煙石博のブログ

煙石博さんはある日突然に謂われなき罪に問われ、苦しんでいます
この苦しみは彼一人だけではなく、家族の皆さんも地獄の苦しみを
味わっています
このブログでは、その時々の彼の思いを綴っています

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2022.9.1(旧暦8月6日)溽暑じょくしょよ、さらば!」。独房日記⑭「…悲しい飲まされ方」

2022.9.1(旧暦8月6日)溽暑じょくしょ)よ、さらば!」。独房日記⑭「…悲しい飲まされ方」

 相変わらずのコロナの恐怖と不安の中で、世の中の許し難い不正義が次々とニュースで伝えられる度に怒りを感じているのですが…、何が何だか、命の危険を伴う等と言う耐え難い暑さの夏に見舞われて、そんな事より何よりも、我が身の保身…。高齢のせいもありますが、私は、正直ヘトヘトで、くたばって仕舞いそうな、これまでで最も辛い8月だった様な気がしました。
 皆様におかれましても、ご無事でお元気でいらっしゃる事を願っておりますが…、それこそ、知り合いが使っている言葉を借りますと、このブログは、「私と皆様との生存確認」の気持ちで書いております。
今月10日は仲秋の名月、良夜です。9月は、月をめでる月でもあります。

     貧しくも富めるも良夜りょうや酒を酌め     ひろし
    
 兎にも角にも、何とか生きさせて頂いている事に感謝をするばかりですが、少し前より気になる事のひとつに、あれやこれやがあり過ぎる世の中の混乱のせいでしょう、ほんの少し前の事でも、恐ろしい程、記憶の外になっていて、すぐに忘れて仕舞っている事です。

 もっと恐いと思うのは、心の余裕がない為、自分の保身以外の事には思いが及ばないと言う、料簡(りょうけん)の狭さへの恐れを感じたりもします。
そんな時代ですから、私のえん罪の事も、私が被害者となって10年も昔の話となり、多くの方にとっても、過去の出来事になって行く事が、悲しく悔しい事と思っております。
 私は幸いにも、多くの支援者の皆さんのお陰で、最高裁で奇跡とも言われる程の逆転無罪を勝ちとる事が出来ましたが、濡れ衣を晴らせたとは言え、もともと、私のケースは、始めから警察官のでっち上げで犯人にされ、その後は、あってはならない、信じられない不正義な司法の、「有罪へのエスカレーター」に強引に乗せられたものです。

 えん罪は、私だけの事ではなく、多くの善良な市民が被害にあっている事が判り、このブログも、私のあとに被害者が出ない事を願い、えん罪を出さないで欲しいと言う切なる思いから、ご迷惑ながら、しつこく発信させてもらっています。

 ひと度、えん罪被害者にされると、人権を全く無くし、それ迄の人生も、その後の人生も失って仕舞い、それは、本人だけでなく、家族や多くの方々にも被害が及ぶ、恐ろしいものです。

「警察、検察、裁判官による犯罪です!!許されません」
 これは、広島地裁で、証拠もないのに、「懲役1年、執行猶予3年」の、信じられない有罪判決を受けたあと、記者会見で、私が怒りに震えながら訴えた言葉でした。
 「えん罪は人災です。」改めて、冤罪を出さないで欲しいと訴えます。

 老婆心ながら、宮沢賢治が、大正時代に「どんぐりと山猫」という短編作品で、間違っている司法のありさまをわかりやすく書いています。今も昔も、全く、その通り・・・。宮沢賢治は凄いと、感服する次第です。短編ですが、改めて、この作品を読んで頂ければ面白いと思います。大正時代に宮沢賢治が指摘した通りなのです…。いや、今の司法は、もっと、おかしくなっているのでは…?と思います。

     改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑭「思い出しても悲しい飲まされ方…」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)

 毎日、午後3時頃に聞こえてくる奇妙な「ガサガサ、パリパリ…」の音は、留置場に入っている容疑者が飲まなければならない薬を、刑務官が小さな容器に詰め替える作業の音だった訳ですが、この薬は、警察官が、病院に行って、もらって来てくれたものです。

