジョークにして、「煙石が歌います。春日八郎の『山のつり橋』。🎶山のつりはしゃ~ くさ~っておちた~🎶 おそまつ‼。 春日十(・)八郎(・・)でした。」(笑)
 ある時、「うちの娘が漫画家になりたいと言うとるんじゃが・・・」と言って、話をされるようになり、私も、描かれた漫画を見せてもらった記憶がありますが、そのころ、のちに漫画家で成功するとは誰も思いませんでした。その後、そのお店がなくなり、お父さんともお会いする機会もなくなりました。

 時は流れて、「夕凪の街 桜の国」という広島弁の漫画が出版、話題になって、ひょっとすると、作者は、昔々、お酒を一緒に飲んでいたあの方のお嬢さんではないかと思いながら、確かめる機会はありませんでした。さらに、「この世界の片隅に」というこうの史代さんの作品が、アニメ映画になったので、家内と見に行き、とても心を動かされました。
 4月22日、会場の段原の映画館は、早い時間から沢山の人が来ており、人気の程を知りました。講演では、漫画を描く時、大切にしている事や、色々描き方を工夫している事などを聞きましたが、苦労話を苦労話としてではなく、わかりやすく楽しく話をされました。

 講演が終わり、ステージを下りた出演者を見送る時、ファンとの交流があり、私はどうしようかとためらいながら、それを見ておりました。あの酒を酌み交わした方のお嬢さんだろうなと思い続けていた私ですが、もし違っていたらどうしようか・・・と思いつつ、勇気を出して、こうのさんに声をかけました。旧姓の「〇〇さん」と言うと、彼女がはっとして、こちらを向きました。「あなたのお父さんは〇〇さんですね。」と言うと、「そうです。」「私は煙石博ですが、お父さんは、まだお元気でいらっしゃいますか?」と尋ねると、「ええ、元気です。」と笑顔の答え、「父は、いつも煙石さんの『なんでもジョッキー』を聞いていました。あっ!嬉しい!握手をして下さい。」と気さくに握手をして下さいましたが、それは逆で、今ではむしろ、私が握手をお願いする側ですのに・・・私も嬉しく思いました。
 彼女は、私の事件をニュースで知っていて、「煙石さん、大変だったんですね・・・」と労って下さいました。私は「えらい目にあいました。あんな事があってはいけません。それよりも、こうのさん、これからもお元気でご活躍を。」・・・。短いやり取りでしたが、お父さんに負けない人柄の良い、こうの史代さんであったことに感動しました。

追伸 漫画や映画の登場人物が使う広島弁が大変しっかりしているので、方言の専門家か監修者がいるのではないかと思っていましたが、あれは、元々こうのさんが広島弁の使い手で、広島の方言で漫画が描きたかったからということがわかりました。こうのさんは、彼女の世代では、大変貴重な、正調広島弁を伝える方だと認識しました。
 「そういやぁ~、お父さんも、コテコテの、ええ広島弁をつこ~とりんさったのぅ。」

煙石博

2017年4月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

思い出せば・怒り! その10四畳半独房記 続驚きの信じられない検察の対応  必読!!

2017年4月13日  思い出せば・怒り! その10四畳半独房記 驚きの信じられない検察の対応

                        必読!!    

2012年10月19日(金)の話

これまで検察は、警察の誤りをチェックする所と思っていたが、検察では示談を勧めるばかりだった。C検事は、「裁判で闘っても、それで人生をダメにする人もいる。実際そういう人もたくさんいる。」と脅しの様な言葉を投げかけて示談を勧めた。
しかし、不安と恐怖の劣悪の留置場での生活は10日近くになっており、疲れ果て、頭も朦朧としていて、判断力が無くなっていた。外部との接触を断たれた状態で、弁護士との接見以外は、家族とは、1日15分の面会だけ。頭は混乱し、正常な判断ができないような状態にあった。私は家内に、二人の知人に相談してほしいと頼んだ。すると二人とも「示談をしたら、やった事を認める事になる。」という返事だった。
私は、検事に対して、「示談は私だけの判断では決められない。我が家には憲法がある。」と言うと、C検事は、「なに、憲法?!」と緊張した声で聞き返した。私は「我が家の決まりで、大事な事を決める時は家族みんなで相談をして決める事にしているので、家内と息子に防犯カメラの映像を見せられるなら見せて、示談するかどうかを相談してもらえないだろうか。」と頼んだ。家族と検事との接見は、すぐに実現し、10月23日、弁護士、家内、息子の三人で検事の元へ。
以下は家族から聞いた話。