 留置場に入れられた時、「飲まなければいけない薬があるか」と聞かれ、私は血圧の薬を飲んでいましたから、「○○病院で血圧の薬を処方されています」と言いますと、警察官が、病院へ行って訳を話し、薬をもらって来てくれると言うのです。しかし、それには、大変な抵抗を感じました。それは、私は、お金を盗っていないのに、不当逮捕されている訳で、自己防衛本能と言いましょうか、警察に逮捕されている事が、病院の先生や看護師さんに伝わる事が、恐ろしくて、嫌だという気持ちで一杯だったからです。
(あとで判った事ですが、実は、薬代は、私が払わなくてよかったのです。)

 さて、その薬を飲まされる姿は、屈辱的で、恥ずかしい心理状態だったと、悲しく思い出されます。
 私は鉄格子の中に囚われの身ですから、刑務官が薬の入った容器と、白湯(さゆ)の入ったコップを持って来て、房の鉄格子の下の方にある、弁当等を出し入れする小さな扉を開けて、まず、白湯の入ったコップを差し入れてくれます。そして「口を大きく開けろ!」と命じます。私が口を開けると「もっと大きく開けろ、薬が飲めんど!!」。命じられるまま、口を精一杯大きく開けると、口の中を覗き、チェックをした後、「舌を出せ!!」と言って、私が舌を出して「アッカンベー」をする様な格好の口の中の舌の上へ、薬の容器から取り出した薬を投げ込みます。そして、「水を飲め」、と命じられて、薬を白湯で飲み込む訳ですが、薬を飲んだ後、刑務官は再び「口を開けろ!」、そして「舌を出せ!!」と言って、口の中をチェックして、薬を飲んだ事を確認します。これら一連の私の格好は、想像したくもない屈辱的な悲しい心理状態でした。その屈辱的な思いを跳ね返す為に、刑務官がいつもの様に「舌を出せ!!」と命令すると、私は心の中で「シタ●●は出せるか!!下を出したら、猥褻物陳列罪じゃ…」と思って、心の中で、虚しい抵抗をした事を思い出します。

 さて、次回は、辛く歯痒い留置場で唯一の愉しみ、朝・昼・晩のおいしかった三度の食事…。ある日のメニューを、当時のメモより紹介します。

 そう言えば、窃盗犯の濡れ衣を着せれられたのが、2012年10月11日。事件があったとされる日より10年になります。しかし、10月は、何年経っても、私だけでなく、家族にとっても、今でも、とても辛い10月…です。

     昨日今日さらに明日へ鰯雲     ひろし
     夜毎よごと逢ふ憎っくき月とむかひ酒    ひろし

 呉々もお体ご自愛ください。                   煙石博

2022年8月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2022.8.1(旧暦7月4日)涼風を乞う。独房日記⑬「毎日、午後3時…の奇妙な〇〇」  
※8月4日は、旧暦の7月7日で、明治まで受け継がれてきた、本当の七夕、星祭りです。

2022.8.1(旧暦7月4日)涼風を乞う。独房日記⑬「毎日、午後3時…の奇妙な〇〇」
 ※8月4日は、旧暦の7月7日で、明治まで受け継がれてきた、本当の七夕、星祭りです。

 コロナによる社会不安が続く中、ウクライナへの軍事侵攻に対しての怒りも加わり続け、相変わらず、いらだつ日々の中で、安倍元首相銃撃・殺害を巡る、あれやこれや…何が何だか。世界も、日本も、暗闇と隣り合わせの様な、不安で、不透明な気が漂い…あれも、これも、滅入って仕舞いそうです。(7月28日現在)

 一方で、世界各地で、暑さによる山火事が相次ぐかと思うと、近年、増々多くなって来た豪雨、水害…。日本の麗しき季節の移ろいも、すっかり狂って仕舞っている様な…本来、恵の雨も、ひとたび降り始めると、容赦ない狼藉者…そして、晴れれば命の危険を伴うと言う表現の超猛暑。
 これらは、それこそ、傍若無人を越える人間の仕業に、天の嘆きか、地の怒りか…。
 神や仏はいずこにおわすや…。

     天地あめつちの意志あるが如出水川でみずがわ   ひろし
     涼風や仏の耳の大きこと   ひろし

       改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑬「毎日、午後3時…の奇妙な〇〇」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)

留置場で、食事が差し入れられるのは、朝食が7時。昼食が12時。夜食が5時…これは、少し早いのですが、どうも、刑務官の勤務時間の関係で、時間が早いのだろうと思います。しかし、5時に差し入れられて、お腹がすかないのに、無理にすぐ食べてしまうと、消灯の9時まで房内で何もする事が無い為、余計な事ばかり考え続けるので、そのまま食べずに居ると…「はよ~食え(早く、食べろ)。」「もう少しあとで食べたいのです。」と言うと、「弁当の食器を片付けにゃ~ならんけぇ~、早う食え!!」と、指示されます。

 5時の夜食を食べたあとの、房の夜は長い…。その後は、回覧の様に回って来る遅い(読む心の余裕はない)朝刊と、NHKラジオの、朝一番のセレクトされた様なラジオニュースが場内に流されます。(日によっては、演歌かニューミュージックも流されました。)

そして、夜9時になると、眼鏡とメモ用紙、筆記用具も、係官に回収されて、(メガネも、とり上げられますので、とても不安で、不自由でした。)消灯、就寝時間になる訳ですが、それまでに、布団置き場に誘導され、自分の敷布団を房内に運び入れて、日中与えられている毛布一枚に、夜だけ敷布団が与えられますが、枕は、昼も夜も与えられません。(自殺防止の為ではないかと思われます。)

 ところで、取り調べがない時、気付いたのですが、午後3時前後になると、房の前の刑務官の机が並んでいる辺りから、しばらく、紙の袋?から、何かを取り出す様な「ガサガサ、パリパリ」という音が聞こえて来ます。刑務官の机の前には、書類が並べられていて、こちら側から、顔の目のあたりは見えますが、鼻の下あたりから体は全く様子を見る事が出来ません。ただ「ガサガサ、パリパリ…」という奇妙な音だけが聞こえて来て、とても気になっておりました。
 「何か、菓子袋をあけて、間食でもしているのか…?まさか、3時のおやつ?では、あるまいに…」と思っていましたが、しつこくチェックをして…判りました!
それは、留置場に入っている容疑者が飲まなければならない薬を、それぞれ、小さな容器に詰めかえる作業だったのです。「ガサガサ、パリパリ」に納得出来ました。つまり、薬は一度に渡されず、わざわざ、1回分ずつに分けて、用意していたのです。
その薬の、「思い出しても悲しい飲まされ方…」については次号にて!!

     物言わぬ声八月の被服支廠   ひろし
     八月や殊に命をたっとびぬ   ひろし

 お体呉々もご自愛ください。                 煙石 博

2022年7月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2022.7.1(旧暦6月3日)「憂いを払う玉箒たまばはき」。独房日記⑫「もうひとつの彫物」

2022.7.1(旧暦6月3日)「憂いを払う玉箒ばはき」。独房日記⑫「もうひとつの彫物」

 あれやこれやと暗い話が次から次へと起きて、まるで、嵐の中で、小舟に乗っている様な、大変な世の中に生きている…そんなご時世に、私のブログに目を落として頂くのも申し訳けない様な気がします。

 それにしても、長いコロナの社会不安のストレスに加えて、ロシアによる、無体なウクライナへの軍事侵攻に、怒りを越えた行き場の無い憤りにいらだつ日々…。さらに、ここに来て、何も彼も、値上げ値上げと、私共の生活を直撃する「値上げラッシュ!」。
 しかも、その値上げの先き行きも不透明な事が、心に重くのしかかっていますが、これに加えて、円安が及ぼす、あれやこれや、これもどうなるものか…(6月28日現在)

 フーテンの寅は昭和やバナナ買ひ   ひろし

 とにかく、日本のみならず、世界の行く末まで案じられる今日この頃で、「山よりでっかい猪(しし)は出ん‼」と、意識を鼓舞してみましても、気分は晴れそうにありません。

 ま、あれこれ考えても、すぐに、どうにかなるものでは無いものが多く、『たまごの殻(から)で、海を渡る』つまり、一寸法師よろしく、タマゴの殻を舟にして、海を渡る事は出来ない。
もっと、わかりやすいのは、『こんにゃくで石垣を築く』これも、出来そうも無い。いや、出来ない事と悟って、平常心を取り戻し、ここは、親鸞上人の『明日(あす)ありと、思う心の仇桜(あだざくら)、夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは』(今日は美しく咲きほこっている桜も、夜に嵐が吹けば、一夜にして、はかなく散ってしまう。今日は元気でも、明日はどうなるかわからないのが、私共の命…。)と言う短歌を思い起こし、とにかく、一日一日を有り難く精一杯生きる事に…。
「明日は明日、今日は今日。明日は、明日の神が守ってくれる」事と信じて、今宵も「酒は、憂いを払う玉箒(たまばはき)」…ささやかな?晩酌に酔わせて頂くひとときに、感謝。