検事の部屋に通されると、まず息子は席を外す様に言われた。検事は「ビデオを見せる事は出来ないが、私は何回も見たので、言葉で説明する」と言った。検事は防犯カメラの映像を見せる事なく、「煙石さんは記帳台で封筒をとって・・・数歩、歩いたあたりでお金をぬき、お札は胸ポケットに、小銭はズボンのポケットに入れ(逆だったかもしれないが)、少し歩いて行って・・・封筒を元の記帳台に戻した。」と、身振り手振りで話したそうだ。家内は、「ええ~っ!?」と思って、「私は頭が悪いので息子にも話して下さい。」と、お願いすると、息子を部屋に呼び入れて、再び同じ話を聞かされ、二人ともすっかり信じてしまった。
家内も息子も、「本人は、『盗っていない』と言っているが、本当は盗っていたのか・・・。」と思い込まされ、示談で解決するように弁護士と相談をした。

私は、この話を後で聞いて、「信じられん、なんで二人もいて私がお金を盗ったと信じてしまったのか?」と思った。その後、示談の方向で話が進んでいたが、私は絶対にお金を盗っていないので、どうしても納得がいかなかった。そして示談をしない事に決めた。
弁護士からは、「示談をやめたから、続けて弁護ができない。」と言われ、急遽、新しい弁護士を探す事になった。
示談しない事に決めた後、最後に、防犯カメラの映像を10月28日に何カットか見せてくれたが、私がお金を盗っている映像はなかった。

煙石 博

2017年4月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

思い出せば・怒り! その9四畳半独房記 驚きの信じられない検察の対応

2017年4月8日
思い出せば・怒り! その9四畳半独房記 驚きの信じられない検察の対応  必読!!

2012年10月19日(金)の話
朝8時に南署を出発。・・地検の地下留置場には各署から送られてきた者が鉄格子の中に入れられて待機。私は、やっと11時からC検事と接見。私は警察の間違いを指摘するのも検察官の仕事のひとつと思っていたので、「刑事が私を犯人だと決めつけていますが、それは間違いです。もう一度よく調べて下さい。」と懇願し、金を盗っていない事を一生懸命説明した。

ところが、私の無実の訴えを聞いていたC検事の口からは、「盗ったか盗らないかは別にして、66,600円に色を付けて、10万円位払えばすむ事です。」と、警察が間違っているのをチェックする意思を表す事もなく、ひたすら示談の話をし始めたので、「ええっ~、色を付けて10万円!?」と驚いた。後に「色を付けて」という表現は、「少し足してきりのいいところで10万円」という表現に言い換えたような気がしますが・・・)。「検事としては、その仲介をする。」

C検事は紙にまっすぐな線をかいて、「あなたが盗っていない事を主張するのは王道だが、裁判になって、人生をダメにする者がいる。」等と、脅しのような言葉で示談を迫った。
そして、カーブした線をかいて、「これ以上、事を荒立てないために、検事としては、変化球であるが、金を払って不起訴という方法を勧める。このタイミングを逃すと裁判になって、死ぬまで裁判をする事になる。」さらに、有名タレントや大阪の政治家、野球の監督の例を挙げて、「みんなこういうやり方で事をおさめて、お金を払って社会復帰をしている。」「これも有名税だと思え。」などと言った。私は絶対お金を盗っていないのに、お金を払ってというのも納得がいかないと思った。