     枝豆やひとまず畳む世事俗塵   ひろし

 一日も早く、穏やかな日々が戻って来る事を願うばかりです。

          改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑫「もうひとつの彫物」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)

 何が何だか、私は何も悪い事はしていないのに、身に覚えの無い(結局、金を盗った証拠も無いのに)「置き引き」、つまり、客が忘れたとする金(66600円)を盗ったと、窃盗犯の濡れ衣をきせられ、2012年10月11日の午前11時30分に、自宅で逮捕されて、家の近くの広島県警南警察署(広島市南区丹那町)の、留置場の鉄格子の中へ押し込まれました。
 この日より28日間、私は名前を呼ばれる事は無く、「13号」と呼ばれて、冤罪被害者の苦闘を強いられる事になりました。
 私は、囚われの身で、細かくチェックする事は出来ませんでしたが、留置場の「房」は、6つか7つあった様で、入口より、1号、2号とあり、3号はあったのかどうかわかりませんが、4号がなくて、いきなり、私が入れられた「13号」があり、その次の房は5号、6号…7号があったかどうか…あった様な…。
 とにかく、以前のブログにも書きましたが、自白を強要する為にと思われる様な、薄気味悪い4畳余りの部屋で、お金を盗ってもいないのに、私には納得出来ない自白や示談を強要され、28日間を、苦しみながら闘い、耐え忍びました。

 実は、私のえん罪被害より少し前にえん罪被害者となり、私と同じ様に奇跡ともいわれる雪冤(せつえん)、えん罪を晴らし、無罪を勝ちとられた、元厚生労働省次官の村木厚子さんも、大阪拘置所で「13番」(こちらは“号”ではなく“番”でしたが…)と言う番号が与えられたそうです。私と同じ「13」…「13」に込められた意味…何かある様にも思えてなりません。

 さて、今回は、私の独房メモに残していた「彫物(ほりもの)」の事を思い出します。
一つは、以前のブログに書きましたが、倶利伽羅紋紋の様な立派な入れ墨を入れた方(これは、風呂に入っている様子が、こちらの房から見えるので、見るとはなく見て、確認出来たものです)もあって、その方だったかもしれませんが、しばらく留置場に居たあと、独房を出て行く日に、各房の中の者へ、それぞれ、「お世話になりました。」と、まるで、亡くなった、あの高倉健さんの様な感じで、静かに挨拶をされ、留置場を出て行かれたのも忘れる事が出来ません。
 そして、私は、もう一つの「彫物」を発見していました。それは、私が横になって寝ている時に発見した、独房「13号」の壁に残された「彫物」で、通路側に近い壁の下の方に「〇〇組〇〇」と、コンクリートの壁に、何を使って彫り込んだものか…そんなものは、鉄格子の中には持ち込めるとは思えませんが、誰も気付く事はほとんど無く残されていたものでしょう。房に入る時、毎回、身体検査もされるのに、さらに、刑務官の監視の目もあるのに…何故、その目を搔い潜(くぐ)ってまで、そんな「彫物」を残したか…ご本人の深い思いがあっての事と…思いを馳(は)せる「彫物」でした。
 さまざまな事も思い出しながら、この稿を書き終えて…疲れ…ました。

 尚、この南警察署は、現在、南区出汐町の、県立広島工業高校、県立広島皆実高校の近く、元陸軍被服支廠の北側に、新庁舎の新築工事が順調に進められており、来年の7月31日工事完了の予定だそうです。
 独房日記「毎日、午後3時…の奇妙な○○」と言う話は…次号にて!。

 ところで、我が家で育てている野菊の一部が、今年も、時季を間違えて、6月初めから咲き、特に今年は、毎年秋にしか咲かない普通の菊の一部も、5月に蕾がついて、はやばや6月25日に咲きました。これらも、以前から気がついている、大変気がかりな異常気象の影響のひとつだと思っています。

     噴水の翼の欲しげなりし空   ひろし

お体呉々もご自愛下さい。                       煙石博

2022年7月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2022.6.1(旧暦5月3日)「大きな悲しみを…。」独房日記⑪「かわいそうなおじいさん。

2022.6.1(旧暦5月3日)「大きな悲しみを…。」独房日記⑪「かわいそうなおじいさん。

 今月も、旧暦と新暦の日にちのズレは、わずか3日と、新・旧の暦の差が、ほぼ1ヵ月ですが、若葉みずみずしい季節から、日増しに緑を濃くして、青々と生気をみなぎらせる青葉の季節へ移ろって行く月でしょう。

 俳句の季語から拾ってみると、青葉山(あおばやま)・青葉茂る(あおばしげる)・青葉照る(あおばてる)・青葉風(あおばかぜ)と、シルバーエイジの私が、わき立つこの緑に向かう時、気後れしそうな…いや、緑の勢いに負けてはいけない‼。むしろ、青葉のそのエネルギー、元気を、とり込む気力を持たなければ…そんな生気あふれる季節でもありましょうが、一方で、梅雨を迎える月でもあります。

 月初めには、例年、梅雨入りを前に、広島に夏を告げる浴衣の着初め「とうかさん」の祭(今年は、6月3日(金)~5日(日))があります。

稲荷(とうか)さんは、その昔、とうか●●●にシャレてか、8日、9日、10日の3日間で、私の言葉遊びですが、人に呼びかけられた時、その人に向かって、「何か用か(8日)、ここのか(9日)とうかさん(10日さん)!?…」と、ジョークを言っていました。

例年、この「とうかさん」の頃、お天気がぐずつき始めて、気象台の梅雨入り宣言も間近か…と言った感じであった様に思います。
ちなみに昨年の広島の梅雨入りは、3週間程も早く、何と5月15日(九州北部と四国、中国地方)で、過去2番目に早い梅雨入り発表でした。(のちに中国地方の梅雨入りは5月12日とされた様です)

     梅雨冷つゆびえや迷ひし街の地下通路   ひろし

 既に、立葵(たちあおい)が、あちこちで咲いていますが、しばらくは、花の群れが、雨の日々を咲き継ぎ咲き上って行きます。

     咲き継ぎて高き明日へ立葵たちあおい   ひろし

 それにしても、世界も日本も、人災、天災、激災禍のただならぬ事ばかりで、滅入って仕舞いそうですが、「大きな悲しみをかみしめて、小さなよろこびを育てよう…。」
穏やかな月であります様に。

       改めて、四畳半独房日記・補足・備忘録⑪「かわいそうなおじいさんの話」
(これは、私が体験した特異で嫌な記憶を、正しく記録に残しておきたいと言う思いから書き綴っています。)

 私が、納得出来ないまま留置場に入れられて何日目かに入って来た、耳の遠い、おじいさんの事が、当時のメモに残っていました。
 私は、鉄格子の中の人で、6部屋か7部屋ある、房の中の人を見て回る訳にはいきませんので、朝の洗面や、火曜日と金曜日に与えられる風呂時間等の、鉄格子を出された時、横目で房の中を見るとは無く…様子をうかがい知る限りですが、そのおじいさんは、人のよさそうな好好爺と言う感じのおじいさんでした。以下は、その時のメモから思い起こします。

 そのおじいさんは、留置場に入って来たその日の夜、「わしは、殺されるぅ~。助けてくれぇ~。痛い!痛い!」(無理矢理、警察官に連行される時、抵抗して暴れたものか?)
 とにかく、「わしは殺されるぅ~。助けてくれぇ~。」を繰り返し、叫び続ける…。
何があって、ここへ入れられたのか分からない。かく言う私も、この留置場に入れられた時、不安に負けて、怖くて、恐ろしくて…気持ちは分からないでも無い。

 「女房に迷惑をかけるぅ~。もう外を歩けん。わしたぁ~(私とは)、離婚してくれた方がええ。わしは(私は)、殺されるぅ~。助けてくれぇ~。」等と、大きな声で訴える。私も、何がどうなのか分からぬまま、かわいそうで、憐れに思いましたが、留置場に入っている皆も、恐らく同じ思いだったと思います。
しかし、その内、うるさくて…騒音公害?。いささか、参ってしまいました。耳が遠いらしく、刑務官の言う事が伝わらず、何度も大きな声で指示されるのですが、伝わりにくい…。

 数日後、次第に静かになって、何度か取り調べもあった様ですが、1週間くらい居たでしょうか…。今朝、11時過ぎに奥さんらしい人が迎えに来て、おとなしく留置場を出て行った。荷物の引き渡しの時、入れ歯を戻してもらったらしく、口に入れて、ホッとしたみたいだった。

 「助けてくれぇ~。殺される~。」の連呼には閉口したが、留置場の忘れられない出来事のひとつでした。「何か気の毒な事情がありそうで、やはり、かわいそうに思った」とメモに残しております。