私は、金を盗っていないのに、刑事に責め立てられ、金を盗んだ犯罪人にされている。防犯カメラの映像に証拠が映っているというのであれば、見せてくれればいいのに、この時点でも、私に防犯カメラの映像を見せてくれない。「もし、私が封筒を見つけて、お金が入っているのを確認すれば、窓口の行員に渡しますし、ただの書類の忘れ物なら、それを、その場に置いておきます。」等々、話したと思う。

C検事は、「昨日、何回も防犯カメラの映像を見たが、盗ったのはあなたしかいない。防犯カメラの映像を見て判断した。」と言った。私はお金を盗っていないのに、どうして盗った犯人にされているのか納得いかないし、どうして、盗んだ映像があるのかと、大変不思議にも思った。
「お金を払って被害者に取り下げてもらう道を選ばないと大変。」というのは納得できない。
C検事は、「裁判は、日にちがかかるし、長くなる。何年もかかるかもしれない。裁判をすると有罪になる可能性が高い。」「時間がない。タイミングをのがすと起訴になる。」等とも言った。
また、C検事は、「日本の裁判は99.9%の有罪率を誇っている。」と豪語したが、私は「本当にお金を盗っていないのだから、そんなバカな話はあり得ない」と思った。
・・・続く・・・                            煙石 博

2017年4月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2017年4月3日  思い出せば・怒り! その8四畳半独房記 続:恐怖の取り調べ

2017年4月3日  思い出せば・怒り! その8四畳半独房記 :恐怖の取り調べ  必読!!

私のブログ、「四畳半独房記」が中断していましたので、その続きを掲載していきます。

「証拠はある。盗んだ様子が防犯カメラに残っている。」
「封筒の金を盗んだのが防犯カメラの映像に映っているから、お前はうそをついている。」
「マスコミが報道したから、みんなお前が犯人だと思っている。」
などと何度も言われ、再三再四、「その映像を見せて欲しい。」と頼んでも見せてもらえず、最初から犯人と決めつけられた上、強引かつ高圧的で、無茶苦茶な取り調べだった。

その中で、「お前は左手左胸のポケットに金をねじ込んだんだ!」という事も刑事から何度も言われたのを記憶している。
私は、その刑事の話を聞きながら、「そんな難しい動作で66,600円もの金を、左胸のポケットに入れないだろう…。物を入れるなら右手左胸のポケットに入れるのが自然だろう…。」と思い、その奇妙な犯行ストーリーにも納得がいかなかった。
(のちに、防犯カメラの映像から、胸ポケットのないシャツだったと確認した)

更に刑事は「盗った奴は、盗った言わんのんじゃ!うそを言うんじゃ!」とも言い、「偽証罪は罪が重い。」と、自白を促すような事も言った。私は、法律にはうといのだが、それくらいの事は知っている。ただ、「確かにそれはそうかも知れんが・・・。それじゃあ、本当に盗っていない事を『盗っていない』と必死に真実を訴えている私は、どう言えば無実をわかってもらえるのか・・・。」という不安と、やり場のない怒りを覚えざるを得なかった。
ともかく、私を犯人と決めつけた、激しく強い口調で繰り返される高圧的な取り調べだった。

そもそも、お金を盗ったとされる日が、ひと月近くも前の事で、銀行へお金をおろしに行ったのは確かだが、他の記憶は全くない。映像を見せられないまま、刑事から何度も同じ事を責め続けられていると、銀行内の行動について、「一部そうだったのかな?」と思い始めるような奇妙な心理になっていた。

ただ、だれが何と言おうと、『私は人のお金を盗っていない事だけは、確かで間違いない!』と主張し続けた。   ・・・続く・・・

煙石 博

2017年4月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

近況のご報告

2017年4月1日           近況のご報告 

最高裁で、無罪判決が出て日々過ごすうち、ほっとする間もなく、あれやこれや、やらなければならない事の整理などに追われています。そんな中で、大変嬉しい事は、近所や街で、昔のように笑顔で会釈して下さる方が少しずつ戻って来つつある事に安堵しております。中には、普通の挨拶だけでなく、「大変だったですね。」とか「ご苦労様でした。」あるいは「よかったですね。」と、ねぎらって下さる方もおられます。ただ「よかったですね。おめでとうございます。」と言われると、もともと私は、お金を盗っていないのですから、無罪で当たり前なのに・・・と、複雑な思いがしています。とにもかくにも「何はともあれ、ほっとしました。」というのが本音です。辛く長い4年5か月でした。今年は、やっと、私の心にも桜が咲いてくれそうです。

桜と言うと、広島の桜の名所のひとつに、比治山(虎が伏せているような形なので、昔は
臥(が)虎山(こざん)とも言われていました。)があります。その昔は、広島湾に浮かぶ小さな島でしたが、江戸時代より、広島の発展と共に埋め立てられて、今では市街地に珍しい小山となって、春は桜、夏は緑、秋は紅葉の、市民の憩いの場にもなっています。

もともと広島は、太田川デルタを埋め立てながら発展してきた町で、川の多い街です。今は、6つの川(昔は7つの川の時もあり、8つの川の時もあり・・・)が流れる水の都でもあります。川が多いという事は、当然、橋も多い訳ですが、川の名、橋の名で、私が好きなのは、風情ある京橋川と、それにかかる柳橋と鶴見橋です。そんな想いを、私が演歌の歌詞に綴ったのが、『比治山慕情』です。広島の比治山と、京橋川にかかる鶴見橋・柳橋の春・夏・秋と、愛しながら添えなかった青春時代の哀しく切ない恋の歌です。
歌は新宅美奈子さんです。

『比治山慕情』のカラオケが入っているお店で、よかったら歌ってやって下さい。聞くだけでも観るだけでも結構です。リクエストよろしくお願い致します。

    雪冤(せつえん)の落花は眩(まぶ)し惜しみなく   ひろし

煙石 博

2017年4月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

最高裁傍聴席 「いー1」番に 二度座った男

2017年3月18日    最高裁傍聴席 「いー1」番に 二度座った男

2月17日の最高裁弁論から3週間後の3月10日、新幹線で東京に向かう途中、車窓から雪をかぶったとても美しい富士山が見えました。いい判決がでますようにと祈りながら仰ぎ見る富士山へ、「白さも白し富士の白雪、私は無罪」と心の中で幾度もつぶやきました。
 再びの最高裁、弁論の時は、裏口のような感じの南門から入りましたが、今回の判決は、「正門からの入廷」と指示がありました。14時15分、最高裁正門前で久保豊年弁護士と合流。

建物に向かってしばらく歩き、さらに長い階段を上って最高裁の正面玄関に入ると、中は吹き抜けのホールのようになっており、荘厳で堂々とした雰囲に包まれていました。そこから案内され、第二小法廷に入りました。ここには被告席はなく、弁論の時と同じく、最前列の「いー1」番の席に座りました。私の隣に家内と息子、そして支援者の傍聴者が続いて座り、判決を待ちました。
15時、鬼丸かおる裁判長を含め、4名の裁判官が入廷、この時、鬼丸裁判長の表情と雰囲気が、前回の弁論の時の固い雰囲気とは違い、柔和で温かいと感じて、「これは・・・無罪・・・判決・・・か」と息を殺して裁判長を見つめながら、「私は本当にお金を盗っていないのですから、無罪・・・しか・・・ありません。」と念じ続けました。

「主文 原判決及び第1審判決を破棄する。被告人は無罪。」と言われた瞬間、「そうです、そうです。正しい判断です。」と心の中で繰り返していました。2012年10月11日に止まったままの、私の人生の時計が、再び動き始めた瞬間でした。