 以上は、私が留置場に入れられて15日位のち、10月25日のメモでしたが、この日のメモの最後の所に「今回の事で、私のイメージにキズが付いて、これからどう生きて行けばいいのか…。人は口に出して言わないまでも、家族も、世間の冷たい目にさらされて、それを気にしながら生きて行かなければいけないだろう――。私の仕事は、もう来ないだろうし、人生も、これで終わりかも知れん。大変」と書いていました。

 2012年10月25日の、独房でのメモ、10年前…65歳の時でしたか…。多くの皆様のお陰を頂いて、今、75歳です。(感謝)

     露草や脚下照顧きゃっかしょうこ瑠璃るりの色   ひろし

 独房日記…「独房の彫物(ほりもの)の事」等は、次号へ続く…。
 お身体ご大切に、お元気でいらっしゃってください。
煙石 博   

2022年5月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien

2022.5.1(旧歴四月一日)  目は口ほどに物を言わない

2022.5.1(旧歴四月一日)  目は口ほどに物を言わない

 今年は、珍しく、新暦と旧暦のズレが、丁度1ヵ月違いの月が、2月1日(旧歴一月一日)。4月1日(旧歴三月一日)。今月、5月1日(旧暦四月一日)と、なっていて、他の月も、一年を通して、新旧の暦のズレは大きくなく、ほぼ3日~8日位の小さなズレ幅になっています。

 それが、どうなんだと言われると、私も困りますが、旧暦は、月と太陽との動き等から作られているものと言う事で、何か意味があるかも知れないと、気候等を、より注意して観察していこうと思っております。

 ところで、長引くコロナとの闘いで、やむなくマスクの着用を強いられて来ましたが、マスクと言うと、私らが昔からイメージして来た事は、元々、ノーマルでは無く、カゼをひいている病人が、養生の為に着用しているとか、漫画等に登場する銀行強盗のお決まりのスタイルのマスク姿…。どこか、うさん臭い、陰のあるイメージが付きまといます。

 しかし、現代は、コロナの防疫対策の為に、外に出ると、右を向いても、左を向いても、前も、後ろも、マスク、マスクで…。
 グループでいても、何か水くさくて、よそよそしく、冷たい雰囲気が漂っている様で、まるで、皆、マスク教団、マスク教の信者になって仕舞った様な風景にも見えて仕方がありません。それに馴れていく事も不安…です。
そんな、非日常が日常となっている事を自覚している事も必要かな、と思います。

 それにしても、私は、どうも、このマスクだらけの景色に馴染めず、むしろ、何かしら、不安とストレスすら覚え続けております。

     疫病に怖るる街の夏マスク   ひろし

 特に、マスクを着用しての会話は苦手で、話のやりとりに何か集中出来ず、目に見えないイライラが、積もりに積もるような気がしています。

     人を刺す程のマスクの目と合ひぬ   ひろし

 とは言え、昔のことわざに、「目は口ほどに物を言う」と言うのがあったり、「目の色を変えて怒ったり」という表現や、「目を三角にして、にらみつけたり」…時に女性に見とれて、目尻を下げる事があったりはしましょうが、目つきだけで相手に気持ちを伝えるには、もどかしく、目は口ほどに喋ってはくれない様です。

     あやしげなマスクメイクにだまされぬ   ひろし

 それと、これは、私だけではないと思いますが、どうも話をする時、相手の顔の表情を見ながら聞いていないと、今ひとつ、相手の気持ちを理解しづらく、会話も弾んでこない気がしています。
さらに、「喜怒哀楽」は、顔全体の表情でも発するもので、特に、口まわりには、「表情筋」と言うものがあって、コミュニケーションには、大切なんだそうで、マスクは、これらを全てさえぎっている訳です。歯痒はがゆい事です。

 目は口ほどに物を言う…とは言いますが、目は口ほどには、物は言わない。黙っていては、それぞれの意志は伝わりそうもありません。欧米ではマスクをとってもOKという所が増えております。日本でも早く普段が戻ってくれないものかと願うばかりです。

     コロナ禍の大逆境の風若葉   ひろし

尚、今回の四畳半独房日記・備忘録⑪「かわいそうな、おじいさんの話」は、紙面の塩梅で、次号に書かせて頂きます。   皆様のご健康をお祈りしています。
                                     煙石博

2022年4月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : masayukien