閉廷後、久保豊年弁護士と、無罪を勝ちとる会の佐伯譲会長と共に南門へ出て、報道陣からインタビューやら・・・撮影やら・・・ここまで支えてくださった皆様に感謝、感謝、ただ感謝。
その後、霞が関の司法記者クラブでの共同記者会見を終え、すぐに帰途につきました。

帰りの新幹線で、ほっとして無罪のうま酒を・・・しかし、ほっとする間もなく、次々と電話やメールが・・・家に帰っても、メールや留守電・電話で、嬉しいメッセージ等を頂きましたが、対応しきれなくて・・・申し訳ありませんでした。
さらに、お便りもたくさん頂き、嬉しく拝読して元気を頂きましたが、これもお返事できず、お許しください。数々の失礼をお詫びいたします。

何はともあれ、皆様のご支援のおかげで、無罪を頂き、ほっとしています。まだまだ整理をしないといけない事がたくさん残っていますが、一日も早く普段の私に戻れればと思います。
長い間の皆様のご支援、心よりお礼申しあげます。

 

煙石 博

2017年3月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

東京に春一番が吹いた日 最高裁へ無罪を願う‼

2017年2月20日        東京に春一番が吹いた日 最高裁へ無罪を願う‼
2月17日(金)
有り難い事、厳しい寒さが緩み、テレビでは、東京に春一番が吹いたと伝えていたこの日。
最高裁前は、ことさら風が強く、ネクタイがあおられて肩に吹き上げられるくらいの強風。ネクタイを戻して、背広のボタンをかけて押さえながら、正門へと向かう。あとでテレビを見ると、ネクタイがかなり片方に寄っていたのは、そのせいだったのだ。白髪交じりの頭髪も乱れていた。しかし、暖かくなったお陰で、傍聴に来て下さった方々も寒い目にあわなくて良かった。
11時過ぎた頃から、一般の傍聴希望者が並び始めて、44名を超えたので、抽選となった。

1時半開廷。久保弁護士は、「~社会的立場があり、現金500万円を払い戻すために銀行に行っていた煙石被告には、わずか6万円余りの為に、犯罪を犯す動機は皆無だ。」「煙石被告は無罪である。」と弁論。
一方、検察官は、「防犯カメラの画像は不鮮明で、封筒から現金を抜き盗ったと断定することは困難だが、被害者が離れたのちに記帳台に近づいたのは、煙石被告しかいない。」として、「上告は棄却されるべきだ。」と弁論。

その後、司法記者クラブで、記者会見に臨んだ。はじめに私が、「私は無実です」の思いを21分あまり話した。久々に現役時代の緊張感を覚えたが、私の思いの丈を淡々と話す事ができた…と思う。次に久保弁護士が今日の弁論の内容をわかりやすく話され、記者の質問に、今の司法の問題点も指摘しておられた。

帰りの列車の中で、「テレビを見た。」という電話やメールを次々と頂く。とにかく、重い荷物を背負って、一つの峠を越えたような安堵感を覚えた。

「春がもうそこに菜の花硝子(がらす)越し  大学」 という俳句の師の一句を思い出した。

傍聴に来て下さった皆様や、自宅などで応援して下さった皆様に厚くお礼を申し上げます。

    賜りし恩義も重く浅き春   ひろし

煙石 博

2017年2月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

街頭行動ありがとうございました。

2017年2月13日  街頭行動ありがとうございました。

 今回は最高裁での弁論(2月17日)に向けて行なった街頭行動でしたが、マスコミ各社の取材もある中「最高裁の正義と真実に基づいた公正なる判断を。」と、お願いしました。
 これが最後の街頭行動になればと、31名の支援者の皆さんが、チラシ配りや署名活動をして下さいました。

通行中の方が「煙石さんの“おはようラジオ”や“なんでもジョッキー”をよく聞いていました。」「4年間大変でしたね。頑張って下さい。」などと声をかけて下さったり、「こんな事があってはいけない!」と進んで署名をして下さる方も多く、手応えと関心度の高まりを感じる街頭行動でした。
 おかげ様で198名の方が署名してくださり、集めた署名を持参して下さったもの(272名)を合わせて、これまでの総計は8654名(2月12日現在)となりました。本当にありがとうございました。

 判決が出るのはまだ先です。無罪が出るまでよろしくお願いします。

煙石 博

2017年2月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

思い出せば・怒り! その7四畳半独房記 取り調べではない恐怖の自白の強要

2017年1月27日
    思い出せば・怒り! その7『四畳半独房記』 取り調べではない恐怖の自白の強要   必読!!

    10月14日(日)・15日(月)・16日(火)の取り調べ・・・
     
 不安な気持ちで向かった広島地検での「弁解申し立て(※)」。お金を盗っていない事を正直に話したにも関わらず勾留が言い渡され、南署で取り調べが始まった。以下は強烈に記憶に刻まれた言葉などを綴ったものです。
(※「弁解申し立て」…既に窃盗犯として逮捕されている為、それを反論するもの)

A刑事は100枚くらいの綴じ込みをぺらぺら早めくりしながら、「私は証拠をもっている。」と言ったり、「あなたは、絶対にやっている。防犯カメラの映像にも映っている。」と何度も強調して言ったりした。私はお金を盗っていないので、「それなら、その証拠という映像を見せてくれ。」と再三強く主張したが、「見せるわけにはいかない。」の一点張り。
そしてA刑事は、初めから私を犯人と決めつけて、私がお金を盗っていないのに、刑事が作った『こうしてお金をとったのではないか』という推測・思い込みで強引に話を進めた。私をどうしても犯人にしようとしている強い意志を感じ、すくみ上がる恐怖を覚えた。

「防犯カメラの映像に全部映っとる!!」
「証拠はあるんじゃ!! 防犯カメラの映像には誰が見てもお前が金を盗っているところが映っとる!!」
「お前がやった事を認めなかったら、裁判になって、法廷で防犯カメラの映像をみんなで見て、その防犯カメラの映像がニュースで流されてお前は恥をかくんじゃ!!」
それらに加えて「防犯カメラの映像は、おいおいみんなで見る。」とも言ったので、「じゃあ今すぐ、それなりの者が集まって、防犯カメラの映像を解析すれば、私が盗っていないということがわかるから、裁判の時間も人手もいらないし、こんな取り調べも無駄です。」と言うと「防犯カメラの証拠は最後に見せる。あなたは犯人。」と決めつけて自信たっぷりに言う。
おかしな話だ。私は盗ってもいないのに犯人と決めつけられて、そんな馬鹿な話はない。

そうかと思うと「金を盗ったと認めれば、ここをすぐに出られる。窃盗は大したことではない。初犯だから刑も軽い。人の噂も75日、みんなすぐ忘れる。すぐに社会復帰できる。」と自白を誘導した。
私がお金を盗っていない事を主張すると、「聞くだけ聞いてやる。勝手に言いなさい。」と言って聞き流し、「それだけ言いたいことを言うたら、ちいたあ(少しは)すっきりしたろう。お前はうそを言うとる。(言っている)」と言って調書にその事を全く書いてくれなかった。
さらには、「マスコミが報道したから、世間は、みんなお前を窃盗犯だと思っているんだ!!」「お前は頭がおかしいと思われるよ。」と何度も言ったり、机を叩いたりすごんだりして自白を強要された。
当日の記憶がほとんどない中で、何度も何度も「防犯カメラの映像に映っている」と言われると、変なもので、……まさか映っていたらどうしよう……と不安になり、恐ろしく心配になってくる。妙な心理になっていく。
(後に裁判になって、防犯カメラの映像に、私がお金を盗っている映像はなかった。また、専門の鑑定会社の鑑定で、私が封筒に触れていない事が明らかになり、それが証拠として採用された。)

私は、『お金だけ盗って、書類と封筒だけをわざわざ元の記帳台に戻した』という(刑事の)犯行ストーリーはおかしいので、「私が泥棒だったら、封筒ごと残らず盗んで帰る。」と反論した。更に「私はやっていない。」「私は盗っていない。」と、のどがかれるほど興奮して訴えた。しかしA刑事 は「防犯カメラの映像があるんじゃ!」「証拠があるんじゃ!」などと大声でおどし、強く机を叩き、ぐっと顔を近づけてにらみ、時にはすごみ……。常人では考えられない形相で迫る取り調べが続いた。非常にこわかった。
取り調べのあった夜は、恐怖と不安で辛く、ほとんど眠れなかった。

※机を叩いて自白を強要した事を弁護士に伝えると、「現在はそういった取り調べを行なってはいけない」と言い、多分申し入れて下さったのでしょうか、次の取り調べから机を叩いたりはしなくなったが、大声や態度などで威嚇しながらの自白の強要は続いた。とにかく私からみると、最初から私を犯人と決めつけ、恫喝し、高圧的でこちらの話を聞かない、無茶苦茶で、取り調べとは言えない取り調べだった。
・・・続く・・・                            煙石博

2017年1月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

とんど

2017年1月17日                  とんど

 私を応援して下さってる方から「うちのとんどに来んさい。青竹でわかした縁起のええお酒もあるよ。」と誘われ、参加を約束しました。ところが、1月15日(日)は、深夜から降り始めた雪で、朝は広島市内も珍しい積雪。激しい雪が尚も降り続く中で、参加する事となりました。
 激しく雪が降り続き、雪国のとんどのような景色となりましたが、子どもたちは元気いっぱいです。
とんどの竹組は、歳時記にのっているような華やかな風情あるもので、点火するのは、子どもたちですが、私も点火役の一人に加えてもらいました。会場には、町内会のみなさん手作りのお店が出て、子連れ、孫連れのアットホ-ムな暖かい雰囲気の中、今年の幸せを願う、心ひとつのとんど祭りは、雪も寒さも忘れさせてくれました。

   集いたるとんどに人の輪心の輪           ひろし

   雪冤(せつえん)を焔(ほのお)と雪の大とんど      ひろし
    (※雪冤・・・無実の罪をすすぎ、潔白であることを明らかにすること)

 左利き(酒のみ)に嬉しいのが、大人気のとんどのお酒。お酒を入れた真竹をとんどにくべて、燗をしたお酒を青竹のぐい飲みでいただきました。

   残り火のとんど仕合わせ来るような         ひろし

 会場にも子どもたちが大はしゃぎでつくった雪だるまがありました。

   雪冤(せつえん)を総身(そうしん)に我(われ)雪だるま  ひろし

 祭りの最後に子どもたちが思っている言葉を叫ぶ大声大会がありましたが、子どもたちは、ステージの上のマイクに向かって「雪、サイコー!!」とか「お酒を飲むおかあさん、いいかげんにしてー!!」などなど叫んで、寒さをふきとばしてくれました。そばにいた方が、「孫に毎年参加させるようにしています。人前で恥ずかしがったり、引っ込み思案ではいけない。子どもの時から人前でも堂々と話せるようになってほしいと思って、毎年参加させているんです。」その方のお孫さんは、かわいいお嬢ちゃんで、マイクに向かって堂々と「おかあさん大好きー!!」と叫びました。その方がぽつりとひとこと、「おじいちゃん大好き、言うてくれんかったのう・・・。」

 とんどの火が燃え盛って、青竹でわかしたお酒を酌み交わし始めた頃、雪もやんで青空がのぞき、穏やかな陽射しが・・・よい兆しがあるような・・・ほのぼの盛大なとんど祭りでした。
帰り道、酒屋さんの前にも雪だるまがありました。ちょっぴり傾いた、傾き加減がどこかおかしく、茶目っ気を感じるかわいい雪だるまでした。

   酒屋にも少し傾(かし)げる雪だるま         ひろし

煙石 博

2017年1月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien